9章 5話
大きな獣道を、地響きとともに迫る大地の巨鯨を避けながら通り抜ける。やがて道は地底へと至った。
その先にあるのは広大な空間。そして、滅びた都市が残されていた。
人気のない都市には電気照明が今なお灯り、街の中心部を通るように管理された河川が流れている。空と見紛う高い天井には星々の変わりに煌めく鉱石が散りばめられ、その中央には光を失った太陽がぶら下がっていた。
地底都市シャンバラ跡地。かつて罪人の流刑地として作られ、シェルターとして滅んだ街だ。
「結構。いい眺めだ」
「やあ、ようやく第二の街の発見といったところか。諸君喜べ、このゲームもまだまだ序盤のようだよ」
「それ、笑えないから……」
こんだけやってまだ序盤とか言われたら大作すぎて心が折れる。
私の知識が使えるのもこの辺までなんだから。この先も続くんだったらガチ攻略を頑張らなきゃいけなくなる。それはちょっとやってらんないぞ。
その時、地鳴りと共に大地の巨鯨が迫る。このあたりの天井は舗装されていることもあって落石は無いが、揺れは一層激しさを増していた。
闇の彼方より轟音とともに現れた大地の巨鯨は、瓦礫を轢き潰して都市の中央に躍り出た。そこでゆっくりと動きを止め、シャンバラ中に反響する大音声で吠えた。
「へいヨミサカたん。動き止まったよ」
「でかした。後は任せろ」
「任せろじゃないだろヨミサカ。確かに走り回らなくはなったが、空間が広くなっただけ通路に居た時より暴れまわるぞ。危険度ならこっちのほうが断然上だ」
「ハイリスクだがハイリターンだ。それ以上何を求める」
ヨミサカは嬉々爛々と、瓦礫を踏み台に巨鯨へと踊りかかっていく。【風精の靴】を自在に操り、瓦礫のサーキットを滑りながら宙を舞うその姿はまるで羽が生えたかのようだ。
続いておっさんも飛びかかり、ジミコはきりきりと弓を引き絞った。それを見てフライトハイトが苦笑気味に号令を出し、【帰宅部】を中心としたプレイヤーは交戦を開始した。
「シャーリーはいかないの?」
「あの巨体です。ゾンビ作っても轢き潰されるのが落ちです。もう読めてるですよ」
「いじけるないじけるな」
すっかり学習してらっしゃっていた。
しょうがないからシャーリーの襟をひっつかんで、小脇に抱えた。死霊合体シャーリー戦車。
「何するです?」
「楽しいこと。銀太、お願い」
「おう」
銀太が真上に構えた盾に飛び乗る。足をくっと溜めて、せーのっ。
「にゃわああああああああああああああああっ!?」
射出した。
銀太が打ち上げた盾に合わせて大きく飛び上がり、【風精の靴】を使って滑るように空を飛ぶ。十分な高度を稼いだところで更にシャーリーをぶん投げた。
お星様になって飛んでいくシャーリーの行き着く先は、瓦礫の都市に残された鉄塔のひとつだ。シャーリーはその頂上になんとかしてしがみついた。計画通り。
「なにっ、するんですかー! 呪うっ! 絶対呪い殺しますですよ!」
「地上から行ったらゾンビも轢き潰されるけど、上空からならちょっとは変わるんじゃないー?」
「……はっ、ゾンビ空挺部隊ですか! 相変わらずえげつねーこと考えつきますね!」
「やー。それほどでも」
「褒めてねーですよ! やるならやるって言いやがれこんちきしょー!」
上空から降ってくる【狂神の裁き】(上級黒魔術。常闇より呼び出した光で対象を汚染する)をステップで避ける。シャーリーちゃんシャーリーちゃん、狙うのは私じゃなくてあそこでびったんびったん暴れてるクジラさんだよ。
