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Myrla ~VRMMOでやりたいほうだい~  作者: 佐藤悪糖
8章 火力積んどけば大体いける
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8章 1話

 この世界にきてから夢を見なくなった。

 夢を見たことを忘れているわけではない。眠っている間に見たものは、忘れることもあるけど大体は覚えている。

 ただその見たものというのは、黒い画面が延々と流れ続けるだけの動画のようなもので。

 つまるところ、夢の中身がそっくりそのまま無くなってしまったかのような。そんな喪失感。

 いつしか眠るという行為はただ無為に時間を浪費するだけになった。


「――起きてしまった」


 口に出してのそのそと体を起こす。まだ大分寝足りないけど、一度目が覚めるとなかなか寝付けないタイプだ。夢を見なくなってからは特に。

 逃げるようにベッドから這い出て、テラスへ。

 テラスから見える湖を月明かりが照らしていた。寝間着のまま素足を湖にひたすと、水と夜風がひんやりとして気持ちいい。


 あの後、銀太に全てを話した。

 私が二周目であること。一周目で攻略組が壊滅し、私も殺されたこと。よくわかんないけど蘇って巻き戻ったこと。一周目の知識を使ってここまで走ってきたこと。

 銀太はわりとすんなり信じてくれた。信じたというよりは、納得したって感じだったけど。

 その上で銀太はこう言った。「俺の死因はなんだった?」って。


 ――答えられるわけ、ないじゃないか。


 テラスに寝っ転がって月を見上げる。銀太のことを知ったのは二周目だけど、一周目での死因には見当がつく。

 一周目の私たちはラインフォートレス防衛戦に失敗し、更にラグアを奪われた。その結果大結界は消失し、ラインフォートレスからセーフティゾーンが失われてしまった。

 その後私たち攻略組がラグアを取り戻すために背面界を探索していた時、それが起こったと聞く。

 世界を放浪する大型フィールドボス、紅炎の赤龍がラインフォートレスを強襲したのは。


 でも、その未来はもう消えた。私たちは防衛戦に成功したし、大結界はリグリによって維持されている。そのために多少の犠牲(主に私)を支払ったけど、それも些細な問題だ。

 現時点までに生き残っているプレイヤー数も一周目に比べればかなり多い。プレイヤー側に致命的な損失は無く、攻略はこれ以上無いくらいに順調に進んでいる。


「――色々あったけど、ここまでは概ね想定通りかな」


 この後はウルマティアを追撃しに背面界の攻略を進めることになるだろう。そうしてウルマティアを倒した後は――、どうなるんだろ。

 Myrlaの塩パスタより薄いストーリーでも明らかに悪者扱いされてるから、あいつがラスボスだと思うんだけど。あいつ倒してもデスゲーム終わんなかったらどうしよう。その時はその時かな。


 それはそうと、なんだけど。攻略とはまた別にやらなきゃいけないことができたんですよ。

 ウルマティアにラグアを奪われることは未来予知スキル【しってた】で防いだが、その際に御神体に損傷を受けたラグアは力を失ってしまった。

 あのおっぱい姉ちゃん、防衛戦イベントで何がどうしても力を失うんですかね。奪われずに済ませたのも反則じみたやり方によるものだし、大結界が消失してラグアが消えるっていう半強制イベントだったのかもしれない。今回はどっちも防いじゃったけど。


 ともかくラグアの力を取り戻すために、壊れた御神体をアーキリスに修復してもらわなきゃいけない。まずはアーキリスの神殿まで行ってお目通り願い、直してもらった後はリグリの神殿に持って行けばどうにかしてくれるらしい。


「……アーキリス、か」


 あの神様はどちらかと言うと親人間派の神様だけど、ラグアほどベタ甘ゴッドじゃない。金槌と算盤の神だけあって極めてビジネスライクな神様だ。願えば応えてくれるが相応の物を要求される。今となっては比較的味方よりになっているリグリより厳しい神かもしれない。


