10章 2話
『はっ……! その力を使って僕も殺そうと!? 貴様ら人間はどこまで傲慢になれば気が済む!』
「そうだよ。お前を殺せば全て済む。それだけが私の悲願だ」
『そうやって貴様はいくつの命を屠ってきた!』
「お前が最初の一人だよ」
この手で殺すのはね。
ウルマティアの苦し紛れの一閃をひらりとかわす。いかに技量差があるとは言え、ステータスの差というものは確かに存在する。
私がこいつを殺すには数千数万の斬撃を叩き込まねばならないが、その逆は簡単だ。おそらく三撃も受ければ私のHPは0になる。勝利を焦らず、確実に一手を詰めていく。
逃しはしない。お前にはここで死んでもらう。
『何……? 貴様、今なんと言った?』
「何をって、言った通りだけど」
『貴様はいくつの命を屠ったのかと聞いている』
「だからあんたが最初の一人だって」
リグリは私を指して殺すのが怖いと言っていたが、それは違う。
殺す必要なんて無かっただけ。それでも戦うたびに覚悟を決めていたのは、そうしないと生き残れなかっただけ。殺すために思考を捨てていたのは、思考が邪魔で剣が振りにくくなるのを嫌っただけ。
リグリから私がどう見えていたかは知らない。そんなもの気にする気もない。
条件さえ揃えば私はためらいなく敵を殺す。ただ剣を握り戦意を示す私を、ウルマティアは困惑した顔で見つめた。
『まさか、いや、そんなばかな――』
ウルマティアは目を大きく見開き、私を食い入るように見つめる。
『死が……、魂が死を吸っていない……ッ!? その穢れなき魂、まさか本当に何も殺してないのか!?』
「そう言ったけど」
『っ……! だとしたら剣を納めろ! 僕たちが争う理由は無いだろう!』
「何を言ってるの? 私がお前を殺す理由はそれこそ数え切れないくらい挙げられる」
『やめろ! 死滅と再生の神として、いたずらに命を奪わない者と争いたくはない!』
「――てめぇの都合だろ」
知った事か。
隙だらけのウルマティアの懐に一足で潜り込み、剣を握ったまま【発止】で動きを止める。大きな隙を晒したウルマティアに肉薄して天地の構えを取った。
思考を捨てて、一瞬の集中の後に目を開く。双眸に灯った殺意の炎は、私の中に積もり積もった絶望を糧に激しさを増す。
死ねよ。
「【真式・千剣万華】ッ!!!」
千の剣閃が万の血華を咲かせ、業火が絶死の領域を作り出す。
ありとあらゆる剣閃がウルマティアの体を斬り裂いて、その勢いはまだ止まらない。私の中の絶望を燃やして剣速は上がり、重ねた刃の数が千を超えてなお猛る。
これが完成形。これが終着点。思考を捨てて、殺意に身を委ね、双の剣となってようやく極めた王技。
これは絶望が育て上げた剣。私の剣は、絶望の剣だ。
千と二百の斬撃を十数秒で叩き込み、そこで思考を拾い上げる。浮上してきた意識で状況を見てみると、ウルマティアはとうに倒れ伏していた。
油断はしない。最後の最後で足元をすくわれるのはもう十分だ。いかに詰めが甘い私でも、これだけはきっちりと詰め切らないといけない。
一旦距離を離して警戒する。やがてウルマティアはゆっくりと立ち上がった。
傷だらけの全身が示す通りダメージは積んでいる。鑑定ウィンドウに表示されたウルマティアの体力は、確かに大きく削られていた。
『やめ、ろ……! 僕は、君と、争いたくない!』
「まだそんなこと言うの。まあ、なんでもいいんだけど」
『僕は……、僕らは! 君のような人間をずっと待っていたんだ! それなのに、どうしてこんな……!』
戯言を。
聞く理由も無いし、聞きたくもない。今更言葉のひとつやふたつでどうこうできると思うな。私の絶望はそんな安いものじゃない。
お前を殺すまで私の絶望は終わらない。抵抗しないのなら私の仕事が楽になるだけだ。
一足で距離を詰めて二刀を入れる。すんでのところで長剣に防がれて鍔迫り合いの形になった。
