9章 6話
暗い発電所内を進み制御室にやってきた。ここの扉ももちろん鍵がかかっていたけれど、ツルハシでぶち抜いた。Myrlaのマスターキーはショットガンではなくツルハシだ。
制御室内は、それはもう陰惨たる有様だった。おびただしい血痕が壁一面に広がり、床にはナイフや拳銃が転がっている。極めつけには外傷の激しい白衣を着たゾンビがうろついていた。
きっとここで何か恐ろしいことが起こったんだろうと想像するには十分だった。たぶんこう、バトルロワイヤル的な方面で。
「あーもー! やだっていってんじゃないかー! ちゃんと掃除してってばー!」
「そういう問題かぁ?」
銀太がゾンビをスパスパと切り捨てる。こうして血しぶきがまた広がった。
うー。あー。もーやだ。もうほんとやだ。かえりたい。いますぐかえってアトリエでねたい。こんなところいてられるか。
元々は白骨死体があったり、古い血の跡が残されているくらいのちょっとホラーチックなだけの廃墟なのに。どうもこうも全部シャーリーのせいだ。あんちくしょう、後で覚えとけよ……!
「銀太……。その、それ、取って」
「それって? どれだ?」
「ゾンビが持ってるやつ……! 白衣の中にあるから……!」
「どのゾンビだ? 4体いるけど」
「ええっと……」
銀太の後ろからちょっと顔を出す。
ばらばらに解体された4体のゾンビがこっちを見ていた。
「ぇぅ、ゃ……。えと、右から、二番目のやつ……」
「ああ。ちょっと待ってろ」
銀太は私から離れてゾンビの死骸を漁りにいった。周りの様子を少しでも見たくないから、しゃがみこんで地面だけを見た。視界が制限されるとやけに聴覚が敏感になるのは人の性で、遠くから聞こえてくるうめき声や何かを引きずる音、そして銀太がゾンビの体を物色するぐちゃぐちゃとした粘性の音から意識を逸らしたくて耳をふさいだ。
しばらくそうして待っていると、ぽんぽんと肩が叩かれた。
「銀太……?」
見上げてみる。
腐り落ちてぽっかりと開いた眼窩が私を見下ろしていた。
「ぃにゃあああああああああああああああっ!!??」
咄嗟に手に持っていた『ポータブル太陽』をゾンビの口内に叩き込み、顎を蹴り上げて『ポータブル太陽』もろとも顔を砕く。そのまま【煉獄轟蹴脚】で制御室の外までぶっ飛ばして壁に叩きつけ、壁際で落とさないよう【エアスラッシュ】を抜き打ちで繋いでから【雷突破】で距離を詰めつつ手刀を差し込む。トドメに【納刀術・椿散華】をクリティカルヒットさせれば、ゾンビの亡骸(?)は炸裂した『ポータブル太陽』の炎に沈んだ。
……またつまらぬものを斬ってしまった。
「……何やってんだ店長」
「だって! 銀太! あいつが! あいつが急に! 私に!」
「あーうん、わかったわかった」
「はやく! はやくやっつけてよー!」
あんだけフルコンボをぶち込まれたゾンビは、こんがり焼けながらもよろよろと立ち上がった。
さすがはシャーリーが生み出したゾンビだ。私の攻撃力じゃどれだけ派手な攻撃決めたってびくともしないぜ!