「変なもん要求されなきゃいいけどなー」


 テラスに寝っ転がって足をちゃぷちゃぷ。そろそろ夜風が寒くなってきたけど、足をするする抜ける水の感触に眠気が戻ってきた。

 このままここで寝るのも風流よと謎の理論を確立させ、うつらうつらと夢心地。


「風邪引くぞ」


 銀太に起こされた。このやろう……。


「風邪なんて引かないし、引いてもポーション飲めば治るでしょ」

「ゲーム脳め」

「ゲーム内でゲーム脳しないでどうすんのさ」

「いいから寝るなら部屋で寝ろ」


 そういう銀太もテラスに座り込み、完全に居座る体勢に入った。銀太は寝ないのかな。

 んーむ、寝るべきか、寝ざるべきか。悩みどころ。悩んでると眠くなる。そうだ、ここで寝よう。


「おやすみ」

「おいおいおい」


 寝ると決めたら寝るんだ。人類よ、私を止められるものなら止めてみろ。

 すやぁする5秒前にタオルケットをかけられる感触がした。銀太さんや、枕も欲しい。



 *****



 あの戦いから一週間。空がいつも通りの青に戻ると、人々は平穏を取り戻した。

 生産ドームには今日も生産職が集っては槌(とかノコギリとか爆弾とかその他もろもろ)を振るい、攻略組は門の先にある背面界の攻略に精を出す。大きな変化と言えば、中堅層は素材採集の方に労力を裂いてくれるようになったことだ。

 職連主導の全プレイヤー協力体制は解除されたものの、戦時に培った連携は今でも時折顔をのぞかせている。中堅層は素材をラインフォートレスに供給し、職連は基金を使ってアイテムを安価で提供する。人々が頻繁にアイテムをやり取りするようになり、職人地区は一周目の時よりも一層賑わいを見せていた。


 このゲーム当初から頭を悩ませていた素材問題。その問題は少しずつだが確かに解決へと向かっていた。


(まさかこんな形で素材問題がどうにかなるとはなぁ。未来を知ってても、未来なんて分かんないや)


 相変わらず『帰還のロザリオ』を安定供給できるのは私だけだけど、ほかの人もちらほらと売り出しているのを見る。職連の基金はロザリオの独占販売を要としているから、このまま放っておけば基金が崩壊するかもしれない。

 この前リースちゃんが「既得権益を守るために弱小産業を弾圧しましょう」とか言い出した時は、金と権力ってものは人を変えるなぁとしみじみ思った。面白そうだから賛成しておいたら、山田さんにリースともども怒られた。ごめんて。

 真面目な話をすると、基金が自然崩壊する頃には生産システムも成熟しているだろう。生産業界全体が自然と値下がりしていけば、基金の役割も終わりだ。


 変わったことといえば、もう1つ。港地区に墓がたった。『ロイヤル・リリー』の墓だ。

 その墓の前で座り込み、日がな一日海を眺める日焼けした海の男。


「部長さん、いつまでやってんの」

「おう、船長か……。悪い、放っておいてくれ」

「『ロイヤル・リリー』のことは残念だったけどさ、また作ればいいじゃん」

「もう、作れねぇよ……。あの時は人手と物資が渦巻いてた。だからあれだけの女を作れたんだ。俺1人じゃ好きな女1人作れねぇ。笑っちまうだろ?」


 好きな女を作るってセリフ、大分気持ち悪いと思った。


「今更生半可な船作ったってどうしてもリリーちゃんと比べちまう。昔の女を忘れられねぇんだったら、リリーちゃんを最後の女にする。それが亡きリリーちゃんへ立てる操だ」

「船に操を立てるって気持ち悪……、こほん。リッパなココロザシだと思うよー」

「わかってくれるか」


 わかんないです。

 とは言っても、『ロイヤル・リリー』に想いがあるのは私も同じだ。


「ねえ部長さん。『ロイヤル・リリー』を蘇らせる気はない?」

「……直すのは無理だぞ。完全にバラバラになって海底に沈んじまった。ボロボロの木片を繋げて、どうやって船にしろってんだよ」

「そうだね。人の手じゃあそこまで砕け散った『ロイヤル・リリー』は直せない。人の手ならね」

「どういう意味だ?」

「金槌と算盤の神、アーキリスに会いに行く」


 生産の権能を司るあの神なら、『ロイヤル・リリー』を蘇らせられるかもしれない。もちろんそれに対する対価は払わなきゃいけないけれど。


「冗談ならよしとけよ。変に期待させんじゃねぇ」

「本気だよ。ちょっと野暮用があってね、これからアーキリスのとこまで――」


 ガッ、と。部長さんに勢いよく肩を掴まれた。

 顔を伏せた部長さんの目元に光る筋が見える。やめてくださいよ部長さん。


「わ、びっくりした」

「……リリーちゃんを、頼む」

「わかったわかった。だから泣かないでよ」

「泣いてねぇ……! これはよ、心の汗だ!」

「きもちわるい」


 部長さんをべりっと引き剥がす。しょんぼりした部長さんは、「娘を思い出した……」と言って墓の前に座り込んでしまった。

 娘さんの反抗期にトラウマでも背負ったのかな。なんかごめん。

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