10章 1話
本日より投稿ペースが変わります。ご了承ください。
シャンバラの中央に空いた穴から飛び降りる。一瞬の浮遊感を味わった後、着地の衝撃を回転で逃がす。
着地した後にすぐにその場から離れた。間髪入れず攻略組のみなさんが雪崩のように降ってくる。中には鎧を着た重騎士に押しつぶされてダメージを受けている人もいた。
おーおー、49人も降ってくるとなかなか壮観。最後に銀竜が舞い降りて、ごっちゃりと積み上がった人の山の上に止まった。
「無理してついてくることないのに」
「そうも行かないよ。万が一ということもあるしね」
ここから先は私とヨミサカパーティだけで十分だ。こんな大人数をぞろぞろと連れて行く必要なんて無い。無いんだけど、彼らは律儀についてきていた。
別に止めはしないけどギャラリーが多いとやり辛いんだよなぁ。
まあうん、気にしない。気にしないで行こう。
地底都市シャンバラの更に地下。私の知る限りゲーム内で最も深い場所にリグリ神殿はある。自分で滅ぼした都市の跡地に本拠地を構えるとはリグリ様もなかなか人が悪い。
暗闇の中にあるその場所は、それが神殿と気がつくには荒々しすぎていた。元々ここは人類の最重要施設、人間生産施設だったものだ。しかし今となっては完膚なきまでに破壊されて荒廃した有様を見せていた。
新たな命を人工的に生産しては吐き出してきたこの場所は、リグリにとってさぞや呪わしい施設だったのだろう。呪われた豊穣を清き荒廃をもって征服し、その証としてリグリはここを神殿とした。
『来たのね』
荒廃した神殿に鎮座するのは王の骨。かつて人類の頂点に立っていた王の亡骸を御神体にして、リグリは宿っていた。
文明を滅ぼし、支配者を踏みにじり、種を絶やす。荒廃の神リグリは人間に厳しい。
『……いいわ。始めましょう』
リグリは複雑な顔をしていた。その胸中を察することはできなかった。
「銀太。十字架を」
「……ああ」
銀太が銀竜を呼び、その背にくくりつけたラグアの十字架を取り外す。それを受け取ってリグリの前に置いた。
それきり言葉は無い。リグリは無言で十字架に手をかざすと、大地色の光が十字架に吸い込まれていく。十字架から一瞬光が溢れ出し、目を開くともう一柱の神が顕現した。
『目が覚めたかしら』
『ええ……。手数をかけたようですね』
久しぶりだねラグア。無事目を覚ましたようで何より。
顕現した二柱の神が私たちを見る。リグリはやはりどこか複雑な顔で、ラグアは慈しむような顔で。
『あなたたちが私を目覚めさせたのですね。礼を言いま――』
ラグアの言葉を切り、闇が溢れ出した。
あたりには濃密な闇が溢れ出し、精神をかき乱すような悍ましい哄笑が響き渡る。頭の中がぐちゃぐちゃになって、激しいめまいで平衡感覚を失った。立っていることもできずに倒れ伏し、激しい頭痛が意識を揺らす。
という演出だ。実際は頭が軽く痛んで操作不能になるだけ。あらかじめ用意しておいた『アムリタ』の瓶を握りつぶせば、その不快な感覚も消えた。
立ち上がる。そこに居たのは3柱目の神。
死滅と再生の神ウルマティア。
『ははっ! ははははははははっ! はははははははははははははははは! ご苦労っ! 実にご苦労だよ君たちぃ! 最っ高の気分だ!』
ウルマティアは笑い続ける。以前見たような不完全な状態ではない、今のやつは完全な復活を遂げている。
力を余すこと無く取り戻し、ウルマティアはこの世に顕現した。
『忌まわしき人間共に力を奪われて数百年! ついに! ついに僕は戻ってきた! それもこれも全部君たちのおかげだ! 君たちがっ! 殺して! 殺して殺して殺して! 殺して殺して殺して殺して殺し回ったおかげで! この世界には死が溢れたっ!! ははははははははははははっ!!!』
嗤うウルマティアをよそにインベントリをひっくり返してアイテムを取り出す。
『そうとも! 君たちが守護者を打ち倒して輪廻の輪へと還すたびに僕には力が戻っていた! そして今! この瞬間! ラグアが復活して実体を持ったこの瞬間なら、今度こそ奴を始末できる! その次は! 君たち人間を一匹残さず殺し尽くせる! はははははははははっ!!』
知ってるっつの。
