6章 4話
世界樹が生い茂る森の中、不自然に開けた広場がそこにある。
広場に踏み入れた君たちは、大きな世界樹の中でも一際巨大な、それこそ天を衝くような巨木を目にする。広場には巨大世界樹が放つ神秘的な輝きが満ち溢れ、一種の聖域を生み出していた。
自然の力、生命の力。強いエネルギーに満ちた広場だ。しかしそんな広場において明らかに異質なものがある。
世界樹の根本に埋め込まれた巨大な門から放たれる禍々しい気配。爽やかな風の根底ににじむ腐臭。憎悪、汚濁、災禍。それを感じ取った君たちは直感的に理解するだろう。この場所、世界樹の大門は、この門を封じ込めるためだけに存在する場所であるということを。
君たちが巨大な門に近づこうとした時、頭上から澄んだ音がした。水晶と水晶を重ねたような透き通った音だ。それ1つは小さな音だったが、音が1つ、また1つと増えていき、気がつけば広間には億万の澄んだ音が響き渡っていた。
そして音に導かれるように、頭上から巨大な存在が現れる。それはクリスタルの生命体。とてつもない大自然のエネルギーを内に秘めた、自然界の守護者。
――大自然のクリスタル。
「戦闘開始だ!」
フライトハイトが叫びをあげて、戦闘が始まった。
というわけでゲームブック調で始めてみました。実況解説担当のラストワンだよ、よろしくね。
戦いが始まってまず真っ先に『反セノビック錠』を飲む。これは効果時間中、戦闘により取得できる経験値を溶かす毒薬だ。滅茶苦茶まずい。
これ飲んどかないとレベル上がっちゃうからね。口直しに他のドーピングポーションも飲んでおく。
さて、戦闘は始まったものの、状況はあまり大きく動いていなかった。大自然のクリスタルは中空に浮いていて近接攻撃は通用しない。遠距離攻撃手段を持つプレイヤーが砲火を上げるが、立体的かつ非生物的な軌道を動く大自然のクリスタルにあまり攻撃を入れられていないようだ。
「くそっ……、遠いな。おいジミコ! 当てられるか!」
遠距離攻撃手段を持たないおっさんが叫ぶ。
「できる。でも、やらない」
「どうしてだ?」
「今は様子見」
私も様子見。まずは動きを、というか色を見たい。
大自然のクリスタルは上空から魔法攻撃をしてくるんだけど、その際使用する魔法属性によってクリスタルの色と弱点が変わる。あいつ、物理防御半端ないから弱点属性突かないとロクにダメージが入らないんだよ。
ひゅんひゅんと飛び回っていた大自然のクリスタルは、ぴたりと動きを止めてその場で回転し始める。色は赤。火属性だ。
「来るですよ」
シャーリーがゾンビを召喚し、その裏に隠れる。瞬間、大自然のクリスタルから炎の波動が広がった。
円形に広がっていく炎は広場全域を焼き払う。効果範囲は広いが波動の当たり判定は一瞬しかない。ドッジロールで簡単に抜けられる。縄跳びみたいなもんだ。
あたりの広場にはところどころに延焼が残った。具体的には足を踏み入れるとDoTダメージを受けるダメージゾーンだ。
「高空から全範囲攻撃か。厄介だな」
ヨミサカは巨剣を片手に持ったまま、拳銃でパンパンと当てていく。複雑な軌道を追って当てるのはさすがだが、弾かれるエフェクトが表示されるだけであまりダメージは入ってないようだ。
「あいつ、物理防御はかなり高いみたいだね。弱点を探ったほうがいいかも」
「ふむ。試してみるか」
白々しいと言うなかれ。さっきからフライトハイトがこっちをチラチラ見てるんだよ。
「【水射】」
ジミコが放った水属性の矢が大自然のクリスタルに当たる。今度は弾け飛ぶエフェクトが出て、大自然のクリスタルの高度が少し下がった。
「なるほど、そういうギミックか……。どっちにしろ俺にできることは無いわな」
「おっさん無能ですね。ちょっとは働きやがれです」
「そういうお前もできること無いだろ。ゾンビじゃ攻撃届かんし」
「シャーリーはゾンビを増やすのが仕事です。数さえ出しとけばなんとかなるです」
遠距離攻撃手段持たない2人が暇しだした。おっさんは得物をしまって観戦モード、シャーリーはゾンビをどれだけ召喚できるかに挑戦している。
そこでまた大自然のクリスタルの動きが止まり、回転を始める。色は黄、雷属性。弱点は土。
「来るぞっ!」
フライトハイトが注意を促し、攻撃に備える。地上に円状の攻撃予測範囲が無数に表示されたと思えば、空から雷が無数に降り注いだ。
いわゆる円の中にとどまっていたら攻撃を受ける系のギミックだ。この手のギミックは慣れているけど、攻撃速度と密度がかなりやばい。ステップを踏むように雷を避けるが、一度逃げ場が無くてドッジロールの無敵ですり抜けることになった。
「すげぇ、あの生産職……。一撃も被弾せずに雷を抜けやがった……」
「あ、あれくらいなら上手いやつならできるだろ。別におかしいことじゃない」
「生産職であのPSは明らかにおかしいだろ常考」
視線を感じる。ボス戦中に雑談するとはよほど暇なようだ。
周りを見渡すと遠距離攻撃を持たないプレイヤーが軒並み暇していた。しょうがないなぁ、そろそろ動こう。
