8章 5話
「まっさか、あの神さえ恐れぬ店長にも倒せない相手がいるとはなぁ……」
アーキリスの神殿をあとにして、とりあえずアトリエまで帰ってきた。
ホワイトボードには「紅炎の赤龍対策本部」とでかでかと書いてはあるものの、正直勝てる算段はまったくない。
「私だって勝てないものは勝てないよ。っていうかそもそも、紅炎の赤龍はレベル50の大型フィールドボスだよ!? 攻略組がガチで挑んで倒すような化物だってば!」
「攻略組か……。手ぇ貸してくれればいいんだけどな」
「それができれば話は早いんだけど……」
これ、言っちゃえばサブクエストだからなぁ。
このクエスト自体は攻略に直接関係していないし、それに今は背面界の探索っていうメインクエストがある。
そりゃまあ、私たちが失敗すればラインフォートレスが壊滅の危機に晒されるんだけど……。それでも攻略組が手を貸してくれるかというと、あまり期待できそうにない。
「一応打診はしてみるけど、まず断られると思う」
「まぁ無理だろうな」
無理でしょうね。
「攻略組は無理でも、中堅プレイヤーを募ってどうにかできないか? 最近は中堅でもカンストプレイヤーがちらほら出てきただろ」
「そんな簡単じゃないってば。カンストは大型フィールドボスに挑めるスタートラインでしかないんだから」
「うーん、確かに中堅層をぶつけるってのは良い案じゃないかもな。攻略組と中堅プレイヤーの間ってなんか、レベルじゃ表せない差があるし。なんつーんだろう、プレイヤースキルとはまた違う、覚悟みたいな?」
「自分が最強じゃなきゃ気がすまない馬鹿と、ゲームは楽しむものっていう人たちの差じゃないかな」
「身も蓋もねぇな」
かくいう私も自分が最強じゃなきゃ気がすまない馬鹿でして。
一周目のときはDPS最強をどこまでも追い求めてた。今は最強どころか最弱に近い生き物だけど、それでも元気に生きてるよ。
銀太はテーブルにぐてーっと頭を沈める。早々に考えることに飽きたらしい。
「それでもさぁ。店長ならなんとかできるんじゃないかなって、思っちまうんだよなぁ」
「そんなこと言われてもなぁー。それに今回、私にできることはほとんど無いし」
深くため息をつく。ある意味これが、私が紅炎の赤龍と戦いたくない最大の理由かもしれない。
「龍種のフィールドボスはみんな【龍の威】っていうパッシブスキルを持ってるのって知ってる?」
「いや、初耳。どんなスキルなんだ?」
「そのまんま、龍の威圧で弱者をひれ伏させるスキル。システム的に言うならレベル差に応じて行動に制限をかけるって感じの」
「うわぁ……。なんだその店長だけを殺すスキルは」
「言い得て妙だねちくしょう。レベル1の私が紅炎の赤龍の前に出ようものなら、指一本動かせなくなるんじゃないかな」
サポートとして動き回れるなら中堅層募ってなんとかできなくもないんだけど、そもそも私は戦場に立つことすらできそうにないし。もうやだドラゴンきらい。
「えーと、つまり? 攻略組は当てに出来ず、店長も実戦に出れない状態で? レベル50の大型フィールドボスを倒せってことか?」
「そゆこと。諦めるって手も一応あるよ」
「ダメだ。赤龍はここで倒す」
オーケー。わかってるさ。
頑張れるだけ頑張ってみようじゃないの。
「とにもかくにも、戦力を集めなきゃ」
少し遠い目をして計画を練る。正直、勝てる気はあんまりしなかった。
*****
とりあえず片っ端から通話を送ってみた。
「やあフライトハイトくん。助けてくださいおねがいします」
「もちろんだともラストワンちゃん。僕は文化祭の時に散々君に貸しを作ったつもりなんだけど、それでも君が頭を垂れて靴を舐めて体を差し出すというのなら、爪の先ほどの援助を惜しむつもりはないよ」
「地獄に落ちろ豚野郎」
「貸しはいずれ返してもらうよ。君にそのつもりが無くともね」
通話を切る。フライハイトが全身をやぶ蚊に刺されてもがき苦しみますように。
まぁ、こうなるのは分かってた。仮にあいつが死ぬほど暇で、頭を垂れて靴を舐めて体を差し出すっていうのなら使ってやらなくもなかっただけだ。
攻略組最大手、【帰宅部】の協力は得られず、と。うーん、一応あっちにも声かけてみるか……。
「へいヨミサカ」
「断る」
「まだ何も言ってない!」
「用はそれだけか? 切るぞ」
というよりも、既に切れていた。
あーもー、私たちの友情はこんなもんだったのかよくっそー。これだから目の前に攻略をぶら下げられた廃人はー。爪の間に木の棘が刺さってしまえ。
じゃあ次の戦力、となると、【職連】かなぁ。
「リースー、たーすーけーてー」
「よしよしどうどう、泣かない泣かない」
生産ドームまで来てみた。リースはあったかい。
「それで、今回は何をやらかすつもりなんですか?」
「ドラゴンスレイヤーになりたいの」
「そうなんですか。言いたいことはそれだけですか?」
ではお覚悟を、とリースはクジラでも叩き切るような長大な曲刀を取り出した。なんだその趣味ウェポンは。
切り捨て御免モードに入ったリースをなだめて、状況を説明する。
「あのね、えとね。アーキリスがね、御神体直すためにね、『龍の心炎』が必要でね、紅炎の赤龍が倒せなくてね、攻略組もダメでね、助けてほしいの」
「難解です」
「難解ですか」
「ええ、とても難解です」
