7章 4話
「今日の依頼は大体終わったかな。えーと、残りは……」
残りの依頼をざーっとチェックしてると、ふと目が霞んだ。なんだろ、疲れてんのかな。
まあいいや。作戦はガンガン行こうぜ。明日はいよいよ文化祭当日だ。
この6日間で習得した特技が1つあって、考え事をしながら秒間30発のペースで採掘することができるようになった。ツルハシを振るという行動はもはや意識の中にない。掘ろうと思った時には既に鉱石の山が築かれている。
変化は私だけじゃなかった。護衛としてついてきているヨミサカパーティは発酵するほど暇を持て余した結果、マップ全域のモンスターを絶滅させるという斬新な護衛方法を編み出した。さっきから超高速で飛び回る4人の姿が視界の端にちらちら映り、私のそばに湧いたモンスターが無数の攻撃を受けてチリと消えた。
そんなに暇なら一緒に掘ってよ、もう。
フライトハイト率いる【帰宅部】に至ってはよくわからない奴らになっていた。もはやお互いに言葉での対話はなく、これが欲しいとメッセージすれば、いつの間にかその素材がアトリエの前の郵便受けに突っ込まれている。妖精さんや小人に近い何かが感じられる。
そんな私たち採集委員会だったけど、長い戦いも今日で終わりだ。最後の依頼の素材を揃え、ヨミサカパーティに声をかけた。
「みんなー。採集終わったから帰るよー」
「待て。ちょうどエンジンかかってきたところだ。もう少し掘ってろ」
「この勢い、止まらない」
「シャーリーの死軍もついに100体の大台にのったところです! 怪物共にゾンビの恐ろしさを教えてやるです!」
「この怪物なかなか殺りごたえがあっていいぜ。いい腕試しになる」
そうですか。私は先に帰ってますね。
定期的に『反セノビック錠』を飲んで経験値を溶かしているからレベル1を保ってるけど、もし飲んでいなかったら相当レベル上がってるんじゃないかな。なんでこいつら、たった4人でマップごと滅ぼしてるんだろう。
生産ドームに帰還して、最後の素材供給を行う。その後は港地区のバカ共に木材をデリバリー。
「ほい、これで最後だね」
「ああ。これで仕上げをして終わりだ。世話になったな」
帆船部の部長とガッチリ握手。意味は特に無い。
完成間近の船を見上げる。船に詳しくない私でも分かるくらい、バケモノじみた船だった。
見上げるほどの巨大な船体からは無数の砲門が覗いている。この砲門が一斉に火を吹こうものなら、文字通り何もかもを粉砕しつくすだろう。
「でかいね。無骨で、愚直で、殺意に満ちている」
「そうだろう。火力とロマンに全てをかけた。コイツにできることはただ1つ、敵を粉々に砕くことだけだ。まさしくバケモノだよ」
「怪物にはバケモノをってか。でもなんでだろうね。これだけ恐ろしい船なのに、佇まいに気品がある」
「――こいつには、『ロイヤル・リリー』の名をつけた」
「その心は?」
「俺の初恋の人だ」
「ふざけんな馬鹿野郎」
高科百合さん(17)。白い花がよく似合う、線の細い文学少女だそうです。
百歩譲ってもこんな船につける名前じゃない。どこの世界にカノンロイヤルガン積みした文学少女がいるんだよ。
それから一度アトリエに戻ると、ちょうど素材を採り終わってきた【帰宅部】の連中とばったり出くわした。
「や。お疲れ」
「お疲れ。頼まれてた素材だよ」
「せんきゅー」
フライトハイトから受け取った素材をアトリエ前に置いて、依頼を出していた部活に連絡しておく。後は自分たちで取りに来るだろう。
それにしても、珍しく嫌味のひとつもなく素直に渡してくれるフライトハイトに違和感を感じた。フライトハイトは何時も通りの満面の笑みだったけど、後ろにいる【帰宅部】の連中は(もう採集はうんざりだ)って顔をありありとしていた。
そうかそうか、フライトハイトも疲れると嫌味が抜けるのか。これは良いことを知った。
「ねえ君ら、この後暇?」
「…………。暇だと言ったら?」
「そんなに警戒しなくても仕事なんて押し付けないって。なんか作ってあげるからさ、食べていきなよ」
「食べ物なんてこのゲームじゃ嗜好品だろう? そんな物を食べたって、攻略にはなんの関係も――」
