7章 3話
「ってわけで、行こう銀太」
「あ、俺やることあるから」
ふられた。
「それじゃーなー」と足早に去っていく銀太の背中にゆでたまごの殻が綺麗に剥けなくなる呪いをかける。一生苦しめ。
となると困った。どうしよう、誰連れて行こう。
んー、連れて行っても大丈夫そうなフレンドか……。
「へいヨミサカ」
『任せろ』
この二つ返事である。まだ用件すら言ってないのに。
ヨミサカパーティと打ち合わせをして、城門前で待ち合わせる。護衛にしちゃ過剰戦力だけど、どうせ今の攻略組なんて一週間は暇人だ。手伝ってもらっちゃおう。
城門前でヨミサカを待ってると、あいつが来た。
「やあ。僕は何をすればいいんだい?」
「家に引きこもって一日中ネトゲしてろ」
そう言うと、フライトハイトはすごーく微妙な顔をした。先制点1点。
「どういう風の吹き回しなの? さっきからやけに協力的じゃない」
「勘違いしないでほしいね。【帰宅部】の目的はただ1つ、一刻も早い現実への帰還だ。君たち【生産職職人連合】の行動は僕たちの目的とも一致している。協力するのは自然だと言えないかい?」
「本音は?」
「君たち職連がどの程度か見定めたい。無能集団が群集を扇動してるようじゃ、勝てる試合も勝てなくなるからね」
「素直でよろしい」
くたばれフライトハイト。一々悪意がなきゃあんたは協力ひとつできないのか。ツンデレ枠狙いにしちゃ出来が悪すぎるんだよ。
「まあいい、協力するってなら文句は無いよ。こき使ってやるから感謝して」
「自分の立場分かってる? 君は協力してもらうほうで、僕は協力してあげるほうだよ? 言葉には気をつけるんだね」
「ならクビだ。さっさと帰れ」
「おいおい、言わせないでくれよ。僕たちほどの戦力を遊ばせておくことがどれほどの損失だと思う? 君の意のままに動いてやるって言ってるんだ。礼のひとつも言ったらどうだい?」
「あざっす☆」
「似合ってないよ、そのキャラ」
舌打ちしてガンつける。フライトハイトは100点満点の輝かしい笑顔をしていた。世界中のタンスというタンスに小指をぶつけろ。
ギルドチャットに切り替えて報告する。
「こちらラストワン。攻略組の協力を取り付けた。私の下で動くそうだから、死なせない程度に人を苦しめる方法を教えてほしい」
『前半と後半の繋がりが見えないんだけど、俺の目が悪いのかな』
『よくわかんないけど攻略組が協力してくれんのか? 職連と攻略組の合同作戦かよ、すげぇな』
『俺も苦しめられたい』
『分かりました。それでしたらラストワンさんと愉快な仲間たちを採集委員会として扱います。各部活の皆さんは、足りない素材があったら採集委員会の方へと要請してください』
リースさんや、連中は不愉快な仲間たちですよ。
早速届く各部活からの要請をざっと整理。ヤバそうなものを上から順番にピックアップしていく。
「フライトハイト、『帯電した木材』『ひかり水』『銀霊樹の聖雫』を1スタックずつ。できる?」
「僕らにできなかったら誰ができるんだい?」
「分かったからさっさと行け」
フライトハイトは肩をすくめて去っていく。相変わらず一言多いんだよコイツは。
その後来たヨミサカパーティと合流し、フィールドへと出かける。私は私で採りに行かなきゃいけないレア素材が山程ある。
当分は忙しくなりそうだ。
*****
ラインフォートレスに帰り次第、生産ドームへ。
「採集委員会でーす。お届け物にあがりましたー」
「「「待ってたあっ!」」」
声をかけると、素材を求めてうじゃうじゃと部長たちが群がってくる。よーしお前ら一列に並べー。
