9章 1話
穏やかな日々を享受していた。
戦火の炎に身を投じ、剣閃が舞い踊る穏やかな日々を享受していた。
「――【瞬打】、【抜刀術・双つ燕】、からの【桜花双刃】」
「~~~っ! 【フルディフェンス】! 【シールドロード】、【ブラストバッシュ】!」
銀太に肉薄してフルコンボを『アルギスの白盾』に叩き込む。もう少しで防御を崩せる、ってところで【ブラストバッシュ】で強引に距離を離された。くるくるとバックステップして体勢を整えつつナイフを一投、空中で銀太の投げたナイフと衝突して弾かれたのを音で聞き、すぐに次の技を準備する。
銀太は風を掴んでくるくると一点に纏めて凝縮し、私は体勢を低くして突っ込む。
「陸上アレンジ、【かめはめ波】ーっ!」
「――【八ツ首の九頭竜】」
銀太の放った風の波動を、八閃九刃の斬撃で切り飛ばす。中心部を切り裂かれて制御を失った風は、四方八方バラバラに吹き荒れた。
本番はここからだ。銀太は砕け散った風のかけらをひとつひとつかき集め、より大きな奔流へと替えていく。
あの技は何度も見た。見たけれど、見たから余裕で返せるなんてヌルい技じゃない。
「【スフィア・ストリーム】ッ!!」
吹き荒れる風の奔流が竜巻となり、一直線に飛んできた。
回避するのは悪手だ。この風は銀太にとっての追い風、打ち消すか奪い取るかしなければならない。
両手のクリスタルブレードに風を取り込み、天地の構えを取る。体から力を抜きつつ剣にだけは力を通し、意識を加速させて一瞬の時間を引き伸ばす。
【千剣万華】アレンジ――。
「【クリスタル・ストーム】!」
剣速が生み出した風で【スフィア・ストリーム】の矛先を絡め取って、主導権を奪い取る。そのまま叩き返そうと回転して勢いを作ったが、制御力があと一歩足りずに風ははじけ飛んだ。
このままだとバラバラになった風をまた使われる。そうさせる前に距離を詰め、銀太の懐に潜り込んだ。
今度は本式だ、持ってけ。
「【千剣万華】ッ!」
千の剣閃を顕現させ、盾ごと銀太に斬撃を浸透させていく。
積み重ねた斬撃の数は800と50。やがて剣速が衰えたところで剣を止めると、銀太は静かに崩れ落ちた。
勝利。
「だーっ! やっぱ店長つえーよ! 反射神経と精度が尋常じゃねえ!」
「そういう銀太もかなり人間離れしてきたけどね。ゲーム補正の体があるとは言え、手動で風を操るなんて初めてみたよ」
「それでもまだ届かねぇんだけどなぁ……」
まさか水中技を陸上に持ち込むとは……。Myrlaは奥が深い。私が知らないこともまだまだいっぱいだ。
地面に寝転んで空を仰ぐ銀太に手を貸して立たせ、次の一戦へ。
「やるぞ」
既に巨剣を抜いて準備万端のヨミサカに斬りかかる。集中の中で意識を少し動かすと、銀太の次の相手はジミコのようだ。遠くの方ではシャーリーの死軍がおっさんを押しつぶしていた。
私と、銀太と、ヨミサカパーティ。
暇を持て余した戦闘狂共は、日がな一日PvPを繰り広げていた。
*****
「あなたたちは他にやることはないんですか……」
心底呆れたといった風情のリースが、牧場(今は戦場とも呼ぶ)までやってきた。
その声に一瞬気を取られ、集中がほんの少し揺らいだ瞬間おっさんに居合を決められた。その一撃は気合でかわし、追撃を双剣で順番に撃ち落とす。攻撃が緩んだ瞬間に【土竜牙】で土を巻き上げて撹乱を入れ、巻き上がる土ごと【千剣万華】で切り刻んだ。
土埃が収まると、おっさんは【千剣万華】の範囲外に立っていた。どうやら回避したらしいけど、そこは戦域の外だ。転倒戦だから場外で私の勝ち。
「やほ、リースじゃん。元気?」
「元気? じゃないですよ! 攻略はどうしたんですか、攻略は!」
攻略だけがゲームじゃないですよリースさん。
せっかくだからこのゲームを楽しまなくっちゃ! このゲームはこんなにいろんなことができるんだから! 精一杯楽しもうよ!