「士気は上がる。それで十分じゃない?」
店内を一度片付けて、思考操作でテーブルと椅子を並べる。最初は戸惑っていた【帰宅部】だけど、やれやれって感じでフライトハイトが席につくと、続々と席についた。
料理するのも久々だな。さて、何を作ろうか。
「……ふん。たかが料理程度で僕らの士気が上がるだなんて、【帰宅部】も安く見られたもんだね」
「じゃあフライトハイトはお子様ランチね。他のみんなは食べたいの言ってって」
「ちょっと待った! 僕は――」
「俺、さばの味噌煮定食で」
「んじゃチーズ焼きカレー」
「天ぷらうどん大盛り」
「麻婆チャーハン」
「おにぎりライス丼」
「唐揚げ定食」
「日替わりセット」
「ウチに日替わりセットなんて物は無いわ」
どことなく学食っぽいメニューラインナップだ。これだけ種類豊富なメニューを作る学食のおばちゃんは偉大だと思いました。
臆するな、今の私には自動クラフトがある。これなら学食のおばちゃんにだって届くさ。
ざくざく作ってカウンターにがんがん並べる。残念ながらウェイトレスは居ないんで、配膳は自分でやってください。
フライトハイト用のお子様ランチを出した時、奴は意地でも取りに来ようとしなかった。抵抗はしばらく続いたものの、やがて他の攻略組に引きずられて渋々カウンターのお子様ランチを受け取りにきた。
小さめのフォークでミニハンバーグを食べる、あなたの背中にスクリーンショット。
「ラストワン、帰るのなら帰ると声をかけろ。肉」
「お前が聞いて無かったんだろうが。あ、俺はビールで」
「お腹すいた。ロコモコ」
「シャーリーはフルーツパフェを所望します」
ヨミサカパーティも帰ってきた。残念おっさん、このゲーム全年齢対象だからアルコールは出せないんですよ。
ヨミサカにはステーキ1kg。おっさんは……、ラーメンでいっか。ラーメンは全ての需要を満たす。
そうやってガンガン作って並べてると、騒ぎを聞きつけた通りすがりの皆さんがわらわら集まってきた。よーしよく来た、なんか食ってけ。
人数がじわじわ増えてきて、1人じゃだんだん手が回らなくなってくる。そんな時、ギルドチャットがぴろんと通知を届けた。
『アトリエ周りに人が集まってんだけど、なんかやってるの?』
『美味しそうな匂いに釣られてふらふらと人が吸い込まれていくのが見える』
『店長、アトリエに行ったらご飯が食べられるって部員が言ってんだけど本当?』
「バレたか。暇な人おいで、ご飯作ってあげるから。それと料理人も絶賛募集中」
『まじかよ』
『これは行くしかない』
『のりこめー^q^』
『前夜祭とは粋なことするじゃないか』
フライトハイトの疲れっぷりが面白くて餌付けしてたら前夜祭が開かれていたでござる。
どわーっと人が流れてきて、たちまちアトリエから人が溢れる。どーすんだこれって思ってたら、あいつら自分たちで机と椅子クラフトして畑に設置していた。そのバイタリティにはつくづく感心する。
キッチンにも新鮮な料理人が供給されたから、調理設備を追加でクラフトして設置。ついでにドリンクサーバーも作って各種ドリンクを並べておいた。飲み物はセルフサービスでお願いします。
気がつけば給仕部隊が編成されていて、食べ物を各テーブルへと届けている。隅っこでは縫製職人がせっせとウェイトレスの制服を作っていた。なぜかは知らないけど全部メイド服。男も女もメイド服。
「よー。盛り上がってんな、店長」
「銀太じゃん。ここ一週間見なかったけど、どこ行ってたの?」
「まあ、ちょっとな」
久々に顔を見せた銀太にたこ焼きを渡す。
「まったく、何してたかは知らないけどさ。心配したんだぞ」
「そりゃ悪かったな。それより準備の方はどうなんだ?」
「大体どこも準備は終わってるよ。帆船部の奴らがまだ最終調整してるっぽいから、そっちの方まで食べ物持って行ってもらえる?」
「おう、分かった」
「……銀太?」
「ん?」
銀太の顔色を見る。たこやきを頬張る銀太の口元にソースと青のりがついていた。拭く。
「なんか、雰囲気変わった?」
「そうか?」
「それになんだか疲れてるっぽいし。今日は早めに寝なよ」
「疲れてるのは店長も同じだろ」