ひとしきり暴れて気が済んだのか、シャーリーは大掛かりな詠唱を始めた。シャンバラのあちこちからぼこぼこと死体が這い上がり、ゾンビたちは鉄塔をよじのぼっていく。そして鉄塔がゾンビに埋め尽くされ、その死体の塔の頂点に立つシャーリーが采配を振り下ろした。
「【デッドマンズ・ドレッドレギオン】――。死軍よ! 死軍よ! ネクロマンサーの名において命ずるです! 天より降り注ぐ恐れと化して、その目に映る全ての命を狩りつくせっ!」
「シャーリー。その指示だと色々巻き込むよー」
「問答無用っ! です! きゃはっ! きゃはははははははっ!」
シャーリーちゃんてば楽しそう。
シャーリーは絶え間なく注がれるMPを補給すべく、がぶがぶとクスリをキメながら死軍を操る。鉄塔の上まで上り詰めたゾンビが大地の巨鯨めがけて次々に降下し、その巨体にしがみついて全身をかみちぎった。
まるで象に群がるアリのようだ。全身を腐った死体にまとわりつかれた大地の巨鯨は、けたたましい悲鳴を上げて狂おしく暴れる。その一方で巨鯨に捕まりそこねたゾンビは、地上に落ちた後にプレイヤーたちに襲いかかっては返り討ちにされていた。あっ、ちょお前こっちくんな殺すぞ。
「いやー。戦況が一変したな。なんつーか、地獄絵図っていうか」
「あの戦法、MPバカ食いするからコスパ悪いんだよね。そもそも開発がゾンビの召喚数に上限を設けなかったのが悪い」
戦場から離れて観戦する私と銀太の下にも、数多のゾンビが押し寄せる。銀太さんや、やっちゃってください。
巨鯨とプレイヤーとゾンビの三つ巴となった戦場はいよいよ混沌の様相を呈していた。巨鯨はゾンビにまとわりつかれて動きを鈍らせたが、そのスタミナに物を言わせて暴れまわる。プレイヤーはゾンビに怯むどころか、ちょうどいい足場ができたとゾンビを蹴り飛ばして曲芸飛行を始めた。ゾンビはゾンビだ。元気に目につくものを手当たり次第に襲おうとしていた。
「んじゃ、私たちも私たちの仕事をしようか」
「おう? 俺たちの仕事ってなんだ?」
「……銀太はそのままでいいよ。私の護衛だけしてて」
今回の作戦、一通り銀太に説明したはずなんだけどなぁ……。相変わらず話を聞かないやつだ。
まあいいや。今更だ。それに、やることは変わらない。
「銀太、あっち行きたい」
「任せろ。風くれ」
銀太に向けて【エアスラッシュ】を飛ばす。銀太は『アルギスの白盾』で【エアスラッシュ】を砕き、散らばる風を剣先で束ねた。
「【スフィア・ストリーム】っ!」
放たれた爆風がゾンビの群れを吹き飛ばす。戦場に空いた風穴に、一歩足を踏み出した。
*****
ゾンビの群れを蹴散らしながら進み、大きな施設へとたどり着く。
破壊された建物があちこちにある地底都市において、いまだ全機能を残している数少ない施設だ。
「ここは?」
「シャンバラ第四反物質発電所」
鉄柵を切り破って発電所の敷地内に入る。施設の鉄扉は分厚く、電子ロックで頑丈に施錠されていた。今やその電気も通っておらず、施設に入る術はとうに失われた。
ここに入るためには都市を探索して、『バッテリーパック』と認証コードを探してこないといけない。
「この『ツルハシ』が無ければなぁっ!」
高笑いしながらツルハシを扉に打ち付ける。カツンと一閃ぶち込めば頑丈な扉はアイテム化し、『硬化プラスチール』が手に入った。はっはっは。いかなる超合金だろうと鉄製のツルハシで砕け散る。そう、VRMMOならね。
ファンタジーってなんだっけ。
扉を掘り抜けば、開いた空間からゾンビが飛び出してきた。
