7章 6話
黒い波は数を減らしながらもいよいよ防壁に近づいてきた。ここからが本番だ。
『続きましてー。バリスタ部と砲撃部による合同作戦を開始します。遠距離武器をお持ちの皆さんは奮ってご参加くださーい』
防壁の上にずらりと並ぶ砲台とバリスタ。それを操作する生産職一同と、弓装備のストームシューターの皆さん。
ストームシューターは弓を主体に戦うクラスだ。ゲーム内最長のレンジと嵐のような攻撃速度が特徴になる。防壁の上から打ち下ろせることもあって有効射程は更に長いだろう。
「弾はいくらでもある! 好きなだけ撃てっ!」
砲撃部の部長が号令を下すと、砲弾の雨が放たれた。
さすがはメイン防衛兵器だけあって、砲弾が一発敵陣に刺さるたびに何体もの敵が消し飛ぶ。防壁の上に所狭しとならんだ砲台は休むこと無く弾を吐き出し、敵の死骸が山と積まれていった。
時折撃ち漏らした敵や飛行能力を持った敵が防壁に近づいてくるものの、バリスタとストームシューターの狙撃を受けてすぐに沈黙していた。
「見ろよあいつら! 防壁に近づく前に消し飛んでいくぜ!」
「いいぞ! 敵をまるで寄せ付けていない!」
戦場には砲声が鳴り響き、敵がみるみる溶けていく。このまま行けば勝てそうな勢いだけど、そう簡単にはいかなかった。
敵陣の中から現れたのは、ボロを纏った骸骨の魔道士たち。遠目に見える彼らは何やら呪文を詠唱し、杖から放たれた雷が防壁を大きくえぐった。
「――っ! 敵も遠距離攻撃持ちが出てきたぞ!」
「お、おい! あいつらに撃たれたらヤバイんじゃねぇか!?」
「落ち着け! 想定の範囲内だ! バリスタとストームシューターは敵の遠距離持ちを優先的に狙撃しろ!」
「敵の攻撃を受けた人はすぐに下がって回復して! HPポーションは山ほどあるわ!」
「フォートレスは【クリスタルウォール】を展開! 敵の魔法攻撃を防げ!」
大盾を持つ守りに長けたクラス、フォートレスが防壁の上に登る。砲台とバリスタを包むように【クリスタルウォール】が展開されると、周囲の魔法防御が大きく上昇した。あれなら雷撃を受けても一撃で即死することはないだろう。
敵から放たれる雷撃が防壁に着弾し、防壁ががりがり削られていく。
「遠距離持ちを早いところ殲滅しろ! 【クリスタルウォール】も長くは持たんぞ!」
「今やっている! くそっ、狙撃だって簡単じゃないんだよ!」
「お客様の中に腕利きのスナイパーはいらっしゃいませんかー!」
「……呼んだ?」
ふらっと、防壁の上にジミコが姿を表す。ジミコがすっと手を振るとその左手には弓が握られ、またたきひとつすれば既に矢が放たれていた。
戦場を真っすぐに駆け抜けた矢は、狙い違わず骸骨の頭を撃ちぬく。骸骨の砕け散る音がここまで聞こえてきた気がした。
「い、一撃で、この距離からヘッドショット……!?」
「なんだあの弓、スコープでもついてるのか!?」
「偶然だろ……!?」
まったくもー。ジミコってば出てくるのが早いよ。攻略組は切り札なのに。
そんな私の思いを知ってか知らずか、ジミコは弓を引き絞って正確無比な狙撃を続ける。その一矢一矢が遠距離攻撃持ちの敵を的確に貫き、気がつけば防壁への攻撃はやんでいた。
「す、すげぇ……」
「これが攻略組のストームシューター!?」
「このゲーム、極めればあんなことができるのかよ……」
あんなことできるのはジミコだけだと思いますよ。純粋なPSだけを競うなら、ジミコは化け物揃いの攻略組でも間違いなく最強だ。
気がノッてきたのか、ジミコは敵の遠距離持ちを殲滅した後も休むこと無く矢を放ち続ける。そんなジミコを迎えにおっさんも防壁の上に登ってきた。
「おーいジミコー。満足したろ、帰るぞー」
「楽しい。もっと」
「駄目だ。俺たちには別の仕事があんだろ。さっさと帰るぞ」
「邪魔するなら射る」
「あ? ヤるか?」
