10章 6話
混乱していた。
現実を受容できずにいた。
「ええと……。その、どういうこと……?」
まず、私が死んでから一週間が立った。
ウルマティアは私を殺害後、特に何をすること無くこの神殿にまっすぐ帰ったらしい。こいつの目的は人類皆殺しだったはずだけど、何を考えているんだろう。
そしてラグアはほっとかれた。プレイヤーたちが撤退する際に回収し忘れられたラグアは、特にウルマティアに何かされることなくリグリの神殿に十字架ごと置いてけぼりだったらしい。あのおっぱい姉ちゃんまじおっぱい姉ちゃん。
一度撤退したプレイヤーはおよそ18時間後に再びリグリの神殿を訪れたが、ウルマティアは既にいなかった。そして一部始終を見ていたリグリに私の死を伝えられたそうだ。プレイヤーたちがどう感じていたかについてはリグリは語らなかったが、きっと私は悪いことをしてしまったんだろう。
正直騙したことは悪かったと思っている。でも、あの場はああでも言わないと帰りそうになかったし。特に銀太は。
その後プレイヤーはラグアの十字架を持って大神殿へと帰還した。大結界はラグアの手によって維持され、各地のセーフティゾーンも無事らしい。シナリオ的には一件落着した、ということで良いんだろうか。
それから一週間、プレイヤーの目立った動向は無い。
ここまではいい。
「聞き間違いがダース単位であったと思うから、もう一回説明してもらえる?」
『もう3回目よ』
そう言いつつもリグリはもう一度説明してくれた。
『かつて神と人は大規模な戦争を行い、神々が勝利した。それはあなたも知っているでしょう』
「うん。元々背面界に住んでいた人間が自然界に侵攻し、それに怒った神々が背面界に逆侵攻して文明を灰燼に帰したんだよね」
『そうよ。でもそれは、私たち神々にとっても苦渋の決断であったの。人類がはじめて自然界に接触してきた時、私たちは歓迎したのよ』
そう言われてみると、それを示す証拠は何処かで読んだように思える。
はじめて人間が訪れた自然界はそれは風光明媚な場所で、人間を襲う獣もそれほど多くはいなかったと記録されている。それに喜んだ人類がここを第二の故郷とするべく大規模な植民を始め、その後自然界は人類に牙をむいた。
『自然界は豊かな土地ではあったけれど、元々知的種族は居なかったの。人間が自然界に来たいと言うなら歓迎したわ。知恵ある者として、この世界を統治する守護者の一員となるのであれば』
「守護者って?」
『世界を維持し、豊かに共生するための管理者よ。大自然のクリスタルや大地の巨鯨、紅炎の赤龍に蒼海の青龍なんかがそうね』
つまりボスか。
私たちがばったばったとなぎ倒してきたそれが、この世界を維持するための守護者だったと。
『あなたたち人間はやりすぎたのよ。世界と共生しようとせず、自分たちだけが暮らす場所へと作り変えようとした。ゆえに私たち神々は世界を守るために人間と戦う道を選んだの。ああ、念のため言っておくけど、あなたを責めているわけではないのよ』
「……そう」
『話を続けましょう。私たち神々は人間と戦うことにした、それでも人間を絶滅させるかどうかについては神々の間でも意見が割れたの』
リグリは3本の指を立てる。
『私たち神々と対話できる種族は知的種族たる人間がはじめてだった。強大な力を持つがゆえに限定的な干渉しかできない神々の代わりに、人が神の言葉を伝えて世界を適切に管理するのならば、それはこの世界に繁栄をもたらす。そう主張したのがラグアとアーキリスね。
それに対して、人の持つ残虐性は看過できないものがあり、到底制御できるものとは思えない。人間は危険分子であり、今すぐ絶滅させるべきだと主張したのが私とウルマティア。
カームコールは中立ね。あれは神々のバランスを取るという役目があるから、大抵のことではどちらかに肩入れしないわ。
ゼルストは……。あの脳筋は、戦にしか興味無いから。人類が絶滅寸前となってはもう興味は無かったみたい』
親人間派。反人間派。中立派。
ゼルストについて語るリグリは微妙な顔をしていた。今は亡きあの神にどんな感情を持っているのか、私には分からない。
