8章 13話
視点変更があります。
前半:銀太視点
後半:ラストワン視点
空間を割いて侵入してきた赤龍に、漏れる笑いを隠しきれなかった。
作戦はそりゃ聞いてはいたが、正直なところ上手くいくかは半信半疑だった。だが、まさか本当にやってのけるとは。
「感謝するぜ、店長」
込み上げる笑みもそのままに、現れた紅炎の赤龍を見据える。
嬉しいことだ。コイツと一対一で戦えるこの瞬間を、俺がどれほど待ちわびていたことか。
だが、俺の情熱に赤龍は応えてくれそうにないようだ。突然水の中に放り込まれた赤龍は混乱したまま水面を目指そうとする。
「まあ待てって、ゆっくりしてけよ」
がら空きの赤龍に挨拶代わりの【アクアスラッシュ】を放つ。周りの水流を巻き込んだ斬撃は赤龍の翼を捉え、切り裂くことは叶わずとも赤龍の体勢をたやすく崩した。
どうやら赤龍さんは水中戦に不慣れらしい。店長だったらあれくらいの水流、二倍にして返してくる。
一撃もらってからようやく俺に気がついた赤龍は、強く俺を睨みつけた。だが残念、俺のレベルは50だ。【龍の威】は通じない。
「あー、俺の仕事は足止めってやつでな。お前を水中から出すなって言われてんだよ。つってもトカゲにこんなこと言ってもわかんねぇか」
言葉による対話なんて意味はないけど、こいつに言いたいことは嫌ってほどあった。
でも、言ったって通じやしない。だから全て剣に込めて叩きつける。
「ぶっ殺してやるよ、トカゲ野郎」
『極極鉄』と『アルギスの白盾』を構え、【アクアスラッシュ】を赤龍の顔面にぶっ放す。真正面から喧嘩を売る時は、相手の顔に殺意をぶつけろって店長が言っていた。
顔面に殺意を高めた【アクアスラッシュ】がかわされるのは予測の内。水流に乗って移動エネルギーを得つつ接近し、加速の勢いのまま赤龍の目玉を貫いた。
手応えは良い。が、視界を奪うには至らなかった。ダメージこそ入ったものの一撃で目玉を持っていけるほど柔な相手じゃない。
「相変わらずかってぇな、お前はよ」
減った体力は赤龍の体力の1000分の1にも満たないくらい。少ないと言うなかれ、レイドボス相手に一撃でこれだけ削れるなら上出来だ。ひとえに『極極鉄』の力と言える。
俺を完全に敵とみなした赤龍は、お返しとばかりに首をもたげた。あのモーションは見覚えがある、ブレスだ。
しかしそれは悪手だ。お前さんは自分からミスを犯した。地獄の苦しみを味わってもらおう。
がふっと気の抜けた音がして、赤龍が激しくむせる。そりゃそうだ。俺も経験者だからな、同情するよ。
「水中で息を吸おうとしたらそうなるだろ」
――ヤツの最大の武器は炎と翼。そのどちらも、空気さえ奪えば封じられる。
店長はそう言っていたが、見事にその通りになっていた。ここにいるのは翼をもがれ、炎を失ったでかいトカゲだ。
おまけにでかすぎる翼が水中ではとてつもなく邪魔になっている。あれじゃあろくに動くこともままならないだろう。
ここでは龍より人のほうが強い。だからってよ、頼むぜドラゴン。
「逃げるなよ。お前の相手はこの俺だ」
真正面から殺気を叩きつけた。店長ほどの悍ましい殺気は放てないが、俺の殺気でも龍のプライドを刺激するには十分だ。
……というか、店長の殺気は桁違いすぎてヤバイ。本気の店長は人として完全に狂っているとしか思えないほど凄まじい。敵を断ち切ること以外の一切を思考の外に起き、その姿はまるで一本の冷えたナイフ――と例えるには、あれは危険すぎる。妖刀村正と呼ぶのが正しいだろう。
