9章 7話
「えーっと……。リスタート、でいいんかな」
タッチパネルをぽちぽち操作していく。適当にいじってみると施設が再稼働したのか、遠方からごぅんごぅんと何かの稼働音がしてきた。
いよっし、発電所の再稼働には成功した。シャンバラ内に電力が供給されていき、都市が蘇っていく。
制御装置のモニターを監視カメラに切り替えると、まだ生きている監視カメラのいくつかが反応を返す。街区のモニターを操作して大地の巨鯨を探す。現在戦闘区域は――、最初の鉄塔の側か。
「こちらラストワン。こちらラストワン。発電所の復旧に成功した」
『随分と時間がかかったね。待ちくたびれたよ』
『上出来だ。作戦に支障はあるか?』
「オールグリーン。充電始めるよ!」
フライトハイトとヨミサカに連絡を入れる。いやぁ、手間取っちゃって面目ない。大体シャーリーのやつが悪いんだ。
文句も兼ねて、シャーリーにも連絡を入れる。
「シャーリー。言いたいことは色々あるけど、今すぐ鉄塔から降りたほうがいいよ」
『わっ、急に話しかけんなです! 集中が途切れるですよ!』
「伝えたからね」
通信を切って制御端末を操作する。発電量を最大にして、余剰電力を一時的に都市内のサーキットで遊ばせた。サーキット内の規定容量をオーバーしても電力が供給され、エマージェンシーコールがわーにんわーにん鳴るがお構いなしだ。セーフティが作動するギリギリまで電力を貯める。
「なぁ店長ー。そもそも何するんだー?」
「簡単なことだよ。大地の巨鯨は土属性のボスだ。土の弱点って言ったら?」
「あー、雷か」
「その通り。都市ひとつ分の電力を、まとめて奴に叩き込む」
「相変わらずえげつねぇこと考えるなぁ」
へっへっへー。褒めるな褒めるな。っていうか頼むから銀太はゾンビの排除に専念してくださいお願いします。
サーキット内にあふれていく電力が漏れ出して、シャンバラ全域がビリビリと帯電をはじめた。念のため監視カメラだけ別回路に退避しておく。これがショートして視界が無くなるのはまずい。
「こちらラストワン。総員に通達。飛んでいる人は高度を50m以下にするように。発射は10秒後! 敵の現在位置は?」
『さっきと大きく変わっていない。最寄りの鉄塔は3番だ。構うな、ぶち込め!』
「りょーかい!」
矢を引き絞るように、電力を最大限に蓄える。やがて制御装置の方にまで回ってきた電力が計器を激しくかき乱した。頃合いだ。
電力を制御して3番鉄塔にむけて過剰供給する。そして3番鉄塔のセーフティをオフに。
監視カメラのモニターで、3番鉄塔の安全装置がパキリと砕け散るさまが見えた。
「【ディスチャージ・オーバーサーキット】ッ!!」
都市内を駆け巡る電力はサーキット内に空いた穴から溢れ出す。3番鉄塔から漏れ出した膨大な電力が空気中に放たれ、辺り一帯に紫電の槍が迸った。
その矛先に選ばれたのは、巨体を誇る大地の巨鯨――と、シャーリーだ。逃げろって言ったのに逃げないからー。
監視カメラをアップにしてみる。何事か叫びながら、ゾンビを何匹も盾にしてかろうじて電撃の矛から逃げていた。がんばれがんばれ。
やがて電力を使い切ったのか、鉄塔からの放電は終わる。役目を終えた鉄塔は根本から崩壊していった。
そして残ったのは黒焦げになった大地の巨鯨。甚大なダメージを受けたようで、その巨体はぴくりとも動かない。
『やったか』
『やったね』
「やってないでしょ」
わかってるくせに。あんなのただのスタンだよ。小芝居してないで今のうちにダメージ稼いでこいっての。
『こちらシャーリー! こちらシャーリー! どういうことですよ! ふっざけんなばっきゃろー!』
「作戦説明は事前にしたし逃げるように勧告もしましたー。逃げないほうが悪いですー」
『うみゃああああああああああっ!』
お怒りだった。ざまーみろ。
停電した電力を復旧する。制御室の機材に損傷は無し。都市内のサーキットはズタボロだった。余ったコンポーネントで『修理用ナノマシン』を1スタッククラフトして電源ケーブルに流す。ケーブルに乗って拡散したナノマシンが、傷んだサーキットを修復し始めた。
「こちらラストワン発電所ー。次弾の装填はまだまだかかるよ。ゆっくり殴ってて」
『こちらフライトハイト。了解した。総員、あいつが起き上がったら4番鉄塔の付近に奴を誘導する。聞いたね?』