「PvPが好きなのは知ってましたし、私が口出すことでも無いとは思っていたから黙ってましたけど! 2週間ですよ2週間! 寝て、起きて、切り合って! 一体いつまでやってるんですか!」
「いつまでって……。おっさん、これいつまでやろう?」
「俺に聞くなよ。お前が始めたことだろ」
「んじゃ、いつまでもやろう。PvPは楽しいなぁ」
「そ・う・じゃ・な・く・てっ!」
リースさんはお冠だった。ごめんて。
「あなた達もですよ! 攻略組のヨミサカパーティともあろう方々が、最前線を退いてこんなところで何油売ってるんですか!」
「げっ、こっちに飛び火してきやがったか。おいラストワン、ここは任せるぞ」
「えぇ!? ちょっとおっさん、逃げないでよ!」
抗議する間もなくおっさんの姿は露と消えていた。なんつー逃げ足の速さ……。
仕方ないから我らがギルマス様のお怒りを鎮めることにする。
「まあまあ、落ち着いてよリース。多分、そろそろだと思うから」
「そろそろ……? 一体何を待っているんですか?」
「頃合い」
「ぼかさないでください」
リースは見逃してくれそうになかった。
そしてこそっと、私の耳元で小さく囁く。
「攻略組のトップ集団が攻略を放棄したということで、プレイヤー全体に不満が溜まってきています。職連で抑えるようにはしていますがそろそろ限界です。何か理由があるのなら説明していただけないと、そろそろ……」
「あー。迷惑かけてたのか。ごめん、ありがとう」
謝罪と感謝は述べるが、理由は説明できない。だって私たちがやってることは時間稼ぎそのものなんだから。
決戦の日を少しでも後回しにするための、僅かなあがきだ。その甲斐もあってPvPはいっぱいできた。
「でもね、本当にもうすぐだと思うんだ。多分今日明日にでも来ると思う」
「来るって……、何を待ってるんですか?」
「頃合い」
へらっと笑ってはぐらかす。リースさんや、今日のところはこれくらいで勘弁してよ。
リースの心配しているようにはならないからさ。
「そうだ、リース。これ渡しとくよ」
トレードウィンドウを表示させて、そこに持ち金の大部分を突っ込んだ。
桁の数が多すぎて数える気にもならなかった。多分10Gとか100Gとかそれくらいは余裕で越えている。さすがにもう必要ない。
「ぶっ……。さ、さすがは宝石王、職連総資産のウン割に当たる額を個人で持つって……。いやいやそうじゃなくって、急にどうしたんですか。買収なんてしなくても力になりますよ?」
「ちがうちがう。職連で使ってほしいの。私が持ってても腐るだけだから」
「この桁になると職連でも持て余しますよ!?」
「私も持て余してるから……。任せた。きっと職連ならなんとかしてくれると信じてる」
とにかくリースに押し付ける。私が持っていても意味がない。
「そう言うならわかりました……。これはあなたの資産として運用しますね」
「職連の資産に統合しちゃっていいよ。返せなんて言わないから」
「そうも行きませんよ。というか、私だって小市民なんですからね。なんでこんな財団みたいなことになったのか……」
リースさんは気苦労が絶えないようだ。職連の創始者は大変だなぁ。
今や職連は全プレイヤーの生活基盤に染み通り、圧倒的な経済力で権力すら持ち始めている。このまま長い時が立てば職連はやがて国家になるかもしれない。そうなればリースは初代王様になるのかな。
そうなる前にプレイヤーの脱出が果たされるんだろうけど、王となったリースもそれはそれで見てみたい気がした。




