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Myrla ~VRMMOでやりたいほうだい~  作者: 佐藤悪糖
2章 サービスイン後は大体バグゲー
7/144

2章 3話

2017/03/05 修正

 仮眠は一日3時間まで。廃ゲーマーとのお約束だよ。


「おはようございます」


 目を覚ましてすぐに行動を始める。まだ頭が寝ぼけてて本調子じゃないけど、動きながら目を覚ませばいいんじゃないかな。

 荷物は全てインベントリの中。着替える必要もないし寝ぐせもついてない。もうVRの中に住みたい。でも寝起きに顔を洗えないのはマイナスポイント。


 時間は12時をちょっと過ぎたあたり。お腹は空いたけど、まあいいや。後で適当になんか食べるか。

 謎の種が実るまでまだ時間がある。釣りでもして資金を稼いでこよう。



 *****



 頬をつねる。痛みは無い。

 初期装備のナイフを取り出して、手のひらに軽く刺した。HPこそ減らないが鈍い衝撃が走る。

 少なくとも夢じゃないようだ。


「なんだこれ」


 目の前の光景がどうにも信じられず、目をこする。幻覚かと思ったけどそうでもないらしい。


「なんだこう……、なんだこれ……?」

「お、お嬢ちゃん! 起きたか! 大変なことになっておるぞ!」

「いやうん、大変なことになってるね」


 一言で言うなら。

 私の農地が魔界化していた。

 オドロオドロしい紅の大地からうじゃりうじゃりと生い茂るのは、この世のものとは思えない摩訶不思議な植物群。熱帯情緒を溢れさせる濃緑な草木が四方八方と乱れ咲き、物理法則を完全に無視した炎の草や、七色の胞子を絶え間なく撒き散らすキノコがうるさいくらいに彩りを加える。どまんなかにデンと置かれた巨大なドクロが、まるでこの魔界の主かのような絶妙なアトモスフィアを醸し出していた。


「いやー、いやー。まさかここまで来るとは思わなかった……」

「お嬢ちゃん、こうなることを予測しておったのか?」

「……地質システムってのには抜け道があってさ」


 農地に肥料を投与することで地質を改善することができ、作物1つ1つには最適の地質というものが設定されている。その最適の地質から離れれば離れるほど、かえって生育が悪くなるっていうのが地質システムだ。


「私が植えた謎の種。あれは何が生えるか分からないっていう設定を反映したのか、最適の地質ってのが設定されてないんだよね。どんな土壌からでも何かしらの草がランダムで生えるんだ」

「……は?」

「もちろん原則として、地質は高ければ高いほど効率は良くなるってのがある。加えて言うなら、肥料投与で上げられる地質の上限値ってものが設定されていないのも仕様の穴と言えるだろうね」

「……は??」

「つまり、だ。地質を上げまくった土壌に謎の種を植えると、ああなる」


 紅の大地クリムゾンプティングの恵みを一切の制限無く享受した謎の種は、開発の意図するところを大幅に逸脱してオーバーグロー(オーバーフローにかけた次世代VR農業ジョーク)する。結果として魔界が出来上がるわけです。

 ついたアダ名が魔界農法。話に聞いただけで実際に試したのは初めてだけど、ここまで酷いことになるとは思わなかった。

 魔界農法を初めて目の当たりにしたNPCの老人はこう呟いたという。

 ワシの知ってる農業と違う、と。


「まあ、うん。いつまでも見ててもしょうがないし、収穫しようか」

「そ、そうじゃな……。お嬢ちゃん、収穫のやり方は分かるか?」

「引っこ抜きゃいいんでしょ」

「その通りじゃ」


 その通りなんだ。んじゃ引っこ抜こう。


 勇気を入れて魔界に足を踏み入れ、足元にある草をむんずと掴む。

 力を入れてぐいと引き抜く。すぽんとすっこ抜けて、大ぶりの根っこが姿を表した。

 その姿はしわがれた大根によく似ている。しかしあなたは気づくだろう。その大根らしき物体には醜悪に顔を歪めた顔があり、ぽっかりと開いた眼窩の奥には仄暗い憎悪が込められていることを。不幸にもマンドラゴラを引き抜いてしまった探索者は、(1/1d6)のSANチェックです。


「っ――!」


 すぐさまマンドラゴラを放り投げ、耳を抑えて魔界から飛び出る。間髪入れずに金切り声が上がり、紅い魔界がざわざわと揺れた。更に連鎖的に魔界の中に潜んでいたマンドラゴラがぽんぽんと飛び出し、金切り声の大合唱を上げた。

 あっ、ぶ、ない……! 直で聞いてたら死んでた……!

