2章 1話
あの後滅茶苦茶夜釣りした。
じいさんにちゃんとした釣りの仕方を教えてもらった後は普通に釣れた。イッカクだのカームコールだのわけわかんないのが出てくることは無かった。海は平和だった。
(まぁ、なんだかんだで軍資金は貯まったことだし)
釣った魚を換金して、今の私は小金持ちだ。蒼海龍の釣り竿とかいう想定外はあったけど、予定通りっちゃ予定通り。
現在時刻は朝の6時。そろそろ寝たい気もするけど、その前にやることやっちゃおう。城塞都市ラインフォートレス内部を歩き、裏路地を抜けて辿り着いたのは農場地区。
農場地区はその名の通りだだっ広い農地だ。ラインフォートレス内の人口を支えるため、防壁内に広大な敷地が用意されている。この地区には陽光を遮るような建物は無いが、市街地区との境界線には難民キャンプのようなものが固まっている。おそらく市街地区に住めずに溢れでたものだろう。
この農場地区でプレイヤーは農地を購入し、作物やらなんやらを栽培することができる。今はまだ何も植えられていない茶色い地面が広がってるけど、1ヶ月もすれば好き勝手植えまくるプレイヤーたちの努力により樹海もかくやと言わんばかりの混沌の様を呈することになる。
その農場区画の中に一際大きく平べったい建物が建っている。農業ギルド、通称農協の施設だ。
「こんちはー」
農協に入って受付のお姉さんに挨拶する。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「農地を買いたいんだけど」
「1区画20,000ゴールドになりますが、よろしいでしょうか?」
「いいよ。これってさ、お金出せば区画いっぱい買えたりしない?」
「申し訳ございませんが、お客様お1人あたり1区画までとなっております。その代わり有償となりますが、農地を拡張するサービスがございますよ」
1人1区画までだけど拡張はできる。異次元にでも農地を増やしてるんですかね。すごいぞ農業7000年の歴史。
「んじゃ1区画分買うよ」
「承りました。では、農地をお選びください」
農場地区の全景地図がウィンドウに表示された。地図はさいの目状に区画で切られていて、ここから自分の買いたい区画を選べってことらしい。今ならどこもガラ空きの選び放題だ。
「アクセスが良くて、釣りもしたいからできれば水辺の近くがいいんだけど……」
「でしたらこちらはいかがでしょう」
お姉さんが指し示した場所は、市街地区との境界線にほど近く、湖に面した区画だった。
こんな農業地区のど真ん中に湖て。
「この湖、後で干拓して農地にする予定とかないよね?」
「その湖では豊穣と荒廃の神リグリ様をお祀りしております。干拓などとんでもございませんよ」
「そう。ならいいんだけど」
リグリを祀ってるのかぁ。一周目の時に会ったことはあるけど、個人的にあの神様はどうも苦手だ。ものすっごい人間嫌いだし。
でもリグリは豊穣神でもあるし、ご利益はありそうだ。
「その区画にさせてもらうよ。はい、お金」
「ありがとうございます。では、農地の使用方法を説明させていただきますね」
「あー、パスで。なんとかなるでしょ、多分」
「は、はぁ……。では、何かご不明な点がございましたら職員の方にお問い合わせください」
「ん。ありがとね。ああ後、種とか肥料とかってどこで買える?」
「農業に必要な物でしたら、そちらのカウンターで販売しております」
職員のお姉さんに手を振って販売カウンターの方へ。販売カウンターには兄ちゃんが気だるげに座っていた。
「お兄さんお兄さん、今ってやってる?」
「おうよ。ウチは24時から8時までやってるぜ。何が入用だ?」
「まず農具一式欲しい」
「んじゃこれ持ってけ」
お兄さんが放り投げた農具一式を受け取る。中をざっと確認すると、ジョウロやらクワやらスコップやら斧(?)やらが入っていた。
「え、タダでいいの?」
「本当ならあっちのカウンターで渡すもんだよ。お前、面倒がって説明飛ばしたじゃん」
そう言ってお兄さんが、受付のお姉さんの方を指差す。受付のお姉さんが困り顔で手を振っていた。
そりゃ失礼しました。手を合わせて謝っておく。
「で、欲しいのはそんだけか?」
「あーっと、種だよ種。謎の種ってある?」
「謎の種か……。お前、変なもん欲しがるなぁ」
謎の種。何が生えてくるかわからない種。農業の利点である、『特定の作物を大量生産できる』ことに真っ向から喧嘩を売ったトッポイ種。
「まあいいじゃん。農地一面分ちょうだい」
「農地一面中謎の種植える気かよ。明日にゃお前の畑は博物館になってるぜ」
「博物館で済めばいいけどねー」
お金を渡し、ちょうど1スタック分の謎の種を受け取った。なるほど。農地一面で1スタックか。わかりやすくていい。
「後、一番ランクの高い肥料って何?」
「ランクも何も、肥料つったらコイツしかないぞ」
そう言ってお兄さんは、テーブルの上にポーションを置いた。
「……ポーションだね」
「ああ、ポーションだ」
「飲んだら体力が回復するやつだよね」
「人が飲めばな。植物が飲んだら元気になる」
「ポーションすごい」
「な? スゲェだろ?」
植物にもポーションの効果があるとは知らなかった。農業って奥深い。
「んじゃそのポーション、買えるだけ買いたい」
「買えるだけとは豪勢だな。他のやつの分もあるから、1人あたり2箱までだ。もっと欲しかったらまた明日来い」
お金を払ってポーションを山ほど買う。大量のポーションがアイテムボックスの中に飲み込まれていく様はなかなかに壮観だ。
他のVRMMOの例に習って、Myrlaのポーションにも流通限界がある。一週間もすれば店売りのポーションは枯渇することになるだろう。それまでに準備しとかないと。
「色々ありがとう。それじゃ、またね」
「おう、また来いよ」
「お待ちしております」
受付のお姉さんと販売カウンターの兄ちゃんに手を振って、農協を出る。
さてさて準備は終わった。こっから先は楽しい楽しいスローライフの時間だ。
*****
自分の農地にたどり着いた。まずはばーっと全景を見る。
「土だ」
土だった。以上。
そりゃ農地なんて土しかないもんだ。振り返ればリグリを祀った湖があるけど、それ以外は面白さもへったくれもない。
とりあえずクワを構え、地面に向かって振り下ろしてみる。少しだけ土が耕され、農業熟練度が少し上昇した。
農業も生産スキルだ。例に漏れず熟練度があり、熟練度を上げれば難しい作物も安定して栽培することができるようになる。
農業熟練度を上げる機会は複数ある。土を耕した時、水をまいた時、種を植えた時の3つだ。
さて、ここで1つ問題がある。このゲーム、Myrlaはサービスインしてからまだ日が浅い。そしてオンラインゲームってものは、サービスイン後は大体バグゲーなのが世の常だ。
まずクワをおもむろに振りかぶって土の中に刃の部分を差し込んだ。するとあら不思議、何もしなくても農業熟練度が断続的に上昇していく。
次に水の入っていないジョウロを、何もない農地に向けて傾けてみた。するとあら不思議、水も撒いていないのに農業熟練度が上昇していく。
最後にインベントリから取り出した種を地面に植え、その種を掘り出してはまた植える。するとあら不思議、やればやるほど農業熟練度が上がっていく。
「バグゲー乙」
農業熟練度を成長させる要素が全てに仕様の穴があることに気がついたあるプレイヤーは、こう呟いたという。
テストプレイしろよと。