9章 2話
彼は笑顔でやってきた。
私とジミコの凌ぎ合いのど真ん中に割り込んできて、数多の剣閃と数多の射撃を綺麗に躱し、あまつさえその大鎌で私たちの首を一手で狩りに来た。
かわしてそのまま剣閃を叩き込む。避けにくいようジミコとタイミングをずらしながら逃げ場を削っていくと、彼は避けきれないと判断したのか大きく下がった。
はい場外。脱落ね。
「君たち。そうじゃないだろう」
彼、フライトハイトが乱入したことでゲームモードは乱入ありになった。次の瞬間遠方から死軍が地響きとともに押し寄せ、私たちをまとめて飲み込んでいく。
――【千剣万華】。触れるゾンビ全てを片っ端から切って切って切り飛ばす。
死軍をおおよそ跳ね除けたタイミングで、遠くの方でゾンビの群れを指揮していたシャーリーがジミコに射られて崩れ落ちた。はい脱落。
「むきー! 死軍を正面から跳ね返すってどういうことですかー!」
「だからね、そうじゃなくて。僕がここに来たんだよ」
【千剣万華】の技後硬直に【ローリングエッジ】をつなげ、飛んでくる矢を切り捨てながらローリング回避する。すぐに体勢を立て直し、起き上がりを狩りに来た矢を切ろうとして、剣が空振った。
確かに切ったはずの矢は幻と消え、その影からもう一本の矢が現れる。さばききれずに矢に貫かれ、体は大きく吹っ飛んで牧場の草地にごろごろと転がった。
……負けたか。
「単純なフェイント。甘い」
「仰る通りで」
ジミコ先生からの辛辣な一言。このフェイントアロー、ゲーム内には存在しないスキルなんだけどどうやって再現してるんだろう。
立ち上がって次の対戦相手を探す。お、ちょうど暇そうなやつが居たぞ。斬ってみよう。
「そうじゃないだろう!? 君、いい加減にしろよ!」
フライトハイトがマジギレした。
冗談冗談。戦闘中に声かけられたから返事できなかっただけだって。そう怒んないでよ。
とか言い訳しつつ、斬り合う手は休めない。フライトハイトも大鎌で応戦する。
「やあフライトハイト。久しぶりだね」
「ぶち殺すぞクソアマ」
「あ? ヤんのかボケ」
もう戦ってるけど。
仲良く平和的に斬り合いながら、フライトハイトとにこやかに談笑する。
「で、何の用? 用がないなら斬るけど」
「もう斬ってるじゃないか! なんなんだこの野蛮人は! 目と目があったら即バトルを地で行くのはやめろ!」
「甘い甘い。目が合わなくたって即バトル。ここでは剣がものを言うのさ」
「ふっざけんなよ! なんでこの僕がツッコミ役に回されなきゃならないんだ! 適任ってものがあるだろう!」
【ブラッドダンス】を舞うようにかわしながら、【ブレイドダンス】で斬っていく。お互いに有効打は少なく、拮抗した良い試合だ。
「いいか。僕は怒っているんだよ」
首を狙ってきた【クリーブ】に剣を添えて逸らし、もう片方の剣で【エアスラッシュ】を飛ばす。飛ぶ斬撃は綺麗に避けられ、突っ込んできたフライトハイトの【サイス・オブ・デス】を体を伏せて避けた。
「そりゃまたどうして」
「ここ最近最前線でヨミサカたちの姿を見ないと思っていたら、こんなところで油売ってやがって。どうせ君がそそのかしたんだろう」
「その通り! いよっ、私ってば黒幕じゃん! さあかかってこい!」
「少しは反省しろ!」
フライトハイトが放った、極限まで鍛え抜かれた拳の一撃で時空を絶つゼルスト七王技、【絶界】を双の剣で受け止める。そのままでは勢いを殺しきれないから【千剣万華】へと強引につなげ、無数の剣閃で拳を押しとどめた。
少し距離を取って、仕切り直し。
「それでだ。君は一体何をそそのかした?」
「って言うと?」
「僕はこれでもヨミサカのやつを信用しているんだ。あいつだけが、この僕に並ぶ唯一無二の本物だ。そのあいつが攻略を放棄したと言うなら、そこに必ず理由がある」
「…………」
「君だろう。君だけだ。僕らに届き得るのは君しかいない」
フライトハイトは確信を持ってここに来ていた。
今更隠す気も無い。聞きたいっていうのなら聞かせてやる。
「フライトハイト。攻略はどこまで進んだ?」
「質問しているのは僕だ」
「いいから答えて」
「……背面界の探索は未だ7割しか終わっていない。だが、神殿の在り処を見つけた」
「神殿、どっちの?」
「待て。神殿が2つだと何故知っている」
その言い方ってことは、フライトハイトは2つの神殿の場所を既に見つけているようだ。
背面界にある2つの神殿。1つはゼルストの、そしてもう1つはリグリの神殿だ。