かくかくしかじか。
「なるほど。それで、【職連】の力を借りたいと」
「うん。どうかな」
「私たちはあくまで生産職です。フィールドボス狩りに関してはとても適任とは思えません」
「そっか……。そうだよね」
うーん。文化祭の時に見せた【職連】の組織力は頼りたいところだけど、これはどう考えても職連の専門外だ。こういうことをするために職連は組織されたわけじゃないし、無理に頼むのも悪いかなぁ。
「ですので、私たちは何をすればいいですか?」
「……へ? 受けてくれるの?」
「受けるかどうかはあくまでメンバー個々人が決めることですが、ラインフォートレスの存亡をかけた戦いに協力しない手はありません。私たちの家を守るのは当然のことですよ」
「わぁぁぁあん! リースー! すきー!」
抱きついてみた。あったけぇ、リースちゃんあったけぇよ。
「よしよし、泣かない泣かない。それよりもラストワンさん、他はどこに声をかけてるんですか?」
「ええと、銀太が中堅層でカンストしてるプレイヤーに声をかけてくれてる。プレイヤー戦力としてはこれくらいかな」
「プレイヤー戦力としては?」
「うん。困った時の神頼みってね」
そうとも。リグリとは常日頃から仲良くしてるんだ。普段散々胃薬を飲まされてる分は当てにさせてもらおう。
*****
『それで、この私に殺生の真似事を手伝えと?』
リグリ様は大変お怒りだった。
もう本当すみませんでした。海より深く反省してます。そうですよね、邪神リグリ様に手を貸していただくなんてそんなだ大それたことを考えた私が悪かったのです。
畑の土にダイレクトで正座してもリグリ様のお怒りは静まらず、さっきから私の周りで真っ赤な蔦がわさわさと茂っている。油断するとしれっと首を絞めにくるもんだから、正座したまま蔦を避けるのはなかなか至難の業だった。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……。許してください、どうか、どうかお願いします……」
『いやねぇ、何を謝ってるのかしら? あなたはそんなに悪いことをしたの?』
悪い子にはお仕置きしなきゃねと蠱惑的に笑い、リグリは首筋を指先でなぞった。これ絶対楽しいお仕置きじゃない。ダイレクトに命がお仕置きされるやつだ。
「殺さないで……。お願いします、どうか命だけは……。いやだ、まだ死にたくない、植物ENDはいやだ……!」
『あなた、私をなんだと思ってるの?』
「邪神様」
『アセビが良いって言ってたわね。用意しなさい』
「冗談です! 冗談です! リグリ様は生きとし生けるものすべてを加護する慈愛に満ちた女神様です!」
『わかってるじゃないの』
リグリ様は心の底から嫌そうに、ふんぞり返って睨めつける。
『あのね、私は自然と命を祝福する神よ。生存競争は自然の摂理。私が神であるからこそ、どちらか片方に肩入れするなんてことできるわけないじゃない』
「ごめんなさいごめんなさい。まったくもっておっしゃる通りです」
『謝罪はもういいわ。諦めてアセビになりなさい』
「それは嫌です! なんでもしますから! アセビだけは!」
『なんでもするならアセビに』
「なりません」
蔦がしゅるしゅると絡みついて腕を締め上げる。ちくっと鈍い痛みが走り、HPが減った。
……ころされる。これ、やばい、マジで殺される。
「リグリ様……?」
『死んでお花になりなさい。それがあなたの罰よ』
「っ……」
頭の奥の方でどうやったらリグリを殺せるかと考えだす私がいて、戦闘態勢に入りそうになる体をどうにか抑える。やめとけ私、私一つの命で済むなら安いもんだって何度も言ってるじゃないか。
蔦の侵食はゆっくりと進み、体の半分が締め上げられた。じわじわと削れていくHPがレッドゾーンに近づくにつれて、私の中で闘争心が暴れだす。
落ち着け私、大丈夫だ。このまま死ねばそれでいい。下手に暴れてみろ、ラインフォートレスごと滅ぼされるぞ。ゆっくりと目を閉じるんだ。
……………………。
オーケー。
『何諦めてるのよ』
体を縛り付けていた蔦がゆるりと解けて、体が土の上に投げ出される。締め付けられていた息をげほぉと吐いて、『アムリタ』を一気に煽った。
荒い息をぜぇはぁと整える。
『冗談に決まってるじゃないの。あなたね、諦めるのが早いのよ。おとなしく死を受け入れるなんて命への冒涜よ。仮にも生命の端くれなら最後まであがきなさい』
「……そんなこと言われましても」
『命は尊いものなのよ。どうしてわからないかしら』
「わかってますよ」
死なせたくない人たちのために、時を巻き戻したんだから。
『いいえ、あなたはわかってないわ』
周りに生い茂る赤い蔦が地中へと帰っていく。リグリ自体も大地色の光となって、ふよふよと漂った。
『もっと命を大事にすることね。さもないと、他の誰かに奪われるくらいなら私の手で貰いに行くわよ』
「あはは……。それも冗談ですか?」
『本気よ。次は無いわ』
そう言い残して、リグリは消えていった。
……怒らせてしまった。私ってば、派手に失敗したじゃん。
リグリにはあれだけ気を使ってたのに、やらかしたなぁ。
「あー」
畑の上に寝っ転がる。すごく疲れた。頭も体も胃も痛い。
なにはともあれ。
「死ぬかと思った……」
見上げた空は、ちょっとだけ滲んでいた。