『【ギガブレイク】ッ! 【ギガブレイク】ッ!! 【ギガブレイク】【ギガブレイク】【ギガブレイク】ッ!!! ふはははははっ! ジミコ! 合わせろッ!!』
『あいさー。ExSkill《嵐王の颶風》』
ジミコを中心に緑色の風が吹きすさぶ。ストームシューターのExSkill《嵐王の颶風》。プレイヤー全員の移動速度・攻撃速度・詠唱速度・射程が大幅に増加するエリアバフだ。
その風を受けてヨミサカが飛び上がり、その影におっさんがついていく。
『行くぞッ! 【チャージ】、【武神招来】、【ブラッディベルセルク】!』
『後詰は任せろ。【ハイディング】、【シャドウステップ】、【月影鏡界】』
飛翔しながら二人はバフを多重詠唱する。ヨミサカの体は鮮烈に光り輝き、おっさんは16人に増えた。
1人と16人はゆんゆんぴかぴかしながら倒れたくじらさんにぴゅーんって飛んでいく。
『『ExSkill――』』
ヨミサカのベルセルク。おっさんのシャドウエッジ。2つのクラスのExSkillが交差する。
『《超覇王羅剛撃》ッ!!』
『《NINJA FEVER NIGHT!!!!!!!!》』
ずどーん。どかーん。ずばばばっしゃーん。どかどかどしゅーん。
だいたいそんなかんじ。間違ってはいない。
「……次弾、いる?」
『あー。うん。作戦変更。さっさと畳もう』
フライトハイトさんと意見が一致して私は嬉しいよ。あいつらマジで何やってんだ。
一応念のため次弾装填の準備はしておくけど、出番はなさそうだ。大地の巨鯨はかろうじて起き上がったが、あちこちをヨミサカとおっさん(とその他大勢)にボッコボコにされていた。
ナノマシンもいい感じに修復を終え、発電量を少しずつ上げてサーキット容量を満たす。電力が余ったから、中天に浮かぶ人工太陽に通電させてみた。
やー。やっぱり明るいってのはいいね。それだけでホラー感が大分薄れる。
「おーい、こっちは大体片付いたぞ」
「あ、終わったんだ。こっちもそろそろ終わるよ」
一仕事終えた銀太が制御室に帰ってきた。廊下は見ないことにする。きっと死屍累々になっているだろうから。
ここからどうやって出るかなぁ……。まあいいや、それは後で考えよう。
「あ」
「ん?」
「店長、モニター」
モニターを見てみる。
ようやくスタンが切れた大地の巨鯨が起き上がっていた。群がるプレイヤーたちをぶるんぶるんと弾き飛ばし、悲痛な声で大きく吠える。
そしてプレイヤーから逃れるように、突進を始めた。
「あー。逃げちゃったか」
「……待てよ。これ、まずくないか」
「今から充電じゃ間に合わないし……。失敗したなぁ、溜めておけば突進ルート付近の鉄塔から攻撃できたのに」
「そう、その突進ルートだよ。やべぇな」
「ん?」
モニターを切り替えながら大地の巨鯨のルートを追ってみる。瓦礫を轢き潰しながら進む大地の巨鯨の通る道にはどうも見覚えがあった。
それはちょうど、ついさっき私たちが通った道で。つまり大地の巨鯨の行く先は……。
「あれ、ひょっとしてこっち来てる!?」
「そうみたいだな。どうする?」
「だーっ! なんでいつもいつもこうなんだよーっ!」
逃げるのは――いや、今更無理だ。なら止める? どうやって!?
ええい、少なくとも電力はあるんだ! 都市に供給する全電力をカット、発電量を最大にして全電力を発電所内に飽和させる!
エマージェンシーコールが再び鳴り響き、全てのモニターが真っ赤に染まった。セーフティが続々と作動して飽和した電力を逃がそうとするが、そうはさせない。
「ホムンクルス! セーフティプログラムを遮断して! まとめて吹っ飛ばすよ!」
「おいおいおいおい! 何する気だよ店長!」
「決まってんでしょ! この発電所ごと吹っ飛ばすの! この私に喧嘩売ったこと、腹の底から後悔させてやる!」
「むちゃくちゃするなぁ……。オーケー任せろ、どこまでも付き合うぜ」
こうなりゃやけくそだ。危険域を大幅に超えてなお増える電力が暴れだし、制御装置はぶっ壊れた。もう誰にも止められない。
だんだん近づいてくる地響きと、けたたましい警告音の中、獰猛に笑って覚悟を決めた。
来いよ巨鯨。大地の巨鯨。我らが神たるリグリの下僕よ。私の兄にあたる眷属の者よ。
お前は私が連れていく。
「来るぜ、店長」
「任せたよ、銀太」
壁を突き破って迫る大地の巨鯨と、荒れ狂う電力が生み出す無数の稲光。そして銀太が構えた白く輝く巨大な盾、《ロイヤルガード》。それらの光景を目に焼き付け、私は静かに目を閉じた。