プレイヤーがボスを倒すたびにイベントが進行していたことも、ウルマティアがラグアを殺す千載一遇の好機を待ち続けていたことも。
そして、実体を持った瞬間が神を殺す唯一の機会であるということも。
取り出した『決戦の宝珠』を地面に向けて叩きつける。砕け散った宝珠は結界を構築し、その中には私とウルマティアだけが立っていた。
これは武神ゼルストの力が宿る強力な結界。正面から破るのは人間どころか神にも不可能な代物だ。外部から内部への干渉は一切できず、内部のものが外に出る術も無い。
この結界が解ける条件はただ一つ。相手を倒すこと。
「よ。約束通り殺しに来たよ」
『……ああ? 君は誰だ?』
「忘れたのか。まあいいけど」
『エンチャント・ガーネット』を砕いて武器に火属性を付与。『火炎のスタチュー』も設置して、さらに火属性を付与。おまけに属性攻撃力を上昇させるポーション『精霊の盃』を飲み、ダメ押しに『エレメンタルブースター』を起動させて敵味方双方の属性攻撃力に倍率をかける。
こいつは属性が弱点ってわけじゃないけど、純粋に打点が上がる小細工だ。これくらいやらないと攻撃力が足りなさすぎてやってられない。ついでに各種ドーピングも済ませておく。
『クリスタルブレード』を抜刀する。透き通る水晶の剣は灼熱を宿し、紅蓮の炎に包まれていた。軽く剣を振れば燃え盛る炎が真紅の軌跡を描いた。
そして、斬りかかった。
急な攻撃を受けたウルマティアはとっさに後ずさる。しかし退路はない。結界を背につけて逃げ場を失ったウルマティアに、更に連撃で斬り刻む。
そこでようやく思考が追いついたのか、ウルマティアは腰に下げた長剣を抜き放つ。その一閃を後方宙返りでくるくるとかわした。
『貴様……! 思い出したぞ、ラグアの神殿で妨害してきた人間か!』
「そうそう。わざわざ思い出すことも無かったのに。どうせ死ぬんだから」
『ほざけっ!』
長剣と双剣が花火のように打ち合わされる。懐かしい感覚だ。私が烈火のように切りかかり、ウルマティアは受け手に回る。あの時と同じ攻守の関係、しかし力関係は逆転している。
押しているのは、私だ。
『ちぃっ! どこまでも邪魔しやがって! 殺してやる殺してやる殺してやる!』
「いい顔だ。その顔が見たくて、私はここまでやってきた」
斬って、弾いて、逸らして斬る。流して誘って崩して斬る。斬って斬って斬りまくる。
方や復活した神格。方やただの人間。だが、戦局は私の方に大きく傾いていた。
逆転の目など許さない。ウルマティアの振るう稚拙な剣技をいなし、磨き抜かれた技術の粋を叩き込む。
『なぜだ! どうしてこの僕がただの人間に押し負ける!?』
「簡単なことだよ。お前は死を吸って大きく育つ。――かつて私たちが戦ったお前は、今より遥かに強大だった」
復活したばかりのウルマティアを鑑定すればレベルが弾き出された。表示されたレベルは36。これなら、倒せる。
以前のウルマティアは大量の経験値を稼いだプレイヤーの死を多く吸ってきた。ゆえに私たちがこいつと相対した時点で、既にレベル73とカンストを上回る力を持っていた。
しかし今は違う。プレイヤーが滅多なことでは死ななくなったこの世界では、いかにボスたちを倒して復活のフラグを立てようと、こいつ自体の力は弱いままだ。
それこそ私のステータスでも技術次第で覆せてしまうほどに、今のこいつは弱い。私が対人戦の練習をずっと積み重ねてきたのに対して、ウルマティアがついさっき目覚めたばかりだというのならなおさらだ。
『何を、言って……?』
「死が足りないんだろう、ウルマティア。だからお前は死ぬんだよ」
『そんな馬鹿なことがあるか! この世界にはもう十分すぎるほど死が満ちている! 僕が、お前らなんかに負けるわけがない!』
「死を吸って育つのはお前だけじゃない。お前にとって価値ある死は私たち人間の死だけだ。私はそれを奪ってきた」
モンスターの死は経験値となるが、それはウルマティアに流れる前にプレイヤーが吸収する。いかに世界に死が溢れようとその経験値の大部分はプレイヤーに流れていく。
例外になるのは経験値を蓄えたプレイヤーの死と、多量の経験値を持つボスだけだ。ボスの経験値だけはプレイヤーでは吸収しきれず、ウルマティアに流れてしまう。
死を喰らう力。それこそが冒険者が持つ力だ。




