2章 2話
クワを地面に埋めたまま放置し、水の入ってないジョウロを地面に傾けながら、種を植えたり掘ったりすること2時間弱。農業熟練度がカンストした。
あれだけ効率的に進めた釣り熟練度のカンストですら丸一日かかったと言うのに。それに比べれば農業熟練度のカンストなんて苦労ですらない。もはやチュートリアルの一環だ。
意味のない作業を続けた2時間弱。感慨も徒労感もへったくれもない。あるのはただただ、無感情。
「またつまらぬものをカンストさせてしまった……」
いやもう、本当につまらなかったわ。なんだよ種を植えたり掘ったりするだけって。どういう拷問だよ気が狂うわ。
「お嬢ちゃん、もういいのかい?」
「……その声は」
急に話しかけられた。農家の格好をした老人で、表示を見るにNPCのようだ。
「さっきからずっとそこでこう……なんというか……、奇行をしておったじゃろう? 大丈夫かの? 病院、行っとくかの?」
「余計なお世話だよ。っていうかじいさん、なんでここに居るの? 釣りNPCじゃないの?」
「実はワシ、農業の名人でもあるのじゃ」
ああ、うん、そうですか。ジジイは暇だな。
「ここで会ったのも何かの縁じゃ。どれ、ワシが種の植え方から教えてあげよう」
ぴこんとSEがなって、クエストウィンドウが表示される。
『農業名人の指導・その1』を受注しますか? Yes/No
なんですか種の植え方を教えるって。これ事案なんじゃないですか。そこんとこどうなんですか。
今回は迷わずNoをタッチする。
「遠慮しとくよ。釣りと違って農業くらいは大丈夫だから」
「ほほう。さすがに農業のやり方は知っておったか。いらん世話を焼いたようだな」
「いんや、知らないけど。ばーって種植えて、ずばーって水やって、どばーって肥料使えばいいんでしょ?」
「…………」
ぴこんとSEがなって、クエストウィンドウがもう一度表示された。
『農業名人の指導・その1』を受注しましょうね? Yes/No
Noをタッチする。間髪いれずもう一度同じクエストウィンドウが表示された。
「だから大丈夫だって、多分」
「いーや、絶対やばい! ワシわかるもん! このまま放っとくとロクなことが起こらないって分かっちゃうんだもん!」
「信じろジジイ。信じるものは救われる」
「すくわれるのは足じゃ!」
消しても消えないクエストウィンドウを視界の端に追いやり、インベントリから謎の種を1スタック取り出す。
まあ見ときなさいよ。元攻略組の最前線プレイヤーが農業熟練度をカンストさせたんだ。これで失敗するはずが無いでしょうに。
ジョウロに水を汲み、アイテムインベントリを使いやすいよう並べ替える。
「んじゃ、行っくぞー!」
クワを大ぶりに上段に構える。大剣と同じ要領で力を溜めるとクワが黄金色に輝き、全力で叩きつけると着弾点を中心に農地の土が大きく跳ね上がった。
更に叩きつけたクワの柄を踏み、空中へと舞い上がる。舞い上がった空から更に宙を踏んでエアジャンプ。体をくるりと回して地上を向き、高度15メートルの高さから種を等間隔に地表に打ち込む。
素早く得物をジョウロに切り替え、体を横に高速回転。私自身をスプリンクラーとすることで区画一体に水をばらまく。黄金色に輝くジョウロから水が放たれ、黄金回転となった私は更に加速する気がする!
すたっと地上に着地してフィニッシュ。時間にしておよそ4秒、深く耕された農地には種が等間隔に並び、区画一体は十分な水が撒かれた。
「ブラボォウ……! ブラボォォオオオオオオゥウウ!!」
テンションの上がったジジイが涙を流しながら狂ったオモチャのように手を叩く。どうでもいいけどこのジジイ、農地のど真ん中に突っ立ってたせいでずぶ濡れの土まみれだ。汚いから近寄らないで欲しい。
「これが元攻略組の反射神経をフルに使った農業――いや、『農術』だ。農業7000年の歴史の集大成、見たかジジイ!」
「ヒューッ! さすがだぜお嬢ちゃん! これが次世代農法! 第一次産業の夜明けは近い!」
「ま、ふざけるのはこれくらいにして」
「あ、わりとあっさり元のテンションに戻るんじゃな」
まああんなのただの曲芸にすぎないわけでしてね。普通に耕して種植えて水撒いても結果は変わんない。大事なのはここからだ。
インベントリからポーションを取り出す。
「それじゃあお待ちかね、肥料投与の時間です」
「肥料の分量は慎重にな。少なすぎては育たんし、過剰に与えてもかえって根が腐る。作物に対して最適な量を与えることが肝要じゃ」
とかなんとか言ってるじいさんを無視して、ありったけのポーションを農地にじゃぶじゃぶ注いでいく。どれくらいかって言うと、赤いポーションで農地の土が赤に染まるまで。
「…………。お嬢ちゃん、ワシの話聞いておったかの?」
「いいかじいさん。こういうのはフィーリングなんですよ。愛情を山ほど注げば植物は必ず応えてくれる」
「愛情表現を肥料でするでない! 栄養過多すぎてぺんぺん草も生えない地質になっておるぞ!」
「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすといいますか」
「ワシにはケーキの山に溺れさせているように見えるわ!」
まあまあ、大丈夫大丈夫。なんとかなるってきっと。
「さて、これで準備はおしまい。後は8時間もすれば収穫祭ですよ」
「この紅の大地に雑草の一本でも生えていればの……」
「失礼な」
何さ紅の大地って。失礼しちゃうわ。
「そんじゃ、私はそろそろ寝るよ」
「寝るって、ようやく朝日が登ってきた頃じゃぞ」
「昨日から徹夜で作業ゲーしてたからもう眠くて。またね、じいさん」
じいさんに適当に手を振って、市街地区へ歩き出す。朝方になれば寝ていたプレイヤーたちも目覚めるだろう。空きだした宿屋に泊まるつもりだ。
ふぁうとあくびをひとつして、輝く朝日に目を細めた。