銀太がゾンビを介錯すると、ようやくそれは活動を停止した。もーやだ。しまいにゃ泣くぞ。
「それよりほら。これが欲しかったんだろ」
銀太が差し出したのは小さな鍵だ。それを受け取って制御室の中に戻る。
血まみれのあれやこれやから目をそらしつつ、制御装置に鍵を差し込んで回す。が、反応は無かった。
「んーと、どうするんだっけか……」
たしか、制御装置の修理からやらなきゃいけないんだっけか。制御装置に視点を固定して鑑定ウィンドウを立ち上げ、壊れている箇所を特定する。鑑定ウィンドウが出した結果はどこもかしこも真っ赤だった。
「わー、損傷率6割か。修理に『コンポーネント』と『生体金属』を複数要求されるし……。『ヒヒイロカネ』や『アダマンティウム』ならあるんだけどなぁ」
「ん、直んのかそれ?」
「難しいね。『コンポーネント』ならその辺の機械を解体すれば入手できるけど、『生体金属』は解体じゃ入手できない。シャンバラ内の工場倉庫から取ってこないと」
「……手間がかかりそうだな」
「ま、無いなら無いでやりようはある」
その辺のパソコンをツルハシで解体して素材に変換、『コンポーネント』とその他もろもろの素材を入手。ツルハシ先輩マジ万能解体器。片方の素材はこれでオーケーだ。
もう片方の『生体金属』なんだけど……。やってみるか。大事なのは生産職の魂。そう、無いなら作ろうの心だ。
まずは工場の代わりに炉を設置する。『鉄塊』と『紅熱石』を素材に自動クラフトして『溶鉱炉』を作り、それに『火蜥蜴琥珀』と『黒曜の火打ち石』を投入して『竜炎溶鉱炉』にランクアップ。おまけにその辺の機械からひっぺがしてきた『電磁鋼』と『反物質』も投入する。
完成したのは『個人用反物質電解炉』だ。なんでも溶かす便利なゴミ箱とも言う。
『個人用反物質電解炉』に『精霊銀』と『人魚の涙』を入れて、高圧を掛けつつプラズマ化するまで温度を上げる。いい感じに2つの鉱石が混じり合ったところで『命の血晶』を砕いて入れると、プラズマ鉱石に生命が宿った。
「お、おい……。なんかこれ大丈夫なのか? もうすげーこう、バチバチしてるけど」
「だいじょーぶだいじょーぶ。多分ね」
これくらいへーきだよ。暴走したってせいぜい反物質が対消滅を起こして、1グラムあたり90兆ジュールのエネルギーが周囲一帯を消し飛ばすだけだ。PvPが存在しないこのゲームなら、多少星の形が変わるくらいで人体に害は無い。
「ホムンクルス。聞こえる?」
炉の中に生まれているであろうプラズマ生命体に声をかける。返事はないが、私の声に反応してプラズマが揺らめいた気がした。
「あなたを疑似生体金属として加工する。要項は高度の柔軟性と自己加工能力を有すること。判断は音声指示の他にプログラム制御による電子指示も対応して。わかった?」
プラズマから(えっちょっ急に無茶言わんでよ)って気配がしたけど気にしない。ホムンクルスの返事を待たず仕上げに移った。
炉に『クロノスの氷』をセットする。時をも凍てつかせる概念氷が急速に炉を冷やし、プラズマ化した鉱石は凝固して固体に戻る。チーンと完成音が鳴ると、炉から完成した『人工生命金属』が出てきた。
『生体金属』じゃないけど代理品として使えるだろうか。
とりあえず『修理用コンポーネント』と『人工生命金属』を使って制御装置を修理してみる。ちょっと仕様と違うところもあるけどホムンクルスに音声指示を出してちょうど良い感じに動いてもらった。エラーを起こしてもアドリブでなんとかするように。
「ん、この分なら一応直せそうだね。よかったよかった」
「そりゃ良かった。まだかかりそうか?」
「もーちょい。待たせてごめんね」
「ああ、それはいいんだけどな……。今は外見るなよ」
「ん?」
そう言われると気になって、ふと意識を外に向けてみる。
制御室の外から、数多のうめき声が聞こえてきた。
「あの、銀太さんや。お外では何が起こってるんでしょうか」
「騒がしくしたからなぁ。この辺のゾンビが押し寄せてきてるところだ。処理してくるから店長はそこでおとなしくしてろ」
「ひぃっ」
絶対見ない! 絶対見ない! 絶対見ない!
扉の外のことは銀太に任せよう。私は私の仕事をやろうそうしよう。
制御装置の修理を完了させて、あらためて制御装置に挿した鍵をがちょんと回す。モニターが点灯し、今度こそ制御装置が起動した。




