8章 7話
アトリエに戻ってきたものの、足取りはとても重かった。
成果はまったくもって芳しくない。あの後も思いつく限り戦力を求めてうろついてみたけれど、有効な戦力は得られなかった。
「銀太、そっちはどうだった?」
「あーっと……。すまん店長、色々当たってみたんだけどどこも断られちまった」
「そっちもか……」
なんだかんだで味方してくれると思っていた中堅層カンストプレイヤーたちにも断られたのも誤算と言えば誤算だ。
紅炎の赤龍の脅威を最も間近で感じているのは中堅層だ。なまじ倒すべき敵の強さを知っている分、討伐にはどうしても及び腰になる。こちらの戦力が足りそうにないのならなおさらだ。
誰だって死にたくはない。
「どうする銀太、諦める?」
「嫌だ。ヤツはここで倒す」
「でも、どうやってさ……」
戦力が足りない。
つまるところ、私たちの抱える問題はそれに尽きた。
「現状整理しよう」
紅炎の赤龍対策本部としか書かれていないホワイトボードに黒点を打つ。
「今の戦力が、まず銀太。そして実戦でろくに動けない私と、バックアップに【職連】がついてくれた」
他に何かあったっけ、と思い出そうとして悲しくなった。くっそー、攻略組も中堅層もリグリもカームコールもせーちゃんも嫌いだ。
「あー、実は店長。戦力に数えていいかはわからねぇが、一個変なの拾ったんだ」
「変なのって?」
「これだ」
銀太は一本のロングソードを机の上においた。
それはまるで鉄塊のような剣だった。握りも鍔も無く、ただ刃がついただけの剣とも言えない鉄の棒。その刃だって何年も研いでいないのかボロボロで、下手すればその辺の火かき棒にも劣りそうな武器だ。
だと言うのに、その剣は数多の敵を屠ってきたのだろう。それはこの剣に秘された能力によるものではなく、ひとえに使い手の技量によるものだ。
使い手を選ぶ剣どころの話じゃない。これは、剣を選ばない使い手の剣だ。
「これ……、どこで!?」
「拾った」
「何やってたら拾ったのかって聞いてんの! 絶対アホなことやってたでしょ!」
お見通しかー、と銀太はぽりぽり頬をかく。
そりゃそうだよ。この剣は生半可なことじゃ入手できない。特大の馬鹿をしたアホだけが賜る神剣だ。
「ちょっとデモンストレーションも兼ねてよ、挑んできたんだ」
「挑んだって、何に?」
「紅炎の赤龍。いやー、やっぱつえぇわあいつ。きつかった」
笑い事じゃねぇ。
ソロで大型フィールドボスに挑むとか何考えてやがる。なんというかもう、怒る気にもなれなくてただただ呆れた。
「挑んだはいいんだけど、全然体力減らせなくてよ。どうすっかなって悩んでたら、これが降ってきたんだ。せっかくだから使ってみたらめっちゃ強いんだよこの剣。なんなんだこれ?」
「しかもなんも聞かされてないのか……。説明もないのによくそれ使えたね」
「聞かされてないって、何がだ?」
「あー、うん。色々察した。えっと、まず剣の説明からかな」
『極極鉄』。
この武器の特徴は3つある。まず、馬鹿みたいに攻撃力が高いこと。ゲーム内最高峰の武器と比較しても頭2つは抜けた超火力武器だ。
2つめはアホみたいに作りが雑で、握りにしろ重心にしろ長さにしろ、まるで調整されていないこと。この剣の火力は魅力的だが、今まで良い剣を使っていたプレイヤーほどこの剣は使いこなせない。
そして最大の特徴が、装備中は手動再現を除く一切の武器スキルが使用できなくなること。
「武器スキル使用不可……、マジかよ」
「マジだよ。ってか、使ってて気が付かなかったの?」
「いやだって、最近スキルとか使ってないし。手動再現の練習ばっかしてたから」
「……銀太って、変」
それはともかく。
『極極鉄』がただの剣だったのなら話はこれでおしまいだ。問題は『極極鉄』の本質が、武器ですらないということ。
こんこんと『極極鉄』を叩く。返事はない。どうやら寝ているようだ。
