8章 6話
リグリの協力が得られなかったのは誤算だった。
直接的な介入はさすがに無理だとしても、間接的な祝福くらい貰えればぐっと楽になったのに。うまくいかないものだ。
(戦力……。足りる、かな……)
職連のバックアップを受けられるのならば、作戦次第では討伐に手が届くだろう。
ただ恐らく、というより十中八九犠牲は出てしまうだろう。犠牲が出ることを見越した攻略なんてしたくない。
せめて後一手、決定的な戦力が手に入れば……。
(ロイヤル・リリー級の決戦兵器があればあるいは……。いや、ああいう兵器は防壁を執拗に狙い続ける王だからこそ通用したんだ。紅炎の赤龍に生半可な兵器を出したって、すぐにぶっ壊されておしまいだ。いやでも、運用次第じゃ――)
そんなことを考えながらふらふらと歩いていたせいか、気がつけば港に来ていた。
港に来たって私たちのロイヤル・リリーは無い。広大な大海原に、小さな船がぽつぽつと浮いているだけだ。
よし、釣るか。
アイテムインベントリから『蒼海龍の釣り竿』を取り出し、ひゅんっとルアーを放り投げる。海釣りは久々だ。
(戦力、戦力、戦力……。半端に人手増やすのは犠牲に繋がりそうだから嫌だしなぁ。リグリの協力も得られなかったし。いっそのことモンスターでもけしかける? 実戦部隊全員に従魔をつけて、従魔を盾にしながら攻略……、いやいやどう考えても無理でしょ)
従魔はプレイヤーとともに育っていく。育てるのにやたらと手間暇がかかり、育ててもあまり戦力にはならない。主に機動力としての運用がメインだ。
熟練すれば騎乗状態で戦ったりもできるけど、騎乗状態は一般に機動力は上がれど火力は落ちる傾向にある。この辺がDPSを追い求める攻略組にウケない要素だったりする。
後は何よりも従魔は入手が難しい。大体の従魔はサブクエストの報酬だ。そして従魔がもらえるサブクエストってのは、どれも一筋縄ではいかない。
(従魔とかじゃなくって、もっとこうフィールドモンスターをぶつけるってのは? いや、【龍の威】はモンスターにも通じるんだった。【龍の威】を無視するレベルのモンスター……。たとえば、そうだな)
考えている間も釣り竿に魚はヒットする。今までにない強い感触に持って行かれそうになる体を押しとどめ、岩場に足をひっかけてタイミングよく竿を引く。
こいつ……、大物だな。真面目にやるか。
力任せにどーんではなく、魚の抵抗が弱まった瞬間を狙ってテンポよく竿を引いて魚にダメージを積んでいく。魚が暴れ始めるタイミングを見計らって、海中に向かって『雷の小槍』を放った。
トパーズに蓄積された雷の力が放たれ、海が大きく跳ねた。魚がスタンしている間に更にダメージを積んでいく。
トパーズはあまり気味だから惜しみなく『雷の小槍』をぶち込んでいくと、海中を無数の雷が駆け巡った。周囲からは焦げ臭い匂いが漂い、ぷかぷかと痙攣した魚が浮いてくる。
環境破壊じゃないですよリグリ様。この魚は、これくらいやらないとこっちが食われかねないんですよ。なのでどうか見逃していただけませんかね。
魚の体力が尽きた瞬間、一気に竿を引き上げた。『蒼海龍の釣り竿』が蒼く輝き、巨大な水柱とともにその魚が姿を表す。
釣り上げた魚は、蒼海の青龍。大海の覇者だ。
(こいつとか、紅炎の赤龍にぶつけてみたらどうだろう。いい勝負してくれるんじゃないかな)
海中から首だけを出す蒼海の青龍に、『フラッシュストレートフルーツ』を放り投げてみた。『フラッシュストレートフルーツ』は無数の牙の中にバリボリと飲まれていった。
『フラッシュストレートフルーツ』が気に入ったのか、蒼海の青龍は目で(もっとくれ)と訴えてきた。かわいいやつめ。
ぽんぽんと『フラッシュストレートフルーツ』を放り投げると、次々に一口で丸呑みしていく。『フラッシュストレートフルーツ』は大量に在庫になってたからちょうどよかった。
2スタックほど餌付けしたところで満足したのか、蒼海の青龍はくぉぉぉとあくびをする。食べるだけ食べたら眠くなったのか、うつらうつらと船を漕いで海中へと沈んでいった。
「ふむ」
自由な奴だ。散々電気ショックを浴びせられたというのに、飯食って眠くなったら帰っていくとはなかなかやりおる。
何はともあれ、使えそうな戦力は見つけた。
「蒼海の青龍VS紅炎の赤龍か。よしよし、セッティングは私がしてやろう。海空頂上決戦と行こうじゃないか」
『悪巧みはそこまでだ、人の子よ』
神格の声が頭に響く。声の主の姿は見えないけれど、あたりにはいつもの威圧感が漂ってきた。
最近は神様とよく会うなぁ。
「この気配、カームコール?」
『いかにも。リグリの愛娘よ、こうして声をかけるのは初めてか』
「いつもはただ水しぶきかけてくるだけだもんね」
『そう言ってくれるな。神と人とが深く関わるのは必ずしも良いことではないのだ』
「忠告痛みいるよ」
ちょっと神様と関わりすぎだよなぁ、私。
ラグアくらいならまだいいんだけど、リグリに気に入られまくってるのが大変まずい。
あの神のせいでアーキリスとは微妙な関係を作らざるを得ないし、それにウルマティアは仇敵だ。たかだか人間が二柱の神を敵に回している現状は、身の振り方一つで破滅をもたらすところまでは来ている。