 震える手を抑え、荒い呼吸を整える。大丈夫、ここは安全圏だ。奴らは農地から外には出られない。


「お、お嬢ちゃん!? なんじゃ今の声は!?」

「じいさん、絶対に魔界に足を踏み入れないで。あいつはマンドラゴラ。レベル12から出現する植物モンスターだ」

「なんで農地に植物モンスターが出るんじゃ!?」

「謎の種すごいとしか言えない」


 マンドラゴラの群れは奇声を上げながらこっちに突進してくるが、農地の境目にある見えない壁に激突して止まった。


「しかし困ったな。これじゃ農業できない」

「お嬢ちゃんが倒せばいいんではないかの?」

「いやー、私今レベル1だし。さすがにあの数は相手にしたくない」


 んー。火でも放てばなんとかなるんだろうけど、そしたらせっかくの作物も消し炭だ。

 アイテムインベントリの中になんとかなりそうな物はないかと見てみる。大したものは入ってないけど、良い物があった。

 ヘラクレスオオカブトムシを取り出す。


「よし行って来いヘラクレス! あの太い根っこをぶった切れ!」

「絶対無理だと思うぞ!?」


 (俺かよ)みたいな顔をしたヘラクレスオオカブトムシは、戸惑いながらもマンドラゴラに突っ込んでいった。マンドラゴラの金切り声の大合唱を受けて弾き飛ばされた。

 空中をくるくる舞って吹き飛ばされるヘラクレスをキャッチし、アイテムインベントリに収納する。


「くっ……! 我が最強の下僕を倒すとは! この借りは忘れんぞ!」

「そのセリフ、最高に小物っぽいぞお嬢ちゃん」


 冗談はさておき。マジでどうしよう。

 いっそじいさんを魔界に放り込んでみるかと考えてた時、懐かしい殺気を身に浴びて、顔をちょいと横にずらす。

 ついさっきまで頭があったところに矢が飛んできて、耳元にブォンという風切り音を残して農地に突き刺さり、マンドラゴラの一匹を消滅させた。


「この矢は……。はぁ、良いところに来たというか、嗅ぎつけて来たと言うか」

「――、危ないね」

「一番危ないのはあなたですよ」


 振り返ると、全身暗色のクロークに身をまとった弓使いが居た。

 それはまるで人形のように見えた。動きに一切のムダがなく、静止画のように絵の中に入り込む。静と動を使い分け、不自然なほどに自然な足運びで、その子は確かに生きていた。


「助ける?」


 その子は言葉数少なく、ただそう問うた。相変わらず言葉にも一切のムダが無いどころか、足りてなさすぎて意思疎通が難しい。

 ただまあ、一周目も含めれば長い付き合いだし。言ってることはなんとなく分かる。


「ありがたい。やっちゃってください先生」


 いかにもと言った感じで小さく頷き、弓を構える。その子の右手が小さくぶれたと思いきや、4本の矢がほぼ同時に射られた。

 その矢の弾道からコースを見切る。射った順に、私の右足、眼球、心臓、そしてじいさんの頭を通るコースだ。するっと回避してじいさんを蹴倒すと、残影を残して駆け抜けた矢は4匹のマンドラゴラを正確に射殺した。


