8章 11話
何もかも喋った。
というか、喋らされた。言いづらかったことも、言いたくなかったことも、全部全部。
「あー! もーやだー! お前らなんかだいっきらいだー!」
銀太の胸に突っ込んで、腹パンを決めながら泣きつく。
なーんーでー喋らせんだよー! みんながどうやって死んだかとか聞くなよー! 思い出したくないって言ってんじゃないかばかー!
かつて死んだ人に対して「お前はこうやって死んだんだ」なんて言うのは死者への冒涜だよ! あの時の悲しみはどうなんだよ! 時が巻き戻っても無かったことになんてさせないって決めたんだよ私は!
私に対する気遣いが足りない。こんなのタイムリーパーハラスメントだ。
「にわかには信じがたいな。ラストワンが二周目だというのは想定の範囲内だが、まさか攻略に失敗していたとは」
「……私たちが、全滅」
「嘘です……。そんなのあり得ないですよ!」
「攻略組は最強だ……。だが、一方で恐ろしいほど辻褄があっている」
私が泣きつく一方で、ヨミサカたちは顔を蒼白にしていた。見れば銀太も顔色が悪い。
以前銀太に話した時はだいぶぼかしていたからなぁ。少なくとも誰それの死因だとか、どうやって全滅したかなんて話は絶対にしなかった。
……っていうか、私が二周目なことが想定の範囲内ってすげぇ。どういうファンタジーな想定してたんだろう。
おっさんがヨミサカに問う。
「どうする、リーダー」
「決まっているだろう。攻略は延期だ、対策を練るぞ」
「どこに行けば良いかを聞いておいてか? 今すぐイベントを起こすこともできるぞ」
「都合のいいことだけを信じるのは目を曇らせる。その情報を信じるのなら、同じく攻略組が全滅したということも信じなければならない」
「そうか。俺も賛成だ。ここは安全策を取るべき局面だろう。シャーリーとジミコもそれでいいな」
ヨミサカパーティは安全策を取るらしい。攻略を延期してくれるのは私としても非常に助かる。なんたって赤龍対策に時間を取られて、ここ最近まるで時間が足りてないんだ。攻略速度に間に合わなさそうな予感はひしひしと感じていた。
ヨミサカがちらとこっちに視線をくれる。
「ラストワン」
「……何さ。もう何聞かれたってなんも喋んないからね」
「お前のプランを聞きたい。我々は協力するべきだ」
「ありがたい申し出だけど、断るよ」
「なぜだ」
「断ったほうが良いから。それが私のプラン」
次のイベントの対策は、ゲームが始まった直後からずっと用意してきた。今更ヨミサカたちを巻き込むなんてそもそも不可能だ。
そしてそれ以上に、これはたった一人で生き残ってしまった私がつけなきゃいけないケジメでもある。
「それに今の私たちはそっちまで手が回んないよ。目先のことで精一杯」
「目先とはなんだ? 今は何をやっている?」
「赤龍落とすの」
「……おい」
ヨミサカが詰め寄ってくるから銀太の後ろに隠れる。何だよもうやめてよもう。
「なんでそんな面白そうなことを黙っていた」
「私連絡したよ! 赤龍倒すから手伝ってって!」
「聞いてないぞ」
「だってヨミサカ話する前に通話切ったじゃん! 私悪くないよ!」
「そんなことあったか?」
「あったよ!」
もう、ほんとこいつは……! 自分の興味あること以外まるで興味ないんだから……!
「そうか。なら今から一枚噛ませろ」
「~~~っ! 今更遅いわばかー! 嫌い! 大っ嫌い! 帰って! 帰ってよ!」
「まあそう言うな。悪かった、謝ろう」
そう言ってヨミサカは頭を下げた。
この人が謝るところなんて初めて見るから、思わず面食らう。
「まぁ、その……。謝るってなら、別に許してあげなくもないけど……」
「そうか。で、具体的に何するんだ。ほら言えそら言え早く言え」
「反省してるの?」
「何をだ?」
蹴っ飛ばして海の中に叩き込んだ。地獄に落ちろ。
「言っとくけど! 今更計画変更なんてしないからね! 赤龍は当初の予定通り私と銀太で倒すから!」
「えっちょっ、店長マジか!? あいつに二人で挑むとか初めて聞いたぞ!?」
「銀太には前アトリエで説明したよね!?」
「なんか言ってた気もするけど、すまん。難しかったから聞き流してた」
銀太も蹴っ飛ばして海の中に叩き込む。お前も地獄に落ちろ。
「あんたら二人はそこで水中戦の練習! 当分陸に上がってくんな!」
「お、水中戦か? 面白そうじゃねぇか、混ぜろよ」
「……私も、やりたい」
「はいはいはい! シャーリーも! シャーリーも水中戦やりたいです!」
「一生殴り合ってろ! 二度と顔見せんなばかやろー!」
もうこいつらのことなんか知らない。人の苦労なんてまるで知らないで好き勝手やりやがって……!
