9章 4話
やがて、洞窟の奥から地響きが聞こえてきた。
はじめは遠く、しかし確かな存在感を持って。やがて近づくにつれて音はどんどん大きく、そして足元から伝う振動となって現れた。
洞窟内は激しく揺さぶられ、天井の一部が崩落する。真上に落ちてこられると、不安定な足場で避けるのは困難だ。
「バフ行きます! 【風精の靴】!」
バフを得手とするフェアリーサモナーが、浮遊状態を与えるバフを全体に展開した。罠の回避と移動速度の上昇を同時に行う優秀なバフだ。
揺れる不安定な足場から浮遊し、落石を滑るように回避する。何人かのプレイヤーは浮遊状態に慣れていないのか、回避に手間取って落石が直撃していた。大丈夫かな、と一応『アムリタ』を投げれるよう気を配ると、既にシャーリーが【黒神への供物】で回復していた。
「こんなんも避けれなくてよく攻略組名乗れますね。死ぬ前に帰ったほうがいいですよ」
この言いざまだけど、シャーリーは至って本気だ。死なないようしっかり回復しつつ、煽り抜きで死ぬ前に帰れと言っている。ゾンビを使った広域火力にもなれるシャーリーにとって、余計な仕事を増やすプレイヤーは純粋に邪魔なんだろう。
シャーリーの選択したパニッシュメントは中々器用なクラスで、要は神職者のクラスなんだけど、仕える神によって使えるスキルが大きく変わってくる。シャーリーが選んだのはよりにもよってあのウルマティア。死滅と再生の神だけあって、呪殺や回復、そして何よりゾンビ召喚を得意とする。
揺れはより一層激しくなり、天井からの落石も絶え間なく振りそそぐ。【風精の靴】が無ければ立つこともままならず、落石に潰されて体力を大きく減じていただろう。
そして轟音とともに、その姿が見えてきた。
彼方の闇より浮かび上がる輪郭は、果たしてそれが動いていると信じるにはあまりにも巨大すぎた。
まるで洞窟そのものが迫ってくるような強烈な圧迫感。広い大空洞の縁をがりがりと削りながらまっすぐこちらに向かってくるそれは、まさしく神話の生き物だ。
かつて存在したこの世界を、一週間で滅ぼしたもの。
かつてこの地に栄えた文明を、一晩で荒廃へと帰したもの。
かつてここに逃げ込んだ数多の人間を、身動ぎ一つで磨り潰したもの。
豊穣と荒廃の神が遣わした最大最強の神獣。人を喰らい文明を喰らい世界を喰らう、災厄の最上級。
大地の巨鯨。
「総員、手はず通りに」
大地の巨鯨の姿を確認し、フライトハイトが合図を出す。プレイヤーたちの動きは迅速だった。
こちらに向かって突進してくる大地の巨鯨を止める術は無い。統率された動きで散ったプレイヤーたちは、洞窟の脇道へと入っていく。一瞬の後、プレイヤーが居た場所を大地の巨鯨が轢き潰した。
その脇腹に猛攻をしかける。全身のいたるところに攻撃を受けた大地の巨鯨は、されど意に介すこと無く走り去っていった。
「ふん……。聞いた通りだな。突進と落石に気をつけつつ、ヒットアンドアウェイで攻撃を加える、か。楽なボスだ」
って思うじゃん。そうも行かないんだよ、フライトハイト。
「あいつの体力見た?」
「いや。確認はしていなかったが、何か問題でも?」
「総体力が1億3800万。今の一瞬で削れた体力が10万ちょっとだね。このヒットアンドアウェイを1380回やったら倒せるよ」
「……楽なボス、というのは撤回しておこう」
分かってくれたようで何よりです。
紅炎の赤龍もそうだったけど、このクラスのレイドボスとなると体力量が半端じゃない。常にDPSを出し続けて戦闘時間を短縮させないと、どんなに安全なボスでも待っているのはジリ貧だ。
「兎にも角にもDPSを出さねば話にならん。ラストワン、奴の動きを止めろ」
「難しいこと言うなぁ」
覇王様からのお達しを受けてしまった。ま、やるだけやってみるか。
インベントリから『爆撃おりがみ』を取り出して兜の形にクラフトする。三角頭のおりがみ爆弾を、洞窟内にまんべんなく田植えしてみた。
「なるほど、地雷か。アークメイジ部隊、罠を設置しろ」
「罠……? そんな魔法あったっけか?」
「さぁ。ここんとこ大魔法ぶっぱしかしてないし覚えてねえや」
「あ、これじゃね? 土属性中級魔法の【ストーンニードル】」
「土とか言うマイナー魔法なんて覚えて……、なんで習得してんだ俺」
「習得したことすら忘れられてるのか……」
アークメイジの皆さんは脳筋だった。
そりゃあなた達は後方で火力ぶっぱなすのがお仕事ですけどね。魔法職ってきっとトリックプレーとかできるよう調整されてると思うんですよね。このゲームだとむしろ前衛職のほうが被弾を減らすために戦法を練る有様ですよね。
頭脳の前衛、ぶっぱの後衛。これもまたMMOのお約束。ゲームによっては硬さに物を言わせた戦士がゴリ押しする一方、MPカツカツな魔法使いがテクニカルに逃げ回ってる光景も見たりするけど。
『爆撃おりがみ・兜』や【ストーンニードル】を多数設置し、大地の巨鯨が来るのを待つ。やがて地響きとともに奴が現れた。
落石を避けるのは言うに及ばず、脇道に逃げ込む寸前に『ポータブル太陽』にノミで穴を開けてから放り投げる。狙い違わず大地の巨鯨の眼前で炸裂し、激しい閃光と爆音を撒き散らした。
が。
大地の巨鯨は敷き詰められた罠も激しい閃光もまるで意に介さず、全て踏み潰した上で地響きとともに彼方へと走り去っていった。
「……おい、ラストワン。止まってないぞ」
「あー、うん。いっちゃったね」
「いっちゃったじゃない。止めろと言ったはずだ」
「自分もできないことで文句言わないの」
「お前にはできるだろう。やれ」
「その謎の信頼はなんなのさ……」
覇王様はご立腹だった。ごめんて。
「ここじゃ場が悪い。動きを止めるならもっと広いところにおびき寄せよう」
「場が悪い? ここの広さも相当なものだ。更に広い空間があるというのか?」
「何言ってんのさ。こんなとこ、大地の巨鯨が掘り進めた獣道だよ。大空洞の中心部はもっと奥」
「それはまた……。スケールのデカイ話だな」
そりゃそうでしょうよ。
あの化物クジラ、大きさで言うなら王より大きい。目測だけど蒼海の青龍とタイマン張れるサイズだ。
下手すりゃ世界樹より大きいかもしれない。
「行き先は」
「あっち」
道を指し示すと、フライトハイトを先導に隊は移動を始める。
やがて岩肌が人口の壁に変わり、ところどころ照明の灯った通路を目的地へとまっすぐ進んでいった。