頼まれていた素材を受け渡し、ついでに次の依頼も受け付ける。採集委員会に回ってくる依頼は大体レア素材の採集だ。状況が状況ゆえに無償でやってるけど、これちゃんとお金のやり取りしたら相当な金銭が発生しそうだ。揉め事もなく回っているのは、ひとえに生徒会と生徒会長の手腕だろう。
余談だが、【帰宅部】はタダでこき使われているということに何一つ文句は言わなかった。文句は言わなかったが、フライトハイトの目はまったく笑ってなかった。そろそろ貸しが返しきれなくなりそうだ。こわい。
「えーと、帆船部さーん? 帆船部さんはいるー?」
「あいつらは港地区だぜ」
「まじか。まーた引きこもってんのかあの帆船バカども……」
しょうがないから港地区へてってこ歩く。職人地区はいつもより数倍活気があり、そこかしこで人が群れては何かを作っている。目を合わせたら引きずり込まれるから気をつけよう。
時々何かが爆発したような音がしたり、花火が打ち上がったり、爆発したり、異臭が漂ってきたり、爆発したり、爆発してる。割合的には爆発が8、その他が2。爆炎地区と呼んでもいいんじゃないかなここ。
人の群れをかきわけかきわけ、港地区へ。港地区には最近できた名物である、巨大な木造船がでかでかと飾られていた。
船の周りでトンテンカントンしている奴らに声をかける。
「帆船部ー! 届け物ー!」
「補給か! 助かる!」
帆船部の部長に頼まれていたレア木材一式を渡して次の依頼を受け取る。まーた木材か。この木材フェチどもめ。
渡すもの渡して、さっさと帰ろうとした。帆船部の部長に回り込まれる。
「何? 私もう行かなきゃなんだけど」
「まあまあ、いいじゃねえか。サブマスとして意見貸してくれよ」
「……もう。本当に忙しいんだから、早くしてよね」
「戦列艦の1等艦を建造するってとこまでは決まったんだが、カロネード砲とデミ・カノン、どっちを主軸にするかで揉めちまってさ」
何語だよわかんねーよ帆船バカ。目キラキラさせやがってこんちくしょう。
「んーと……、一番火力高いやつでいいんじゃない?」
「それはつまり、カノンロイヤルってことか!? おい聞いたかお前ら! カノンロイヤルガン積みだ!」
「正気かよ部長! 確かに火力は桁外れだが、まともに運用できなくなるぞ!」
「バッカヤロー! マトモなことしてどうすんだよ! 邪神様はぶっちぎりにイカれたバケモノ船をご所望だ! それに応えないで何が船大工だってんだよ!」
「部長……! そうだな、こうなったら限界まで火力積んでやるか! どうなったって知らねーぜ!」
私も知らないです。なんですかカノンロイヤルって。なんか強そう。
雄叫びを上げながら建造を続ける海の男たちからそっと目を離す。じゃ、採集に戻ろう。
*****
最前線でレア素材を掘りながら、リアルタイムで飛んでくる採集依頼を整理しつつ、【帰宅部】に仕事をいくつか回しつつ、飽きてきたシャーリーにお菓子を与えつつ、PvPに勤しむヨミサカとジミコを眺めつつ、ツルハシを持って私に切りかかってくるゾンビを蹴り飛ばす。こいつら自由か。
おっさんだけは採集を手伝ってくれている。このおっさんはいいおっさんだ。
その時、遠くで茂みがわずかに揺れた音がした。意識の何割かをそっちに向ける。謎の生き物が矢ぶすまになっているのが発見された。
ジミコはPvPに勤しみつつも、時折矢を大きく外す。外れた矢の先を見るとなぜか死体が見つかるのだ。当事件との関連性は今だ不明。
依頼されていた分の素材を掘り終わり、単身ラインフォートレスに帰還する。ヨミサカパーティはそのまま最前線で狩りしてくるそうです。あいつら元気だなぁ。
最前線と生産ドームを往復する日々もかれこれ4日目。文化祭まで後3日だ。