「おわっ! なんで中にまでいんだよこいつら!」
「多分だけど、ここ頑丈な作りになってたから逃げ込んだんじゃない? 中に閉じこもって運良く生き残ったけど、食料を得られずに餓死とか。で、その死体がシャーリーに蘇生させられた」
「こんな地底に追い詰められ、ネクロマンサーに蘇生され、俺に斬られるとはこいつも散々だなぁ……。安らかに眠れよ」
悼ましそうな顔をしながらも、銀太は確実にゾンビの息の根を止めた。無用な悲しみを生み出したシャーリーの業は深い。
暗い発電所内を『ポータブル太陽』で照らしながら探索する。無くても見えるけど念のためだ。明るいのはいいことだから。
あまり周りを見ないように、銀太の背中だけ見てついていく。
「なんで俺が先なんだ?」
「特に理由は無い。無いったら無いの。あ、そこ右ね」
「道わかってるなら店長が先導したほうが……」
「うるさい殺すぞ」
暗くて物陰が多くてゾンビの徘徊する発電所だ。誰が先に行っても問題はないけど、強いて言うなら銀太だろう。
どこかからか低いうめき声が聞こえてきて、思わず目の前の背中との距離を詰めた。正しい対処だと言えようとも。ああそうだとも。
「……なんか近くないか?」
「適正距離だよ。何か不都合ある?」
「あ、店長。そこゾンビ」
「~~~っ」
息を詰めて抜刀し、素早く後退った。頭のスイッチを入れて【千剣万華】を起動しようとして――、あれ、敵いない?
落ち着いて周りを見る。少なくとも周囲に敵はいない。いるのは銀太だけだ。
「なーるほどなぁ」
「銀太……、この野郎……」
「気にすんなよ。誰だって弱点はあるもんだ」
「そのニヤケ顔をやめい!」
べしべしと銀太に強めに抗議する。しょうがないじゃん、怖いもんは怖いんだから。ホラーゲームは苦手なんだよ。
ゾンビのくせに暗所からの奇襲なんて高等戦術かまさないで欲しい。敵なら敵らしく正面からかかってこいってんだ。斬って倒せる敵なら怖くないのに……。
「あ、店長。そっちゾンビ」
「~~~っ。だからっ! もうやめてって言ってるでしょ!」
「マジなんだけどな」
真上からゾンビが降ってきた。
「ひにゃああああああああああっ!!!??? せせせせせ、【千剣ばん】――」
「おーおー、落ち着け落ち着け」
うめき声とともに掴みかかってきたゾンビは、私の喉笛を噛みちぎる寸前で首を跳ね飛ばされた。
目の前で血しぶきが上がり、腐った体液が私の頬を濡らす。そのまま事切れたゾンビは、私にすがりつくようにずるりと崩れ落ちた。
「帰るっ! もう帰る! こんなの知らない! 聞いてないよ!」
「大丈夫だっての。一応味方のスキルだから噛まれても死にはしない」
「怖いもんは怖いの! もう無理! やだ!」
「わかったわかった。ミニマップだけ見てろ」
そう言われてミニマップに集中する。ああもう、せめてどこから来るかわかればまだ怖くないのに……、あ、『マインドフレア』。
インベントリをかき漁って『マインドフレア』を取り出し、一息に飲む。第六感が拡張されて脳内のミニマップに敵の位置が表示――されない! なんで!
「ゾンビ、一応味方だからなぁ……」
「敵だよあんなの! 覚えとけよシャーリーこのやろー!」
「あー、騒ぐなって。そんな騒ぐと、ほら」
ぽんぽんと肩を叩かれる。もちろん銀太じゃない。銀太は私の前にいる。
「振り返るなよ。目つむってろ」
銀太が剣を抜いて、私の頭の数センチ隣に刺しこむ。耳元でぐちゃりと嫌な音が聞こえて、ふぅと一息。
すっと息を吸ってから、発電所中に響き渡る声で叫んだ。