普段は色々抱えすぎなことさえ除けば、クールに見えて表情豊かなただの女の子だってのに。一体何を見てきたらあんな殺気が放てるようになるんだろうか。
っと、集中集中。
赤龍の大ぶりな爪攻撃を『極極鉄』で絡ませて回転、踏ん張りが効かないから刃を滑らせて技だけで撫でるように斬る。その動きを弾みにして回転する水流を生み出し、水の壁で尻尾攻撃を和らげた。
どうした赤龍、攻撃が軽いぜ。移動エネルギーを乗せない攻撃なんて速度も火力も無い。カウンターのいい的だ。
水中戦の戦い方を教えてやるよ。なぁに、礼はいらねぇ。勝手にもらっていくからな。
「第二走者、銀太。推して参る」
*****
無事に赤龍のタゲは銀太に固定されたようだ。よしよし、作戦通り。
今回の作戦は銀太一人で赤龍の攻撃すべてをいなすことが肝になっている。犠牲を最小限にしてヤツを討伐するためにたどり着いた答えがそれだった。
死ぬのは一人だけでいいっていう意味じゃない。中途半端な連携ならいっそ無い方が戦いやすい。仲間なんて最初から要らなかったんだ。
加えて言うなら銀太のクラスはフォートレス。全クラス中最高の硬さを誇るフォートレスは、熟練のプレイヤーが使えば決して落ちない堅牢な要塞となる。銀太のプレイヤースキルなら、赤龍と一対一でも敵の炎と翼さえ封じれば十分戦えると判断した。
「じゃ、私も私の仕事をするかな」
念のため体の動きを確認しておく。【龍の威】は紅炎の赤龍が認識している相手にしか発動しない。地上にいる私は水中の赤龍の認識から外れているようだ。
動作に支障はなし。オーケー。
さて、この作戦にはひとつ大きな欠点がある。言うまでもないことだけど、このままだと攻め手が薄いせいで負けることも無いけれど勝つこともできない。
だからメインのダメージソースは、地上からの火力支援で補うことにした。
「よーく狙って……」
水中で暴れる大きな影、赤龍の頭をに狙いをつける。どうせ狙うならヘッドショットだ。
まずは第一投、景気づけの一閃だ。持ってけ。
「『雷の小槍』っ!」
水面に向かって放たれた『雷の小槍』は赤龍の脳天を正確に貫くと、トパーズに封じられた雷が湖を駆け巡る。逃げ場の無い水中で食らう雷はさぞ効くだろう。
続いて第二投、第三投と休みなく投射を続けていく。一応弱点である頭を狙ってはいるが、狙いきれない時は素直に胴体に当てまくる。意識するのは必殺の一撃よりもDPSの高さだ。
フィールドボス戦に火力はとても重要だ。DPSの高さと戦闘時間は反比例し、火力が高いほど事故のリスクは下がっていく。万が一をなくすためには耐久力を上げるより火力を上げたほうが良いっていうシーンは決して少なくない。
というかぶっちゃけ、MMOなんて火力積んどけば大体いける。耐久力は腐るシーンがあっても火力が腐るシーンはまず無い。
高価な工芸アイテムを湯水のように放出しただけあって、ダメージエフェクトが凄まじい勢いで積まれていく。DPSを金で買うスタイルも板についてきたかもしれない。
……これ、間違いなく一周目の時の私の十数倍は火力叩き出してるよね。最高DPSを追い求めて駆け巡っていたあの頃の努力はなんだったのかと思うと、ちょっと切ない。
「いやでも、十秒で数m単位のゴールドが溶ける攻撃なんてレギュレーション違反だし……」
言い訳をしてみるけれど、どことなく寒かった。
どんな代償があったとしてもDPSが正義だ。レギュレーションなんて無いんですよ。それに金も力の内なんだから。
昔の自分にごめんして、『雷の小槍』を投げ続けた。