「採しゅ――」
「「「待ってたあっ!」」」
「待ってせめて最後まで言わせて」
即座に一糸乱れぬ列を作る部長たちに素材を与える。ほーら、新鮮な素材だよ。たんとお食べ。
で、相変わらず帆船部は今日も港地区に引きこもってると。はいはい、今届けに行きますよ。
港地区まで最短ルートで移動し、名物の戦列艦を見上げる。今日もでかいな。
「帆船部ー! 素材だよー! 出ておいでー!」
声をかけると、船の中からのそりと部長さんが姿を表した。やつれた顔にうつろな目をしている。働き過ぎるとこういう顔になるよね。
「なんか元気無いじゃん」
「あ、ああ……。すまねぇ、俺達はもうだめだ……」
「どうしたの部長さん。昨日までうざいくらい元気だったのに」
そう言うと、部長さんは静かに崩れ落ちた。背中が煤けている。
「致命的なミスが見つかったんだ……」
「そうなんだ。どうにもならないの?」
「無理だ……! こればっかりはどうしようもならねぇ……! 設計ミスや技術不足だったらまだ抗えるが、こればっかりはよぉ……」
「んー? どういうこと?」
「…………人が、足りないんだ」
人ですか。とりあえず『メガホン』を渡しておく。
「いや、そういう問題じゃねぇ。足りないのは砲手だ」
「砲手ですか。それなら分かるよ、大砲撃つ人だよね」
「これだけの砲門を動かすには最低でも200人はいるんだよぉ! 俺たち帆船部の総員でも30人とちょっとだ! 人数がまったく足りねぇ! どうしろってんだ!」
「んーと……、大砲を動かせばいいの?」
大砲を動かすだけならどうにかできるかもしれない。ちょっと見せてと言うと船上まで案内された。
めっちゃでっかい砲をぺちぺち叩く。はぁ、これがカノンロイヤルですか。大きいですね。とても。
「これならどうにかできるかも」
「本当か!? だが、どうやってだ?」
「まあ見ときなさい」
山ほど在庫になっている『命の血晶』を取り出し、それを大砲にくっつけて錬金術。
「サモン・ホムンクルス」
『命の血晶』が砕けちり、赤い光が大砲の中に吸い込まれていく。これで人工生命が大砲に乗り移ったはずだ。
「撃て」
そう命ずると大砲は独りでに動き出し、砲をぶっ放す。予想以上の轟音が響いた。
耳がキーンってする。こんなに音が出るもんなのかこれ。現実だったら間違いなく鼓膜ぶっ飛んでた。設定で音量下げとこう。
「耳痛った……」
「お、おい……! 撃つなら撃つって言えよ……!」
「ごめんごめん。でもほら、これで撃てるでしょ?」
「撃つだけならな。だが、再装填はどうするんだ?」
「砲弾と火薬がインベントリにある状態で再装填って命令するとできるはずだよ」
部長さんが再装填と命ずると、がっこんがっこん動いて砲弾が独りでに装填された。
ホムンクルスは複雑な道具を勝手に動かしてくれる人工生命だ。ただし判断能力は持っていないから、そこは人間が補わなきゃいけない。
「これでなんとかなる?」
「あ、ああ! これなら人手は大きく減らせる! 感謝するぜ店長!」
「んじゃ『命の血晶』置いてくから。後はその辺の錬金術士捕まえて、ホムンクルス作ってもらって」
「聞いたかお前らあっ! 俺達の船が蘇るぞっ! 錬金術士だっ! 錬金術士を捕らえろおっ!」
「うおおおおおおおおおおおおっ!!」
「錬金術士狩りじゃああああああっ!!」
こいつらこわい。逃げよう。
それじゃ、と残してその場を去る。船上から「殺せっ! 錬金術士共を皆殺しにしろっ!」とか聞こえたけど、あいつら耳というか頭というか色々悪いんじゃないか。
彼らに巻き込まれるであろう錬金術士たちを想って十字架を切った。アーメン。