水中戦の練習はこいつらに任せて一人でラインフォートレスに帰った。やらなきゃいけないことが山ほどあるんだよ、お前らなんかにかまってられるかってんだい。
*****
クサつく気分のまま生産ドームに戻ってきた。もう忘れよう。犬に噛まれたみたいなもんだ。
「今日は不機嫌ですね。何かあったんですか」
「銀太と海行ってきたらさー」
色々あったんだよね。
「……痴話喧嘩?」
「なぜそうなる」
「由々しき事態です……」
「由々しいんだ」
リースはとても困った顔をしていた。大変な問題らしい。
「それよりさ、欲しいものがあって来たんだ」
「なんですか今更改まって。あなたは職連最大のスポンサーなんですし、多少のものならいくらでも作りますよ」
「いやー、ちょっと量が量だから。さすがにタダってわけには」
「例の作戦に使うものですか? でしたらなおさら協力させてくださいよ」
「そう言ってくれるなら甘えちゃおうかな」
これが今回の作戦の締めを飾る重要な物だ。入手はなかなか骨が折れるから、できるなら職連の力を使いたい。
いや、職連だけじゃ手が足りないかもしれない。職連経由で中堅層に採集依頼を出してもらえるならそれがベストだ。
「ご注文は何でしょう」
「『粘土』を200スタックほど。この数はあくまで最低ラインで、多ければ多いほどよし」
「……城でも建てるんですか?」
「いやいや、そんなもんじゃないよ」
作るのはそんな可愛らしいもんじゃない。
もっと実用的で、殺意に満ちたものだ。
「作るのは……、そうだな。例えるなら、お墓かな」
*****
山にこもって延々『粘土』を掘り続ける日々も終わった。
どれほどの土を掘り返したのかもはや記憶にもない。っていうか思い出したくもない。作業ゲーという名の精神との戦いを制し、人間性がまた1つ下がった。
下山の報告も兼ねて、数日ぶりに彼に通話をかける。
『店長か!? すまん、もうちょっと待ってろ!』
そう叫ぶ銀太の後ろで激しい水流の音がした。水中戦の真っ最中らしい。
アトリエで待つ、とだけ言い残して通話を切る。準備はだいたい終わっているけれど、一応最後の調整をしておこう。
作戦に使う道具を追加で生産しながら待つこと一時間。
「遅い」
「すまん」
一時間も待たされるのはさすがに予想外だった。
「時を忘れるほど楽しんでたようで何よりだよ。銀太くんが水中戦を楽しんでる間に大体の準備は終わらせといたからね。一人で」
「……あれ? 店長ひょっとして怒ってる?」
「言わなきゃわかんない?」
「本当にすみませんでした」
ふん。
「で、そんだけ練習したんだからちょっとは戦えるようになったんだろうね」
「……正直自信は無いな。ヨミサカパーティの誰とやっても負け越した。ジミコさんに至っては勝率が1割も無い有様だよ」
「あいつら相手に勝率っていう言葉が出て来る時点で十分だよ」
ヨミサカパーティ水中戦最強はジミコ。ただでさえプレイヤースキルが高い上に、水中戦だと間合いの関係で弓と剣の立場が逆転する。ぶっちぎりの最強だった。
次点が一応魔法攻撃を使えるシャーリーで、対応力がそこそこある私、巨剣が足を引っ張ってしまうヨミサカ、水中では暗器が役に立たなくなってしまうおっさんと続く。近接勢は水中だとポンコツなのがなんとも悲しい。
「んじゃ、もう一回作戦を説明するよ」
「もう一回? 前に説明したっけか」
「…………」
「あー、そうだったなー! そういや前聞いたことあったなー! でも念のためもう一回聞いておきたいなー!」
「次は無いよ」
「肝に銘じます」
こんのポンコツ……。
こんなんで本当に大丈夫なのかと心配になる。今回の作戦は銀太が要なのに。
「そもそも今回の敵である紅炎の赤龍なんだけど、討伐にあたって気をつけなきゃいけないことは?」
「えーと、まず何よりもブレスだな。溜めこそあるものの広範囲超火力のブレスは避けるのが非常に困難だ。火属性防御が甘いとブレス一発で昇天しかねない」
「よく知ってるね」
「実際食らったからな。いやーはっは、マジ死ぬかと思った」
笑い事じゃねぇっつの。
「それと空飛ばれるのも厄介だったなー。ちょこまか飛び回られると攻撃できないし、空中からの強襲がヤバイ。あれも死ぬかと思ったわ。はっはっは」
「だーかーら! 笑い事じゃない!」
「すまんすまん。死ななかったから大目に見てくれよ」
「まぁ、いいんだけどさぁ……」
最初の頃の銀太はこんなんじゃなかったのに……。一体どうしてこうなったんだ。よっぽど悪い友人ができたんだろう。
「じゃあもう一つ質問。ヤツから炎と翼を取り上げれば、後は何が残る?」
「何って……、飛ばないし火も吐かないんだったらただのでっかいトカゲだろ?」
「正解」
大型フィールドボスに真正面から挑んだって勝てない。そんなの当たり前だ。
だからヤツを、私たちの土俵まで引きずり落とす。
「作戦名は『太陽の墓場』。ヤツを墓場に引きずり込むよ」




