9章 8話
目を開く。
全身が痛い。痛くない場所が考えられ無いくらいに痛い。ゲーム補正で痛みの表現はかなりマイルドになっているはずなのに、それでも声が出そうになるくらいに痛い。規制限界スレスレの痛みが絶え間なく続くのは思ったよりしんどかった。
これだけ痛むのもそりゃそうだ。私の最大体力だと100回死んでもまだ余るくらいのダメージが一瞬で5,6回は叩き込まれた。普通だったら痛みを感じる間も無く死ぬところ、生き残ってしまったのだからしょうがない。
「いっそ死んどけば――。いや、みなまで言うまい」
痛みを耐えつつ体を起こすと、私の頭からボロボロになった『魂呼の花飾』が崩れ落ちる。
あーあ。これ、奥の手だったのに。まさかここで使わされるとは思わなかった。バフの効果時間を確認すると、無敵時間の一分は既に終わっていた。ここから30分間は自動回復を含めた一切の回復不可だ。
さっきの攻撃でスタンしなくて本当に良かった。もしスタン判定が下っていたら自動回復されずに30分間昏倒し続けることになる。『魂呼の花飾』は最後の生命線なんだけど、色々とリスク要素が多いんだよなぁ。
「それより、ええと、ここは……」
周りを見ると、そこはまるで見覚えのない景色だった。
いや、景色と言うのも正しいものなのか。そこはピンク色うごめく内壁に囲まれた場所だった。私が座っている場所も見上げた天井も、どれもこれもうごめくピンクだ。そのピンクの中にところどころ壊れた機械(おそらく発電所の残骸だ)や帯電したジェネレーターが転がり、物によってはピンクから滴る酸性の液体に溶かされていた。
「大地の巨鯨の体内、かな」
立ち上がってその辺の機械の上に避難する。酸の一滴で死ぬ系プレイヤー、私です。念のために『耐性クローク』も羽織っておく。
それで銀太はどこいったんだろう。
「おーい、銀太ー。生きてるー?」
「お、う……。ここ、ここだ……!」
くぐもった銀太の声が真下から聞こえてくる。座っている機械の下を除くと、銀太が挟まっていた。
「あ、ごめん。乗っちゃった」
「いいから……、助けてくれ……!」
機械を持ち上げようとしたけどステータス不足で上がらなかった。『ヘラクレス』を呼び出して持ち上げてもらうと、銀太はほうほうの体で機械の下から這い出る。
「大丈夫? 生きてる?」
「もう死ぬ……」
「こらこらこらこら」
倒れ伏したままぴくぴく痙攣する銀太の背中に『アムリタ』をかける。銀太の使った《ロイヤルガード》は無敵の大盾を出すスキルなんだけど、展開中は使用コストに大量のHPを消費する。長時間の展開はいかに最大体力の多いフォートレスと言えどしんどい。
Myrlaには代償無しで使える無敵は無い。《ロイヤルガード》はこれでもまだ使い勝手が良い方の無敵スキルだ。
「ふぅ。さんきゅ、助かった」
「助かったって言えるかはまだ微妙だけどね」
ここはおそらく巨鯨の体内。振動は伝わってこないから移動している様子は無いけれど、見た感じ内蔵は正常に動いているようだ。ヤツはまだ生きている。
移動していないってことは、暴走した発電所を飲み込んだ時にスタンしたんだろう。
「急いでここから出るよ。クジラが目を覚ましたら今度こそ無事じゃいられない」
「それは構わないけどよ……」
出口を探してみる。それらしき場所はあるにはあった。
「閉じてるね」
「みたいだな」
出口になっている部分は内壁が閉じてしまっていた。銀太がこじ開けようと手をかけたけれど、その手が酸に溶けるだけで出口はびくともしない。ツルハシで掘っても小さく傷ついた内壁から血が飛び出るだけだ。いかにマスターキーと言えど有機物まではぶち抜けない。
……ふむ。
「とっておきの最終兵器」
『言いたいことも言えないこんな世の中』の蓋を開ける。一滴で辺り一帯の生物を死滅させる猛毒ポーションを出口に向かっておもむろにぶちまけてみた。
ポーションの液体が触れた箇所がみるみる変色して腐り落ち、ぼろぼろになって崩れていった。
「道は開いたね。通れるかは別にして」
「ここを通るのは遠慮してぇな」
狭い道は毒に侵されてどろどろに腐り落ちている。下手すりゃ酸よりきつそうな道になっていた。無理に通れば私たちも無事ではいられないだろう。
「毒耐性ポーションを使うってのはどうだ?」
「一番強力な『プラシーボ予防薬』でも確率で無効だからなぁ。手持ちのポーションじゃこの強度の毒を無傷で通るのは難しい」
「なんつーもんぶちまけたんだよ……」
「失敗失敗」
うまくいかないもんだ。道は開いたけど通るのは難しいか。
どうしたものかと考えていると、内蔵全体がびくんと跳ね上がった。内臓の痙攣は収まらず足場がぐらぐらと大きく揺れはじめる。
「やっば。ひょっとしてクジラが起きた?」
「そりゃああんなもん体内にぶちまけられればなぁ。どんなにぐっすり寝てても秒で起きるわ」
「目覚めのいっぱいってやつだね」
「このままだと永遠に眠るのは俺たちだぜ」
HAHAHAHAHA!
やってる場合か。さっさと逃げよう。
「しょうがない。奥の手を切ろう」
「店長の奥の手はいくつあるんだよ」
「数えたこともないや」
地力が無い分手札の数で頑張るんですよ。
インベントリから植木鉢を取り出し、その中に『ハイポンEX』を大量に投与する。土は真っ赤に染まり、鮮血の土壌が出来上がる。
そこにとっておきの『世界樹の果実』を植えて、私のカンストさせた農業スキルで成長促進。
「よっし、これで二週間待てば世界樹が生えるはず」
「3秒後のことはどうするつもりか聞いてもいいっすか」
「せっかちだなぁ」
ぱんと手を合わせて祈る仕草を取る。リグリちゃん、力を借りるよ。
眷属スキル【収穫祭】。リグリの眷属のみが習得できる豊穣の奇跡だ。大地の巨鯨が荒廃の化身というのなら、私は豊穣の力を持ってこいつを屠ろう。
……そういえば私、正規の方法でスキルを使ったのは二周目ではこれが初めてだったりする。不動の100%を誇っていたMPがごりっと減って、大地色の光が植木鉢へと吸い込まれていった。
「離れるよ」
植木鉢をその場において大きく下がる。大地色に輝く植木鉢から、ぴっと若芽が出てきた。
若芽はめきめきと成長し、植木鉢を砕いて大樹へと変わっていく。凄まじい速度で伸びる根はクジラの内蔵を突き破り、枝の先端もまた内蔵を突き破る。鮮血(農地にあらず)を吸って世界樹はさらに伸び、ついにはクジラの体内に大穴を開けた。
「……なぁ。他にやり方は無かったのか」
「私もちょっと後悔してる」
体内にいる私たちにもびちゃびちゃと血が降り注ぐ。ホラーの次はグロですか。スプラッタじゃないだけまだマシだけど、これはこれで嫌だ。
ともあれ脱出口はぶち開けた。逃げることにしよう。
「先行ってるよ」
「おう」
パチンと指を鳴らして『ヘラクレス』を呼ぶ。私の背中にガッチリとしがみついた『ヘラクレス』は凄まじい速度で飛翔し、世界樹が押し広げた大きな裂け目に飛び込んでいった。