「これくらいでへこたれる根性してないのです」
「……そうか。これくらいじゃまだ、へこたれちゃダメか」
それじゃあと言って銀太は、帆船部の人たちへの差し入れを持ってアトリエを去る。その背中に、どうにも違和感を感じてならない。
どうしたんだろ銀太ってば。一週間前は確かにそんなことなかったのに。
なんで私は――、銀太から強者の風格を感じ取ってるんだろう。
「ラストワン。今のは誰だ」
「誰って、友達の銀太だけど。なになに、ヨミサカ気になるの?」
「あいつからは餓狼の匂いがした。力に飢えた、挑戦者の匂いがな」
「……ヨミサカ。あれ、私のだから。あげないよ」
「お前のお気に入りか。それは残念だ」
さして残念そうな顔もせず、ヨミサカは休むこと無く肉を食らう。どんだけ食うんだこいつは。
気がつけば日も暮れて、外ではキャンプファイアーとバーベキューが開かれていた。キャンプファイアーって後夜祭じゃなかったっけ。まあ細かいことはいいや。
「こんばんは。いい夜ですね」
「リースじゃん。遅かったね」
「生徒会は色々やることがあるんですよ。さっきようやく最後の仕事が終わったところです」
「そりゃお疲れ様。まあ食べなされ食べなされ」
リースにはとっておきの『フラッシュストレートケーキ』をあげよう。疲れた頭には甘いものだよね。
「いよいよ、明日ですね」
「そうだね。皆が待ちに待った文化祭だ」
「ラストワンさんは……。怖くないんですか? 文化祭なんて言ってますけど、実際は無数の怪物が――」
「リース、ストップ。これからやるのは文化祭だよ、あくまでね」
「…………。そうですか。だからみんな、文化祭なんて言ってるんですね」
明日やるのは生死をかけた殺し合いだ。そんなの誰だって怖いさ。
無数の怪物が自分たちを殺すために、ラインフォートレスまで襲ってくるなんて言われたらパニックが起こるのは当たり前だ。一周目の時に起こったパニックは、そりゃあひどいものだった。
だからこその文化祭。誰が言い出したのかは忘れたけど、上手いこと言ってくれたものだと思う。おかげで私たちは楽しみながらここまで来れた。
「それでもやっぱり、私は怖いですね」
「リースは臆病だなぁ。大丈夫だってば」
「いいえ、怖いですし不安ですよ。これだけ準備をしてきて、もし失敗したらと考えると……」
「それこそ大丈夫だよ。失敗なんてするわけないじゃん」
「どうしてそこまで言い切れるんですか? 万が一があるかもしれないじゃないですか」
「これだけ準備をしてきたからだよ」
できることは全てやったし、プレイヤー間の連携は共同作業で強化された。最前線で戦うことになる攻略組も怪物たちとの戦闘経験を積みまくっている。
私たちは、負けない。
「みんなすっごく頑張ったんだからさ、頑張ったみんなを信じよう。それにね、ここは現実じゃなくてゲームの世界だ。ここでは努力は必ず報われるし、正義は絶対悪を倒すの。なんたって私たちは主人公なんだから」
「……あはは。いいですね、それ。私たちが主人公ですか」
リースは張り詰めていた顔を少しだけ和らげた。うんうん、リースは笑ってたほうがいいよ。
「そうですね。僕たちが主人公です」
山田さんがせんべいをつまみながら言う。
「そうだ。俺たちが主人公だ」
いつの間にか来ていた帆船部の部長がカツ丼をかきこみながら言う。
「そうだね。僕らが主人公だ」
フライトハイトがお子様ランチのおかわりをしながら言う。気に入ったらしい。
「そう」「俺たちが」「主人公」「なのです」
ヨミサカパーティが不思議なポーズを決めながら言う。
「そうだ! 俺たちが主人公だ!」
職連のみんながハイタッチをかわしながら言う。
「そうだぜ! 俺たちが主人公だっ!」
攻略組のみんなが右腕を高々と掲げて言う。
明日は待ちに待った文化祭だ。今日の内に騒いどけ。明日はもっと大変なんだから。
……とは言ったものの、さすがに私もちょっと眠い。フルスロットルで地獄の採掘一週間コースはきつかったかなぁ。
こらえきれずにあくびを1つ。それを合図にお開きのムードが流れだし、最後はリースが締まらない終わりを告げた。