「お見事。いい腕してるね」

「あなたも避けた」

「避けさせてくれたんでしょ。本気で射れば、この距離なら外さないでしょうに」

「分かるんだ?」

「まあね」


 ふぅん、とその子は興味なさげに頷く。一瞬だけピリっとした殺気を感じて、とっさにナイフを心臓の前に構えると、矢がナイフの刃の部分に突き刺さる振動を感じた。

 それからようやくその子が矢を射ったのを視界で捉え、遅れてビィンと弦が鳴る音がした。

 ここまで0.1秒。


「っ――。危ないってば、マジで。勘弁してよ」

「安心して。このゲーム、PK無い」

「そりゃそうだけどさぁ。死なないし体力も減らないけど、矢で射られるのって独特の恐怖感がですね」

「防がれたの初めて」

「そりゃ光栄だ」

「もっかい」


 今度はその子の姿がブレて消えた。視界の右端にちらっと写った気がしたけどそっちはフェイントだ。殺気がした左側にナイフを投げてみると、空中でナイフと矢が激突する。

 体を下げてその子目掛けて駆け込む。追撃の第二射にドッジロールを合わせ、無敵時間を使ってすり抜ける。起き上がりざまにクルクル回転しながら地面に落ちるナイフを掴み、起き上がり硬直を狩りに来た第三射を切り飛ばす。


 更に距離を詰めるべく、足の歩幅をランダムに変えて動きを読ませないようにしつつ、残像だけを左右に飛ばす。第四射は右に飛ばした残像を貫き、そこでようやくクロスレンジまで詰めた。

 構えたナイフを弓の弦に添え、急停止。数秒ほど殺気をぶつけ合い、私とその子は同時にナイフと弓を収めた。


「ドッジロール、ずるい」

「ずるいって言われましても」

「回るだけで無敵時間作るとかチートだ。あんな隙だらけの固定モーションで攻撃抜けられるなんて、クソゲー」


 おお、珍しく長文喋ってる。なんか火をつけてしまったらしい。


「次は当てる」

「当てないで当てないで。やめてください心臓に悪いです」


 それだけ言うと、その子は颯爽と帰っていった。相変わらずなんというか、口数少ないくせして嵐のようと言うか。

 去りゆく背中をロックオンしてフレンド申請を飛ばすと、間髪入れずに承認された。フレンドリストに初めての名前が登録される。


 彼女の名前はジミコ。弓職人のジミコ。一周目の時、同じ固定パーティに所属して最前線を駆け抜けてきた相棒だ。キチガイ揃いの攻略組の中でもずば抜けたPSを持ち、得意の早打ちは職人芸レベルの精度を誇る。

 惜しむらくはこのゲーム、弓自体がサポート寄りの調整を受けていること。もしも弓が強いゲームバランスだったら間違いなく彼女が最強だったとは、当時最高のDPSを叩き出していた某超絶美少女双剣使いちゃんの弁だ。


「なんというか……。嵐のような娘じゃったのう……」

「いたんだじいさん」

「顔出したら殺されそうじゃったのでの。くわばらくわばら、寿命が縮んだわい」

「寿命なんて設定されてないくせに」


 ……うん。ちょっとした事件はあったけど、とりあえず問題は解決した。

 農地に足を踏み入れ、適当に草を引っこ抜く。『草薙剣』が収穫された。


「…………」

「なんじゃその、剣なんざ持って」

「ユニークアイテムがなんでもない感じで植わってんじゃない。お前には三種の神器としてのプライドが無いのか」


 大体なんで畑から出てくるんだよ。お前はヤマタノオロチの尻尾から出てくるって言ってんでしょう。


「剣……? 待てよ、畑から採れる剣って、まさか『草薙剣』かの!? やったのお嬢ちゃん! それは豊穣と荒廃の神リグリが祝福した農地にのみ宿るとされる伝説の農具じゃぞ!」

「農具って……。うわこれ、ユニーク収穫鎌だ! 本当に農具じゃん! 武器じゃないじゃん! なんなんだよこのクソゲー!」


 その時、何故か私の足元に落とし穴が出現し、2メートルほど落下した。

 這い上がって落とし穴に唾を吐く。落とし穴は自然に消えていった。くたばれリグリ。


「あーもう! なんでもいいよもう! さっさと収穫するよ!」

「そ、そうじゃの……」


 草薙剣を振るって魔界を収穫する。字面だけ見ればまるで英雄譚のようだけど、実際やってることは間違いなく農家だ。

 魔界も切り刻めないで農家がやってられるかってんだちくしょう。神剣魔界農法舐めんなよ!

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