「ラストワン。君の知っていることを全て教えろ。君には貸しがあるだろう、これ以上はぐらかすことは認めない」
「しょーがないなぁ。時間稼ぎはここまでみたいだし、良い頃合いでしょ」
首をすくめて剣を収めると、フライトハイトは大鎌を下げた。
隙あり。懐に潜り込んで【雪華散華】。雪のように静かな掌打を3つ重ねて吹っ飛ばす。
よっし、場外。私の勝ち。
*****
大体話した。3度目ともなると説明にも慣れてきた。
フライトハイトの知りたがる情報は隠さず出し、それでいて喋りたくないこと――誰かの死に方とか、そういったものだ――は曖昧にぼかして。私にしては上出来だと思う。
ただ、問題はあった。
「タイムリープ? 二周目? 君は一体何を言っているんだ?」
「何をって、私の見てきたものだけど」
「そんなもの信じるわけがないだろう。よくできた嘘だけど、そんなんで騙そうってのは甘い考えと言わざるをえないね」
「信じる信じないは人それぞれだよねー」
これが正しい反応でしょう。最初から疑っていなかった銀太や、超推理をかましてくれたヨミサカたちのほうがおかしいんだ。
満足の行く反応を得られてうんうんと頷く。こういうのを待ってたんだ。
「ふん……。おいヨミサカ。君はこれを信じたのか?」
「そうだ」
「はっきり見損なったよ。まさかこんな与太話を当てにして攻略を放棄するなんてね。君のことは高く買っていたが、どうやらそれは勘違いだったようだ」
「おい、フライトハイト。自分の信じるものは自分で決めろ。人の考えを探るな」
「それはまさか僕のことを言ってるんじゃないだろうね」
「耳も悪いのか?」
フライトハイトとヨミサカが激しく火花を散らす。あーあー、よそでやってもらえませんかね。
「忌々しい……。まったく、これなら聞かないほうが良かったくらいだ。本当に忌々しい」
「聞いといてよく言うよ」
そりゃ攻略組が次のイベントで全滅したなんて聞けばね。でも、事実は事実だ。
「こんなの信じるしかないじゃないか。馬鹿にするのも大概にしろよ」
「あれ、信じるんだ。かなり意外」
「僕としてはまったくもって信じたくない。だけど、この情報を信じて動くのと信じないで動くのとじゃ雲泥の差だ。ヨミサカが信じて動くと決めた以上、読みを外せば取り返しのつかないロスが生まれる」
「あー、そういう考え」
「結局のところ僕には信じるしか道は無いんだ。ここでヨミサカや君と袂を分かち、【帰宅部】だけで攻略を進める道はない。君はとんでもない詐欺師だよアバズレ。これでとんだ大ぼらだったら、君は全てのプレイヤーを裏切った背徳者だ。どんな手を使ってもくびり殺してやるから覚悟しろよ」
「丸くなったね、フライトハイト」
「はぁ!?」
フライトハイトの言葉にくすくすと笑うと、フライトハイトは心底わけがわからないと目を剥いた。
だって、さぁ。
「前のフライトハイトはもっと独裁的だったよ。その気になればヨミサカパーティや職連の手が無くたって攻略してみせるって豪語してたし」
「……そう考えていた頃もあったね」
「変わったよ。フライトハイトも」
文化祭で協力したことは、どうやらフライトハイトにも影響を残していたようだ。
丸くなったフライトハイトの頭を撫でると、憮然とした顔で明後日の方向を向いていた。
「やめろ。それで、どうするんだ」
「どうするって?」
「決まっているだろう、攻略だよ。まさか僕らに攻略を諦めて一生ここで暮らせなんて言わないだろうね」
「そう言ったらそうしてくれる?」
……それができるんだったら、私だってそうしたい。
きっとそれが一番幸せな結末だ。万が一にも悲劇は起こらず、この世界でずっと生きていられる。
でもそうするわけにはいかないから、私たちは前に進むしかない。
「本気で言っているんだったら君は今すぐ死ぬべきだ。これまで犠牲になった全ての人たちに詫びながらね」
「わかってるよ」
今まで積み重ねてきた脱出するための努力を、簡単に無為にすることはできない。既に犠牲が出ているのならばなおさらだ。
「攻略を進めよう。時間稼ぎはもう終わりだ。実はね、次のイベントを突破するための布石は既に済んでいるんだ。後は祈るだけだよ」
「随分と根回しが良いじゃないか。すぐに攻略に取り掛かれるというなら、僕としては言うことはない」
そりゃ重畳。
ヨミサカも交えて3人で作戦会議を始める。次のイベントボスとその対策について話し合いながら、自分の言葉がふと気になった。
祈るって、何に祈るの?




