8章 12話
世界を放浪する大型フィールドボスとは言え、行動パターンはある程度決まっている。
日中は様々なフィールド、主に低レベル帯のMAPをうろうろと飛び回っているが、やつは夕方になると必ず寝床に帰ってくる。
烈火山洞窟・火口、火竜の寝床。そこに私は一人でいた。
(ヒリヒリするな)
主に熱波が。
一応私も最低限の火属性防御は積んであるけど、だからって暑いもんは暑い。一定時間耐火バフを得られる『クーラーのみもの』をくっと煽ると、口の中に広がる清涼感がひんやりと心地よかった。
火属性防御に物を言わせて溶岩でちゃぷちゃぷと水遊びする。素肌に絡みつく焼けた溶岩が温かくて、まるで足湯にでも浸かっているかのような心地よさだ。今度アトリエに温泉でも作ろうかなぁ。
そんなことで時間を潰しながら赤竜を待つ。そして溶岩の脈動を見飽きたころ、ヤツが現れた。
身を貫く暴力的な威圧に晒され、空を見上げれば火口から舞い降りる赤龍と目が合う。
「よっ。殺しに来たよ」
フレンドリーに笑いかける。挨拶は大事だ。
どうやらお気に召さなかったようで、赤龍は砂埃を巻き上げながら火口に着地した。そしてその視線に貫かれると、私の体はピクリとも動かなくなった。
【龍の威】が発動し、レベル差により強引に私の体が縛り付けられる。こうなったが最後、赤龍が去るまで私はもう指一本動かせない。
そう、少なくとも私は。
「サモン、久々の『ヘラクレス』っ!」
ヘラクレスオオカブトムシMarkⅡです。
以前のバージョンは耐久力に難があったが、新素材の『ヒヒイロカネ』を使ったことで性能は大幅に向上した。より固く、より軽く、そして何よりお高くなった。これ一機で最前線プレイヤーの装備一式買ってもお釣りが来るくらいの値段はする。
がしゃーんがしょーんと『ヘラクレス』と合体。メタリックな六脚が私の体をしっかり固定し、四枚の翅がびしっと開く。
「飛ぶよっ!」
『ヘラクレス』が火口から舞い上がると、赤龍はぐおおおおおとけたたましく吠え、その龍翼を広げて追ってきた。大空の覇者は弱者が空を舞うことにお怒りらしい。
そうだこっちだ、ついてこい。
夕焼けの空で赤龍とおいかけっこだ。時折吐かれるブレスを避けながら凄まじいスピードで空を飛ぶ。
直線的なだけのブレスなんて、いくら攻撃力が高かろうが見なくても避けれる。それに速度では私と『ヘラクレス』のほうがぶっちぎりで速い。どちらかと言うと、距離を離しすぎないよう速度をセーブするほうが苦心していた。
顔に当たる風が冷たくて『ホットのみもの』を取り出したけれど、指一本動かない状態で蓋が開けられず渋々インベントリに戻す。予め飲んどけば良かったと今更後悔した。
「にしても寒いな……。ねえ『ヘラクレス』、あのブレス当たったらちょっとは温かくなんないかな」
『ヘラクレス』は(マジやめとけって死ぬぞお前)って顔をした。冗談だよ。いくら火耐性積んでもあのブレスを耐えるのは無理。無理なもんは無理だ。
MAPをいくつもまたぎながら、赤龍を先導して空を飛んでいく。目的地まであと少し、短い空の旅もそろそろ終わりだ。
その時、『ヘラクレス』からぷすんと音がした。
「……? 『ヘラクレス』? どったの?」
『ヘラクレス』からぷすんぷすんと音がするたび、少しずつ速度と高度が下がっていく。鑑定ウィンドウで調べてみると、どうやら燃料切れのようだ。
『ヘラクレス』の動力源は『エメラルド』だ。こんなこともあろうかと、予備の『エメラルド』はたくさん用意してある。インベントリから『エメラルド』を取り出して……、ええと。
「やっべ、指一本動かせないんだった」
空中給油できない。やべぇどうするこれ。
「ちょっと『ヘラクレス』! スピードを上げて【龍の威】の範囲外まで出れない!?」
(いや今更言われたってきついっすよ)
「――っ。じゃあ『エメラルド』落とすから、なんとか自力で給油して!」
(あっしの給油口背中っすよ。どうしろって言うんすか)
「あーもーポンコツ!」
そうこうしているうちも速度が下がってくる。性能が上がった分燃費が悪くなったのは、今後の課題かなぁ。
うーん。どうすっかなこれ。
「あーあー、こちら第一走者ラストワン。銀太、聞こえる?」
『聞こえてるぜ。どうかしたか?』
「それがさー、途中で『ヘラクレス』の燃料が切れちゃって。もうこれ以上飛べそうにないんだけど」
『はぁ!?』
ついに燃料が切れたのか『ヘラクレス』から動力音が途切れる。やべぇこれ落ちるって思った瞬間、北方――真後ろだ――から追い風が吹いてきた。
ナイス神風。『ヘラクレス』に翅をめいいっぱい広げるよう指示をして、風を捉えた。速度こそ下がったが滑空はできそうだ。
「解決した。じゃ、またあとで」
『お、おう……?』
天空神カームコールに感謝だ。味方になるつもりは無いとか言っておきながらなんだかんだで手助けしてくれる。やっぱあのおじいちゃん優しくて甘いから好きだ。
ふんふんと鼻歌を歌って風に乗り、後ろから放たれたブレスが巻き起こす風で加速しながら矢のように飛んでいく。そうさ、動力なんて無くたって、夢と希望で人は飛べるんだ。
短い旅ももう終わり目的地はもう目の前にある。開けた砂漠に設置された、大きな円環が見えてきた。
あれこそが、私と赤龍の目的地。苦労して作った今週のビックリドッキリメカ。
テレポーテーション装置だ。
*****
テレポーテーション装置を抜けた先は水の中だった。
空中から水中へと突然切り替わり、感覚が混乱するのもつかの間。すぐさま状況を確認して頭を切り替える。
「銀太っ! 連れてきたよ! もう来る!」
「おう、後は任せとけっ!」
銀太にバトンタッチしてすぐさま水面を目指す。全力で水を蹴って水面まで飛び上がると、あたりはすっかり夜だった。
ここは14レベルMAP月の湖。普段は鏡面のように凪いだ水面が月明かりを映し出す静かな湖なんだけど、今夜はちょっと騒がしくさせてもらおう。
湖底に設置した転移石が赤く光り、巨大な龍が転送されてくる。
「ようこそ赤龍。ここは月の底、太陽が堕ちるにはいい場所でしょう?」