『頼む、お願いだ。やめてくれ!』
「さっきから何を言ってるの? 私は人間だ。お前が憎み、お前を憎む人間だ。殺し合い以外に何を望むの?」
『……っ! だとしても、僕は目の前にある可能性を自らの手で潰したくはない! 今なら引き返せる! やめるんだ!』
ようやくその気になったのか、さっきよりはキレが良くなった剣をかわす。
ウルマティアは肩で息をしながら、長剣を強く握りしめていた。その顔は今にも泣きそうな――。
殺したくないものを殺さないといけないような、そんな顔。
『僕は君を殺したくない!』
そう叫んでウルマティアはスキルを起動する。
手に握りしめた長剣に闇が立ち上り、深い黒が剣の形に集っていく。
それは黒。生を死に還す黒。そして輪廻の輪そのものだ。
『《黒き神の輪廻》――。これが最後だ。僕に君を殺させないでくれ』
そのスキルは知っている。
触れたものを一撃で輪廻の輪へと還す、ウルマティアの神技。
一度発動すれば逃れることなど不可能。いかなる手段を講じても防ぐことは不可能。ましてやそれを受けて生き残ることもまた不可能。
神技の発動は絶対なる死を意味する。私の命運はこれで決した。
そしてその発動を持ってして、私の策は完成する。
「殺せばいい」
この技がある以上、一人は確実に道連れにされる。ならばその役目は私が背負おう。
そのために私はここまで来た。
『なに……?』
「《黒き神の輪廻》はお前と直接繋がった輪廻の輪だ。お前はその中に取り込まれた者の全てを奪うことができる。まったく、恐ろしいスキルだよ」
《黒き神の輪廻》を受けたプレイヤーは、それまで積み重ねてきた全ての経験値を奪われる。
この技の前に一周目の攻略組は敗北した。カンストプレイヤー数人をまとめて切り捨てたウルマティアは、膨大な経験値を得て何をどうしても倒せない強大な存在となったんだ。
壊走した私たちは一人また一人と殺されていった。あの時ラインフォートレスまで生きて帰れたのは、たまたま『帰還のロザリオ』を持っていた私だけだった。
でも、今は違う。
こいつの前に立っているのは私。経験値を得ず、レベル1を保ち続けたこの私。
私のレベルが、こいつを殺す毒となる。
『なぜだ、なぜ死を恐れない! 来るな! 死にたいのか!?』
「……《黒き神の輪廻》のクールタイムは24時間。これがどういうことかわかる?」
笑いながら一歩二歩とウルマティアに近づく。怖気づいたか、ウルマティアは小さく後ずさった。
「お前がその技を使って私を殺したところで、得られる経験値は極僅かだ。さらに私が死んだ瞬間『決戦の宝珠』の効果も解除されるね。後はこの結界を取り囲む49人の攻略組が、切り札を失ったお前を確実に殺してそれで終わりだ」
これこそが。
私が磨き続けてきた、神を殺す人の牙。
『そんな……、そんな馬鹿な! 嘘だ! どうして、どうしてそこまでして!? 自分の命が惜しくないのか!?』
「こんな命、何を惜しむことがある」
きっと全てはあの日から。
私を残して攻略組が壊滅したあの日から、私は絶望し続けてきた。
どうして私だけが生き残ってしまったのかと。
「私はとうに死んだはずの人間。一周目から遡ってきた、死に損ねた最後の一人。死に場所を求めてさまよう亡霊だよ」
全てはウルマティアを確実に葬るこの一手のために。
私の攻略は、これで終わる。
『そのためだけにここまで……!? 命を何ひとつ殺さなかったのは確実に僕を殺すためだと言うのか!? なんという執念、なんという狂気! 冗談だろう!? 人間ってやつはここまでやるのか!? やめろ、やめろよ、人間がここまで狂った生き物だなんて僕は信じない! だとしたら……、あぁ』
ウルマティアは天を仰いで慟哭する。そして血がにじむほどに唇を噛み締め、ウルマティアは強く私を見据えた。
『だとしても……! 君のような可能性を、僕は……っ!』