「銀太、ちょっとその剣構えて」
「おう? 何すんだ?」
銀太がまっすぐに構えた剣に、全力で【ソードワールド】の手動再現を叩き込んだ。
ゼルスト七王技が一の技、【ソードワールド】。剣閃の領域を生み出し、"線"でも"面"でもなく"立体"で敵を切り裂く片手剣スキル。
同じく七王技の【千剣万華】と違ってこのスキルはあまり習熟していない。剣閃の領域も半径50cmがせいぜいで、再現度は30%といったところか。
バキィィンと鈍い音が響き、剣が砕け散る。砕け散ったのは『極極鉄』ではない、私のショートソードだ。これ、せっかくリースに作ってもらったのに。お気に入りだったのに……。
尊い犠牲をはらった甲斐もあり、『極極鉄』がビリビリと震える。お目覚めのようだ。
『む……? 人よ、戦か』
「戦かじゃないっての。所有者を選んだんでしょ、説明くらいしなさい」
『何を説明することがある? ただ斬れば良いだけではないか』
「こんな使いづらい得物渡しといてよく言うよ……」
はぁ、もう。相変わらず適当なやつだ。
好きなようにやっているというか、やりたいようにしかやれないというか。一周目の時の所有者だったヨミサカは、よくもまぁこれを使いこなしたもんだ。
……いや、使いこなしてなかったな。というかヨミサカは巨剣と拳銃をメインで使ってたから、『極極鉄』を握ったのは数回しか無かったような。
「紹介するよ銀太。これ、武勇と叡智の神ゼルスト」
「……は? ゼルストって、あの戦神か?」
「そう、そのゼルスト。しかも分体じゃなくて本神」
「本神? それってあの、背面界にあるゼルスト神殿にいるんじゃないのか?」
「こいつだけは特例でね……」
つくづくよくわからん話なんだけども。
「ゼルストの御神体である『極極鉄』は、世界を好き勝手動き回るんだ。で、人の喧嘩に割り込んできてこの珍妙な剣を押し付ける」
『勇者の戦に聖剣を下賜しておるのだ! げに恐ろしき強大な敵に果敢にも立ち向かう勇者に神剣を与え、語り継がれる英雄譚が生まれる! これぞ神話の醍醐味よ!』
「あんたの剣が無くても勝てるっての。こんな世界じゃ100%に近い勝算が無きゃ戦わないよ」
『ほう? ならば銀髪の、お主は龍に勝てる見込みがあったと?』
「あー……、っと。すまん、店長」
「私に謝ってどうする」
まぁ……、生きて帰ってきたならいいんだけどさ。
一人で赤龍戦とか私でもやらな――、いや、やったわ。ヨミサカパーティ主催肝試し大会で、赤龍さんちにピンポンダッシュとかやってたわ。参加メンバーは攻略組のごく一部しか居なかったけど。
「まぁ、なんだっていいじゃねえか。ゼルスト、力貸してくれるんだろ?」
『無論だ。敵は偉大なる紅炎の赤龍、立ち向かうは若き勇者! 貴様が龍を屠る者へと至る者か否か、このゼルストが見届けてくれようぞ!』
「こう言ってるぜ。店長、これ戦力になんねーかな?」
「ああ、うん……。銀太がそれ使うってならいいよ……」
銀太くんはゼルストが気に入ったらしい。波長が合うのかな。もう馬鹿ばっかりだ。
ホワイトボードに銀太(とゼルスト)と付け加えて、再度戦力を整理していく。相も変わらず絶望的な戦力、だけど……。
「銀太、赤龍とどれくらい打ち合えた?」
「結構行けたぜ。つっても、HPはほとんど減らせやしなかったけどな」
ふむ。
考える。なるほどこの戦力で龍を落とせとはなかなか無茶苦茶だ。
考えて考えて、結論が1つだけ出た。
「海行こう海。なんかすごい泳ぎたい気分になってきた」
「おいおい待て待て、赤龍はどうした」
「えー、でもなんか疲れたし。とりあえず泳ごう、泳いでからでも遅くないって」
わーい海だー、何もってこうかなー。
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