『今となってはゼルストも良いやつだったわよ。戦馬鹿が戦いの中で死ねたのなら本望でしょう』
「それを私に言うの? ゼルストが良い奴だった? 戦いの中で死ねたのが本望? よりによって、私に?」
『……気遣いが足りなかったわね。謝罪しましょう』
あいつさえ入ってこなければ私が勝ってたんだ。言いたいことはやまほどある。
おまけに自分だけ死ぬとはなんだ。ふざけるな。私も死なせろ。
『待て待て。勝手に殺してやるな。ゼルストは生きている』
『あら、そうなの? 輪廻の輪に取り込まれてまだ生きているとは大したものね』
『リグリは死んだことが無いんだったか。教えておこう、神は殺しても死なないさ。力の大部分を失って封印こそされるが、完全な死を迎えることは無い』
『そういえばあなた、以前人間に殺されていたわね。復活おめでとうと言っておこうかしら』
ウルマティアは肩をすくめる。世界に死が満ちたことでウルマティアが復活したのなら、世界に争いが満ちればゼルストも復活するのだろうか。
それなら……。人間がいれば、ゼルストも案外早く復活するのかもしれない。
『話を戻しましょう。人間の処遇については神々の話し合いの結果、今日のような形にまとまったわ。保護区としてのラインフォートレスをラグアが治め、長い年月をかけて人間が残虐性を克服するのを見守ることにしたの』
「素晴らしいアイディアだけど名前が不適切だね。ラインフォートレスじゃなくて動物園って呼んだら?」
『あなた、きつくなったわね……』
あいにくこっちが素だよ。
『ともあれ、そのような形で人間は生き残った。それから数百年の時が流れても人間は残虐性を克服しなかったわ。ラインフォートレスから一歩でも出た人間は、示し合わしたように誰もが武器を持ちたがる。たとえ牙を抜かれようと、狩りの本能を忘れはしなかったのね』
「まあ、そうだろうなぁ……。人間は対話の通じない相手を恐れるんだよ。それが自分を殺しうるものならば尚更」
『ええ。そのことには私たちも薄々気がついてはいた。だからこそ求めたのよ。対話によって人間の内から人間を変えうる存在、神子が生まれるのを』
神子、ね。
そんなものがいればいいけど。
『ラインフォートレスから出たがる人間は数多く居た。そういう彼らを統括して管理するために、ラグアは冒険者の神を担ったのよ。ラグアの与えた加護というものは、その実安全地帯を作るだけのものよ。それにより安全地帯を活動の基点とさせることで人間の行動範囲を制限し、獣たちの主要な生息域を守った』
「回りくどいことするね。外に出て悪さするやつを片っ端から殺したほうが早かったろうに」
『神々の直接的な干渉は世界を歪めるの。それは私たちにとって最後の手段よ。遠出する人間に対して段階的に自然の脅威を仕向けるくらいのことはしたけど、それくらいの間接的な干渉しかできなかった』
あー。
それ逆効果だよリグリ。ラインフォートレス付近の敵は弱く、遠くの敵は強い。そんなことしたらレベル上げしろって言ってるようなもんじゃん。
『そして変革の時が来た。ある時を境に、強力な冒険者が数多く現れたのよ。彼らは武器を持ち、獣を殺し、野を拓いた。世界に多くの死を振りまいた。これについては説明は不要でしょう』
「よく知っていますとも」
『ただ、起こったのは悪いことだけではなかったわ。彼らの中に神子が現れたのよ』
目頭を抑えて嘆息する。
どうも聞き間違いじゃなさそうだ。おいおい、勘弁してくれよ。
「その神子が、私だと」
『そうよ。あなたは冒険者でありながら一向に外に出ようとしなかった。かと言って何もしなかったわけではない。むしろそこらの冒険者より、人間にとっては大きな存在だったわね』
「そうなっちゃうかぁ……」
『あなたは死を振りまくことなく人間の環境を変えていったわ。その力が世界の調和のために使われたのなら、私たちの求めた繁栄も叶うでしょう。そう考えた私たちはあなたに期待を寄せた。そして、あなたを試すことにしたのよ』
リグリが取り出したのは小さな首飾り。『挑戦者のアミュレット』だ。
……なるほどね。それも仕組まれてたのか。