「上等」
あーあーあー。あいつら防壁の上でPvP始めやがった。ストッパー担当のおっさんが乗ってるんじゃ誰が止めるんだよこれ。砲撃部とバリスタ部の皆さん、うちのバカ共が迷惑かけてすいません。
私が止めに行くわけにもいかないしなぁ。しょうがないからヨミサカにメッセージを送る。
「ヨミサカ、あのバカセットを今すぐ防壁から叩き落として」
『それはつまりゴーサインってことだな。任せろ』
「え、ちょっと待って」
ヨミサカは私に返事することなく防壁の上に駆け上ると、バカセットを躊躇なく防壁の外側に蹴り落とした。そして自らも防壁の外へ飛び降りる。
そうしてバカトリオが戦場に解き放たれてしまった。
「シャーリーも混ぜるですよ」
訂正。バカルテットが戦場に解き放たれてしまった。
「おい、あいつら壁の外に行っちまったぞ!」
「どうすんだ!? 敵はもうかなり近くまで来てる、城門を開けるのは危険だ!」
『あーあー。こちらラストワン、こちらラストワン。外に出ていったバカ共は気にしなくていいよ。砲撃部とバリスタ部の皆さんは続けて攻撃をお願いします』
「それは見捨てるってことか!?」
「今ならまだ助けられる! おい、ロープか何か持って来い!」
そんな優しいプレイヤーの皆さんの意に反して、戦場に降り立ったバカルテットは嬉々として敵集団へと突っ込んでいった。
始まったのは、なんというかこう、頭の悪い殺戮だ。ヨミサカの飛び込んだところからは爆音と共に敵が弾け飛び、おっさんが消えたあたりでは首の無い死体が散乱している。ジミコは嵐のように矢を放って面で敵を制圧し、シャーリーはかつてない大規模の死軍を召喚して戦場の一角を塗りつぶしていた。
たった4人で敵の勢いを押し返し、あまつさえ切り崩しにかかっている。やっぱバカだこいつら。
『今そこでバカやってるのはヨミサカパーティ。見たとおり君らが誤射したくらいで死ぬような奴らじゃないから、気にせず巻き込んじゃって』
「あれが……、あれがヨミサカパーティ!? 攻略組ですらドン引きする変態雑技団か!?」
「マジかよ……。ヨミサカパーティって実在してたのか。作り話だと思ってた」
「聞くところによるとヨミサカパーティには幻の5人目がいるらしい。攻略組から邪神と忌み崇められる存在がな……」
多少のハプニングはあったものの、防衛部隊は無事に再起動した。大砲を景気よくどっかんどっかんぶっ放し、無数の敵を薙ぎ払っていく。なお、ヨミサカパーティが飛び込んだ区画に砲は放たれていない。これは砲撃部の皆さんの優しさというよりは、バカルテットが敵を食い尽くすせいで的が無いというのが正しいだろう。
途中でボス格らしき大型の四脚獣が四方八方に姿を表していたが、ヨミサカパーティ主催「あのデカイのを一番多く倒した奴が勝ち」ゲームにより速やかに駆除された。なお一位はおっさんだった。
そうして休むこと無く砲を放ち続け、やがて無限に思えた黒い波もついに終わりが見えてくる。
「おい! 見ろよあれ、地平線だぞ!」
「地平線が見えたか! もうすぐだ! もうすぐ終わるぞ!」
って思うじゃないですか。
一周目の私たちも、ここまでは来たんですよ。
世界樹の大門がある方角から、黒い山が動き出す。最初はただの見間違いかのように思えた。それだけの物が動くというのは、あまりに現実離れしていたからだ。
しかしそれは緩慢ながらも確かに動いていた。地響きを立てて歩を進め、ただ歩くだけで世界を揺らす。森をなぎ倒し、山を踏み潰し、砂漠に巨大な足跡を作りながらも、それは決して歩みを止めない。
その瞳に宿すは烈火の憤怒。その手に握るは荒ぶる焔。天をも恐れぬねじれた双角を振るい、巨木のような尾を引きずるその異形。
それは獣か。否。
それは鬼か。否。
それは龍か。否。
それは王。世を犯す悍ましき異形を統べるもの。
――異形の王。




