8章 8話
水着回と言ったな。あれは嘘だ。
海は広大だった。
「本当に来ちまったよ……」
「いーじゃんいーじゃん、海だよ海。めっちゃ広いよ」
「そういう問題じゃない」
14レベルMAPサンライトビーチ。白い砂浜がどこまでも続き、おひさまさんさん降り注ぐ海辺のMAPだ。
そこに私たちはフル装備で来ていた。私はもちろんアーマードレス。『反セノビック錠』を飲んで、おいっちにと準備体操なんかもやってみる。
「……なあ、普通こういうのって水着じゃないのか?」
「水着なんて防御力のない装備してたら、下手すると私死ぬよ? ここ敵いるし」
「そりゃそうだけどよー」
私に向かってハサミを振り上げて突っ込んできたカニ(80cmほど)を銀太のほうに蹴っ飛ばすと、カニは『極極鉄』の一撃で叩き潰された。ナイスキル。
「遊びに来たんじゃないんだから。そういうのはまた今度ね」
「また今度ならいいんだな?」
「そっちに食いつくんかい」
銀太の琴線が謎である。長い付き合いになってきてるとは思うんだけど、銀太は時々よーわからん。
「で、何しに来たんだよ」
「泳ぎに」
「それは遊びじゃないのか……?」
海の中に飛び込む。サンライトビーチの海はラインフォートレスの海より透明度が高く、なおかつ小さめの魚しかいない。泳ぐだけならラインフォートレスでもできるんだけど、あっちはイッカクとかせーちゃんとかがちょっかいかけてくるからやり辛いんだ。
ちょいちょいと銀太を手招きしてみるけれど、銀太は渋い顔をしていた。
「どったの?」
「……いや俺さ、泳げないんだよね」
「まじかよ」
そっかそっかー、銀太くん泳げないんだー。知ってたけど。
釣り竿をひゅんと投げて、銀太の襟に引っ掛ける。みょいんと引っ張って銀太を海の中に引きずり込んだ。
ようこそ海へ。歓迎しよう。
「ちょちょちょちょまったまったまった! 泳げないっつってんだろ! 溺れる! 溺れる!」
「仮想現実でどうやって溺れるのさ。ほれ、まず力抜いてみ」
「いやいや無理無理無理無理」
バーチャルの海で銀太はばたばたと暴れだした。なーにやってんだ、もう。この体だと呼吸の必要すらないのになんで溺れられるんだ。
銀太の肩をぽんぽんと叩いて、
「【発止時空】」
全身の関節の動きを強引に止めた。
正確には銀太の動きの起点となる関節すべてにカウンターを打ち込み、行動が始まる寸前にわずかな痛みという情報を送ることで反射的に行動を止めさせた。【発止時空】の手動再現は奥義スキルの中でも難易度がぶち抜けて高く、私も実戦ではとても使う気にはなれない。
「おわっ、なんだこれ。体が動かん」
「落ち着いた? 落ち着いたら解くけど」
「おう……」
銀太は少し落ち着きを取り戻したのか、深呼吸をしようとする。あ、それやっちゃあかんやつ。
「んぐっ! げほっがほっごほっ」
「深呼吸しないの。呼吸する必要が無いってだけで、実際に海の中で呼吸したら喉まで水が入ってくるよ。さすがに体内にまでは入らないけど」
「先言ってくれよ……」
普通考えればわかるでしょうに。
何はともあれコツを掴んできたのか、銀太は水中での無呼吸運動を会得したようだ。
とりあえず落ち着いたみたいだから【発止時空】を解く。この技、延々カウンターを返し続けなきゃいけないから疲れるんだよなぁ。
「んじゃ、動いてみよっか。泳ぎっていうより移動を意識してみて」
「いやでも鎧だぜ? どうやって泳ぐんだよ」
「んーと、なんていうんだろ。体が重いから、その分強く水を蹴る感じ?」
【煉獄轟蹴脚】の要領で水を蹴っ飛ばすと、現実には不可能な勢いで体が飛んでいく。推力が水の抵抗で殺されてきたタイミングで、くるっと体を回して水に着地(?)。
「こんな感じ。やってみ」
「……なんつーか、リアルに見えて物理法則が常識の外にあるな」
「ゲームだもん。現実と混同しない」
コツは体が水に当たる面積を使って、速度を調整することですよ。
銀太は水の蹴り方にはわりとすぐに慣れていた。格闘スキル練習しとけば体捌きはもちろん、水中機動にも通じる。前線剣士なら格闘スキルは必修なんだし、これくらいはやってもらわなきゃ困る。
「なんつーんだろ、エビになった気分だ」
「体をくの字にして吹っ飛んでくの、見てて面白い」
「店長の棒立ち状態で真上に飛ぶのもなかなかキモいぞ」
キモい言うな。これが一番速度出るんだもん。
水中でびゅんびゅん飛び回ること数十分、泳ぎ方はもう十分だろう。
「んじゃ銀太、やろっか」
「やるって何をだ?」
「水中戦」
「唐突だな」
剣を抜く。右手にショートソード、左手の剣は壊れちゃったから無しだ。それにどうしても剣速が出なくなる水中だと、二刀流最大のメリットである手数によるDPSが重ねられなくなる。それなら左手を開けておいたほうが対応力がある。
