8章 14話
前半:銀太視点
後半:ラストワン視点
水中は地獄と化していた。
「店長ー!! やりすぎだー!!!」
叫び声は激しい雷撃音にかき消され、水上に声は届かなかった。
おそらく地上では店長が全力で『雷の小槍』を投下し続けているんだろう。そのおかげで水中は激しい稲光が絶え間なく点滅し、目も耳もまるで用をなさない。
フレンドリーファイアが無いおかげでダメージこそ無いものの……。実際に雷撃に身を焼かれている赤龍はさぞかし辛かろう。地獄の雷の味はどうだ? 俺は遠慮しておくけどな。
インベントリから取り出した『サングラス(防音機能つき)』を装着すると、幾分か楽になった。うし、これで行ける。
「だーかーら」
地上から降り注ぐ雷を嫌ったのか、赤龍は水上を目指そうとしていた。そうはさせるかっつの。
「お前の相手は俺だっつってんだろ!」
『アルギスの白盾』で手前に引き寄せる水流を放つ。赤龍の翼を絡め取り、こっちに飛んできた赤龍をカウンターの形で斬りつけた。
肉薄した状態から【ブレイドダンス】でひたすら切り刻めば、タゲがこっちに移ったのか爪を振るってきた。その爪を盾で受け流してまだ刻む。お互い移動エネルギーがない状態の、火力の乗らないじゃれ合いみたいなもんだ。
だが、時間稼ぎならこちらに分がある。赤龍のタゲが固定されて動きが止まった瞬間、水上から降り注ぐ無数の雷が正確無比に脳天を貫いた。
たまらず逃げ出した赤龍に水流で追いすがり、遅延戦闘をいたずらに続けるだけの簡単なゲームだ。
そうだよ。俺を倒さなきゃお前に活路は無い。かかってこいよ。
赤龍は尻尾で水を叩き、弾丸のように突っ込んでくる。機動を読んで水を蹴って躱しつつ、すれ違いざまに水流を操作して赤龍を壁にぶつけた。
水中戦はつくづく経験だと思う。慣れてないやつって、ヌルいよなぁ。
「【水連斬】」
【アクアスラッシュ】をひたすら連打し、連なる水流で赤龍を壁に縫い付ける。これをされたが最後、自力での脱出はまず不可能だ。経験者の俺が言うんだから間違い無い。
死ぬほどボコボコにされたけど、それでも店長に水中戦習っといて良かった。相手は泳ぎ方も知らない素人だ。おかげで楽に戦える。
壁に縫い付けられ身動きが取れなくなった赤龍を、絶え間ない水流と雷が襲う。赤龍の膨大な体力が溶けるように減っていき、このペースなら数十分もすれば倒せるだろう。
紅炎の赤龍、恐るるに足らず。
『油断しないでよー』
「イエス、マム」
店長からの通信が入った。気を引き締める。油断は良くない。
それが合図だったのか、赤龍は決死の形相で水流に立ち向かう。巨大な龍翼を雄々しく広げ、その体内に秘める膨大な筋肉に物を言わせてゆっくりと、だが力強く動かしはじめた。
この水流の中動くとはさすがだ。水流に逆らって龍翼を羽ばたかせ、俺の生み出した水流を打ち消していく。それだけじゃない。
ひときわ大きく羽ばたくと、激しい水流が大波となってこっちに返ってきた。
「やるじゃねぇか。だが――」
龍翼が起こした水流の範囲は湖全域に広がり、回避はとてもできそうにない。モロに受けようものなら壁に叩きつけられるのは俺の方だ。
だが、それでもカウンターは取れる。カウンターは俺が店長に届きうる唯一の牙だ。そしてお前は、
「店長よりは弱いな」
回転を重ねて水流を作っていく。体の周りに生み出した水流を一点に集中させていき、小さなスフィア状の流れを作った。
螺旋を描く水のスフィアを盾で砕けば、バラバラに拡散した水流のエネルギーが大波にぶつかり、ハンマーのように波を叩き割る。さらに砕け散った大波のエネルギーを剣で丁寧に整え、1つの大きな流れにまとめ上げながら剣先に集中させた。
龍翼が生み出した大波を一点に凝縮して打ち返す。
吹っ飛べ。
「【スフィア・ストリーム】っ!」
剣先から放たれた爆流が赤龍を貫く。赤龍を貫いてなお勢いを失わない水流は、湖の水を巻き込んで高く高く打ち上がっていった。
その水流の向かう先は――、水面。
「あ、やっべ」
赤龍を巻き込んだ爆流は勢いを衰えさせることなく水面めがけてまっすぐに進み、やがて水面を突き破って地上へと打ち上がっていった。
やっべー、やっちまった。やり過ぎちった。
まぁでも、店長ならなんとかなるだろ。
*****
ふんふんふふんと鼻歌を歌いながらDPSを出していると、水の中が大きく揺れた。
どうも赤龍が力任せに流れを返したらしい。さすがはドラゴン、あの流れに立ち向かうとはスペックが違う。
その頑張りは認めるけれど、私とヨミサカパーティが鍛えた銀太に通用するような技じゃない。あんな力任せなだけの水流、銀太なら寝てても返せる。
手を休めずに水中の様子を見ていると、どうやら【スフィア・ストリーム】で返すらしい。相手の攻撃を一度砕いてから、統制を失った流れを一気にまとめ上げて送り返す技だ。水中カウンタースキルとしては最高峰の1つだろう。
その【スフィア・ストリーム】が、赤龍を巻き込んでこっちに飛んできた。
「おいまじかよ」
ずどぉぉんと水しぶきを上げて赤龍が打ち上がる。まずいまずい、何水上に出してんだ銀太のやつ!
「ちょっとー! 銀太ー!!」
『わり☆』
「わり☆じゃねーよF○CK!!!」
幸いにも赤龍はスタン状態になっていて【龍の威】は発動していなかった。体は動く。ならもう、やるしかない。
無我夢中のまま二本のクリスタルブレードを抜き、水面に上がってなお勢いを失わない【スフィア・ストリーム】に向かって飛び上がった。
まだ完成してないけど、試してみるか……!
「【千剣万華】アレンジ――」
千の剣閃から風の領域を巻き起こし、【スフィア・ストリーム】を絡め取る。風の力で水流の主導権を奪い、水の中に空気を仕込みながら流れをくるりと一回転。水流の向かう先を水面へと転換させる。
「【クリスタル・ストーム】っ!!」
そして、赤龍もろとも水面に向けて叩き込んだ。
空中でくるっと体勢を整え直してから水面を蹴って飛び上がり、陸地に戻る。まったくもう、銀太ったら。手間がかかるんだから。