味方のはずのリグリに破滅させられる予感をひしひしと感じているのが、なんとも言えない切なさ。
「それでカームコール。私としてはあなたを敵に回したくないのだけれども」
『お主も難儀よのう。主の友を無下にはできんか』
「あはは。それだけじゃないってば」
『よいよい。それよりもお主、リグリとの間に何かあったのか?』
「あー。ちょっと怒らせちゃってね」
深海と蒼穹の神カームコールは神々でも屈指の温厚派だ。温厚すぎて何もしてくれないけど、味方につけられるならつけておきたい。
神様とこれ以上関わるのはまずいっちゃまずいんだけど、やっちゃいけないフラグを立てるのはゲーマーの性と言いますか。まぁ、今更でしょ。
『あやつ、珍しく気にしておったぞ。あまり主人を心配させるのは従者としていかがなものかと思うがのう』
「リグリが? 私のことを?」
『このわしにお主のことを頼むくらいにはな』
「……そりゃまた大事件だ」
『わしもそう思う』
さっき散々怒られた身としては、なんか、こう、気恥ずかしい。
あとでもっかい謝る――、じゃなくて、お礼言っとこう。
『しかしお主よ。そうは言っても、わしのせーちゃんに乱暴するのは見過ごせんな』
「せーちゃん?」
『青龍のせーちゃん』
「せーちゃん」
かわいい。
『釣り上げたことはよかろう。せーちゃんも楽しんでおったことだしの。だがその後、お主何を企んでおった?』
「やだなぁカームコール様。怪獣大決戦、見たくありません?」
『少しは悪びれたらどうじゃ』
「げっへっへ。せーちゃんに血の味を教えこんでやるぜい」
『その後に苦労するのは人類だと思うんじゃがのう……』
まぁ、そうなんだよねぇ。
蒼海の青龍VS紅炎の赤龍って言っても、私たちはせーちゃんをコントロールできるわけじゃない。せーちゃんが暴れ狂いだしたらどうしようもないのは確かだ。この作戦は希望的観測に基づいた運ゲーで成り立っている。
『せーちゃんをいじめることはわしが許さぬ。じゃが、他ならぬリグリの頼みでもある。話くらいは聞いてやらんでもないぞ』
「あいあいさー。仕方ない、他の策を考えるよ」
他の策、あればいいんだけどなぁ。
とりあえずカームコールに助力を請うために、今までの経緯を簡単に説明する。
「えとね、ウルマティアがね、ラグアをやってね、リグリが結界張ってね、アーキリスが直してくれるからね、紅炎の赤龍倒さなきゃいけないの」
『なんと。そういうことであったのか』
「通じるんだ」
私の圧縮言語もなかなかやるじゃん。
カームコールはしばらく思案にくれ、うむむと唸っている。
『リグリから話を聞いた時は、戯れに人に手を貸すだけのことだと思ったんだがのう。よもやここまで大事になっているとは』
「大事なの?」
『発端はラグアとウルマティアの争いじゃが、今やわしを含めて5柱の神々が関わっておる。神界を揺るがす大事件と言えるの』
「すごい大事っぽい」
わー、そう言われるとかなり大事件じゃんこれ。ただの結界修復するサブクエストだと思ってた。
『しかしそうなると、わしがお主に手を貸すのは難しくなるの……』
「え、手伝ってくれないの?」
『手を貸したいのはやまやまじゃがの、パワーバランスというものがある。神々の調和を保つために、一方の戦力が過多になることは避けたほうが良い』
「それで人間が滅びても?」
『そこまでは言っておらん。じゃが、よほどの事態でも無い限り手を貸すことは無いの』
「ウルマティアの目的は人間を滅ぼすことでしょ。これはよほどの事態にならないかな」
『もし本当にそうなればの』
うむむ……。味方になってくれない、のかぁ。
ちょっと今のパワーバランスを整理してみよう。
まず、ウルマティアの目的は人間、というより冒険者の全滅だ。これは一周目から見ても間違いないと思う。あいつはNPCには見向きもせず、プレイヤーだけを殺していたし。
そしてその冒険者を殺すにあたってラグアの庇護が邪魔になった。ゆえにウルマティアはラグアに攻撃をしかけた。
リグリは友人であるラグアの側についたが、アーキリスはおそらく静観だろう。あの神はぽこじゃか武器を作るくせに、争いごとには一切の興味を持たない。
ゼルストは……、まったく読めないなぁ。あの馬鹿神、本当に好き勝手やるから。ある意味一番質が悪い。
「そっかぁ。じゃあ、カームコールは味方してくれないんだ」
『そうなるの』
「これでもダメ?」
『言いたいことも言えないこんな世の中』の蓋を開ける。一滴垂らせば周囲一帯ぺんぺん草も生えなくなる猛毒ポーションだ。一瓶海に放り込めば、この海では当分魚は取れなくなるだろう。
お願いカームコール。仲良くしてくれなきゃお友達をぶっ殺すぞ?
『やめておけ。まだ死にたくはなかろ?』
カームコールが諭すように言うと、『言いたいことも言えないこんな世の中』を入れているガラス瓶が青い光に包まれる。光が収まると、毒々しかった薬剤は透き通った色に変わっていた。
飲んでみる。ただの真水のようだ。
「……そっかぁ。どうしてもダメ、かぁ……」
『すまんの。恨まないでおくれ』
せーちゃんはいじめちゃダメで、カームコールは味方してくれない。
結局戦力は手に入らないってことだけが確認できて、紅炎の赤龍戦が不安になるばかりだった。