インベントリから『大地のスタチュー』を取り出して地面に突き刺す。効果範囲内の味方に土属性のエンチャントをほどこすアイテムだ。1個1mする高級品。
遠距離攻撃に付与された土属性ダメージが乱舞し、大自然のクリスタルの高度はガンガン下がっていく。
「暇人2人。そろそろ攻撃届くんじゃない?」
「お、そうか。んじゃ行ってくるかな」
「シャーリーは……、また1からゾンビ増やすです……」
なぜかシャーリーが半泣きになっていた。見ればさっきまでシャーリーの周りを埋め尽くしていたゾンビの群れが綺麗さっぱりいなくなっている。
あ、そっか。雷にやられたか。物量作戦は範囲攻撃持ち相手だと致命的に相性悪いからなぁ。
「ヨミサカ、お前が先にいけ! 俺は後から合わせる!」
「ああ」
ヨミサカがまっすぐ突っ込み、私が設置した『大地のスタチュー』を足場に飛び上がる。巨剣を抜いて豪快な【アッパースラッシュ】、【エリアルスラッシュ】とコンボを繋げる。そこまでコンボを繋げた後、ヨミサカはなぜか私の方を見て挑発的に笑った。
そしてヨミサカは巨剣を上段に構えて、高速で体を縦回転。あの技は――、【斬空裂波斬】だ。
あれ、本来は片手剣用の技なのに。しかも1回見せただけでコピーしやがった。ムカつくからヨミサカの着地点まで先回りし、スコップを構える。
スコップに着地したヨミサカを乗せて【大薙一閃】で打ち返す。地上に降りてきたばかりのヨミサカは再び上空へと打ち上がり、楽しそうに大自然のクリスタルを切り刻んでいた。
「……なぁ。もう俺居なくていいんじゃないか?」
「何言ってんのおっさん。おっさんも打ち上げるから、ほら乗ってのって」
「この歳でトランポリンに乗ることになるとは思わなかった。お手柔らかに頼むぜ」
おっさんもスコップに乗せて【大薙一閃】で射出。おっさんは打ち上がる途中で影と消え、次に姿を表した時は大自然のクリスタルの背面にいた。
それから一瞬、おっさんの手がブレる。私の動体視力でも追い切れない速度でおっさんは【奈落獄刹】を放ち、眩いほどのダメージエフェクトが表示される頃には、おっさんは既に得物をしまっていた。
おっさんの攻撃、速すぎて得物が見えないんだよなぁ。一周目の時から長い付き合いなのに、おっさんが振っているものがナイフなのか剣なのか、針なのか手刀なのか野菜なのか、まったくわからない。使っているスキルから暗器系統の何かだとは思うんだけど。
っと、見ている場合じゃなかった。落ちてきたヨミサカをスコップで打ち上げる。かなりダメージを積んだおかげで、クリスタルの高度は大分下がってきた。
そこでピタリと大自然のクリスタルが動きを止め、回転を始める。色は青。水属性だ。
「「「押し切るッ!」」」
私とヨミサカとおっさんの声が重なる。敵のターンは与えない。このまま墜落させて攻撃を中断させる。
火属性エンチャントの『火炎のスタチュー』を設置し、交互に落ちてくる2人をスコップで打ち上げる。攻撃準備のために敵の動きが止まっている今なら攻撃し放題だ。
「なあ……。あいつら何やってんだ……?」
「空中で高速移動するクリスタルに追いついて、味方の遠距離攻撃を回避しつつ攻撃を入れる……? 意味が分からない……」
「やってることは分かるしどうやればできるかも分かるけど、なんでやろうと思ったのかが全くわからん」
「覚えとけ、あれがヨミサカパーティだ。考えついても普通やらないこと押し通す、変態バカの集まりだ。目を合わせるなよ、お前も打ち上げられるぞ」
「ひぃっ」
ヨミサカが放ったゼルスト七王技【ギガブレイク】が綺麗に入り、おっさんの【天穹殺法】がクリティカルする。ぐらりとよろめいた大自然のクリスタルは地に落ちた。
よっし、チャンス。私も加勢しようと剣を抜いた瞬間、飛んできた矢に思わずのけぞる。
「ちょっとジミコ、さすがに戦闘中、は……?」
文句を言おうとジミコの方を向いたら、ジミコは無言で私の後ろを指差す。
振り返ってみる。無数のゾンビたちがこっちに向かって殺到してきていた。
「死軍よ! 死軍よ! ネクロマンサーの名において命ずるです! その目に映る全ての命を刈り尽くせッ!」
「ちょっとおおおっ! シャーリー待った待った待ったっ!」
「きゃははははっ! 知ったこっちゃねー! です! きゃははははははっ!」
あんのゾンビキチ野郎っ!
ゾンビってのは存在自体が当たり判定の塊だ。あの大群に巻き込まれたら脱出もできずに押し流される。くっそ、狙ってやがったなシャーリーのやつ!
大自然のクリスタルを蹴って、三角飛びの要領で大きく飛び上がる。そこから更にエアジャンプをして高度を稼ぎ、【抜刀術・瞬】の移動切りで一気にゾンビの頭上を駆け抜ける。その後滞空時間の長い【斬空裂波斬】に繋げ、ゾンビの群れの後ろに着地した。
後ろから「あっ! ラストワンの野郎! 逃げやがったな!」だとか聞こえてきたけど、知ったこっちゃない。許せおっさん、逃げるが勝ちだ。
すっと立ち上がる。そこで周りを見ると、なぜか攻略組の人たちが呆けたように突っ立っていた。
「……? ボス戦中だよ、何してるの?」
そう言うと、攻略組の人たちは黙って目をそらした。なんなんだろう。