銀太は右手に『極極鉄』と、左手に『アルギスの白盾』のいつものスタイルだ。相変わらず良い盾使ってるけど、水中戦での盾は機動力を殺すぞ。
「ルールはどうすんだ?」
「転倒戦……は、水中だと意味無いか。一撃決着だと飛び道具ゲーになるしなぁ。決戦はどう?」
「決戦ってなんだ?」
「柔道みたいな」
攻撃の一発一発に点数が入り、クリティカルヒットが決まれば一撃で終了という形式。しっかりやるなら審判が必要なんだけど、その辺は適当だ。
このゲームにPvP要素があれば話は簡単なんだけど……。最近のゲーム、ちょっとでもPvPを匂わせると売れないからなぁ。その辺はしょうがないところだし、ユーザーサイドで工夫すればなんとでもできるだけの話だ。
「まあ、適当に打ち合おう。目的は水中戦がしたいだけなんだから、勝敗は二の次ってことで」
「っていうか、なんでまた急に水中戦なんだよ」
「いーじゃんいーじゃん」
合図をして、戦闘をはじめる。戦闘開始と同時に剣を中段に構え、右足でバランスを取りつつ左足で水を蹴って横に回転する。
地面を踏みしめられない水中では、力を入れるために回転の動きが基礎となってくる。体の推力を格闘スキルで作りつつ、そのエネルギーを剣にまで伝えるのが戦法の基礎になる。
そして水中だからこそ、できる技もある。一回転したエネルギーをそのままに剣に伝え、音速の斬撃スキル【エアスラッシュ】の要領で水の流れを切り裂く。
水中剣術スキル――。
「【アクアスラッシュ】っ!」
水中で放たれた斬撃が真空を作り、周りの水が真空に流れ込んで水の流れを生み出す。
一度生まれた水流が周りの水を巻き込み、やがて激しい流水となって銀太へと向かっていった。
「うおっ……! 【稲妻蹴】!」
銀太は生み出された水流をとっさに蹴り飛ばし、【アクアスラッシュ】の圏内から離脱する。いい反応してる。
「なんだよその技! 中速で長射程広範囲剣術スキルとか反則だろ!」
「おまけに水流はモロに食らうと体の動きを阻害するから、CCスキルでもあるよ。出も早いし水中戦の基礎になる技だから覚えといて損は無い」
「んなデタラメスキルが基礎とか、水中はマジで異次元だな……」
なんのなんの、これくらいまだまだですよ。
とりあえず一番大切な基本スキルは見せたから、ここからはマジだ。
軽く水を蹴って銀太の真下に潜り込み、視線を下に誘導させてから予め【アクアスラッシュ】で作っておいた水流をぶつける。水流に絡め取られて身動きが取れなくなったところで接近し、首を狙って【スラッシュ】を打った。が、間一髪で体制を立て直した銀太の盾に止められた。
くるっと体を回し盾を蹴って離脱。逃げながら水流を生み出して加速するが、銀太もその流れに乗って距離を詰めてきた。ならば、
「【発止】」
水流にカウンターを返して流れを止めて――、さらに。
剣を収めて、その場で天地の構えをしながらくるっと回転。縦に円環する水流を生み出し、水の壁を作った。
銀太は水の壁をぶち抜いてきたが、私に接近した頃には既に推力を失ってしまっている。お互いエネルギーを失ってしまっているのなら、先に回転を始めている私にアドバンテージがある。
回転を重ねて水流とエネルギーを生み出す私に合わせ、銀太も回転する。勝負の瞬間は一瞬だ。
生み出されたエネルギーを両手に集め、先行して打ち出した水流を両手で押し出す。名付けて、
「【かめはめ波】――っ!!」
銀太は水流に流されてどこまでも吹っ飛んでいった。まずは一勝。
しばらくすると、銀太は水流に乗って帰ってきた。
「水中戦! わけわからん!」
「最初はこんなもんだって」
「今までが前後左右だけだったのに加えて上下の概念ができて、なおかつ水流も操りながら戦うとかもう別ゲーだろ! 俺が今まで練習してきた普通の剣術はどうなんだよ!」
「そっちはそっちで使えるよ」
試しにゼルスト七王技【ギガブレイク】の30%再現を水中に向かって打ち込むと、水の中で爆発のような衝撃が生まれる。回転でエネルギーを生み出さなくてもこの火力、エネルギーが乗った状態ならばもっと火力は出るだろう。
「はぁ……。地上でも手も足も出ないのに、水中でも強いとかどんだけ強いんだよ」
「私は一周目のときのアドバンテージがあるから。慣れてるだけだって」
「それにしちゃあ手慣れすぎだ」
「昔とった杵柄と言いますか」
いろんなゲームやってきたからなぁ。水中戦を覚えたのはどのゲームだったっけか。
んー……、思い出せない。まあいいや。
「それよりほら、二戦目行くよ。構えて構えて」
海は楽しいなぁ。