『あなたはついに外に出た。あなたも武器を持ちたがったことは残念だったけれど、闇雲に力を振るうことは無かったわ。獣との不要な接触を避け、自然の恵みを採取し、それを使ってより良い物を作る。期待以上と言っていいでしょう』
「え、私が作ったのは人工物だよ? 褒めるなんてどうしたの」
『私が嫌うのは死と破壊を撒き散らす戦いの道具よ。数々の兵器作成に加担した時はどうしようかと思ったけれど……。あれは状況からして、仕方ないと言えるでしょう』
兵器って言うと、文化祭の時の話か。あの時作った物騒なおもちゃは見逃してくれるらしい。お優しいことだ。
『一方であなたは守護者を討伐することもしていたわね。自らの刃を血に染めることこそなかったけれど、常に中核的な役割を果たしていた。果てには神を殺さんと策を練り、私の忠告を無視してそれを敢行し、神をあと一歩のところまで追い詰めてみせた。――あの時、私の期待は確かに裏切られたわ。今でも認めたくないことなのだけれどね』
「言いたいことはあるけど、話を聞くよ」
『……そうね。いいわ、続けましょう。あなたは私たちの望んだような神子では無かった。ただ、それは不幸な誤解によるものだと思うのよ。よく話し合って誤解を解けばきっとあなたは神子になってくれると』
勝手に期待されて、知らないところで裏切って。それで失望されても困るよ。
知ったこっちゃないと言えばそれまでだけど……。わからない。私は私がどうしたいのか、わからなかった。
「だから、私を生き返らせた」
つまりそういうことらしい。神子になれと。
黙って話を聞いていたウルマティアが口を挟む。
『言っておくけど僕は反対だ。僕はもう人間に期待などしていない』
『あら。そう言うわりに蘇生したのはあなたじゃない』
『君の頼みを聞いただけだ。それに自分の命を顧みず僕を殺そうとする不届き者には、永久の命こそ罰としてふさわしいだろう』
最悪という言葉すら生温かった。
永久の命なんて冗談じゃない。やめてくれ。
『それなら人間を滅ぼさないのはなぜかしら。今のあなたならラインフォートレスごと消し飛ばすことも可能でしょう?』
『気が向かないだけだ。僕がその気になればいつでも滅ぼしてやる。おい、君』
憮然としたウルマティアが私を指差す。
『僕の気が向くか向かないかは君次第だ。よく覚えておけ』
「……本当、最悪の趣味してるよ」
吐き捨てる。
いつでも滅ぼせるからこそ、人間に最後のチャンスをくれるってことなんだろう。
「こんなまどろっこしい話する前に最初からそう言ってよ。言うこと聞かなかったら人間を滅ぼすと。つまりそういうことでしょう。好きだよ、そういうわかりやすいの」
『……そうなるかぁ』
『そうなるわよ。あなたが悪いわ』
ウルマティアはばつが悪そうに肩をすくめる。風を浴びてくると言い残すと、瞬きひとつの間に彼の姿は無くなっていた。
どういうことなんだろう。よくわからない。
『まあ、いいわ。私も一度でうまくいくとは思っていないもの。長い時間が必要ね』
リグリは腕組みをして、どこか嬉しそうに嘆息した。
「ねえ、リグリ」
『何かしら』
「一応聞いとくよ。神子のこと、断ったら殺してくれる?」
実はちょっと迷っていた。
人間が滅びようと知ったこっちゃねえ私は死ぬぜひゃっほうってやりたい。すごくやりたい。
現実にそうするかは別として、選択肢があるかどうかは確認しておきたい。
だから聞いたんだけど、リグリはとても悲しそうな顔をした。
そして優しく抱きしめた。
「なぜこうなる」
『命は尊いものなのよ。どうしてわからないかしら』
「たった一度の命だから尊いんでしょう。私はこれで三回目だよ。もう飽きた」
『だとしても……。どうか、そんなことを言わないで』
わからない。
けど、断っても殺してくれそうにないことは分かった。
まったく……。神ってやつは、いつもいつも人に難題を押し付ける。
(数奇な運命だ。神はちゃんとサイコロを振っているのか?)
疑問を呈せど答えは無い。
ただ諦めの早さには定評がある私だ。もうどんな運命でも好きにしてくれって感じだった。




