6章 2話
それは唐突に現れた。
「飯くれ」
「はいはい」
威圧的な存在感を放つその人は、威圧的な存在感を放ちながら私の出した卵かけごはん(制作時間2秒)を威圧的にかっ食らっていた。
その隣では置いておいた醤油が使われること無くただずんでいる。こやつめ、TKGの醤油抜きとかなかなかやるな。
「美味かった」
「え、マジで? 醤油無しなのに?」
「醤油をかけるものならそう言え」
「いやいやいや」
TKGの食べ方を知らない系覇王様、ヨミサカさんです。
たまにうちのアトリエに来て、補充ついでに飯をたかる覇王様。ここ最近姿を見せていなかったから心配してたけど、いつも通りで何より。
「ほい、いつものポーション一式。みんなの分も一緒に渡しとくからそっちで分配して」
「助かる」
いつもなら「また来る」と言ってすぐに去っていくヨミサカなんだけど、珍しいことに今日はまだそこにいた。
「どうしたのヨミサカ。レベリングに戻らなくていいの?」
「ああ。レベリングなら終わったぞ」
「ほう。ってことは、ついにカンストしたんだ」
ヨミサカがステータスを見せる。そこに記されているキャラクターレベルは50、このゲームでの最高値だ。カンストしたらクラスごとにExSkillを習得できるようになるけど、あれが解禁されるのはもうちょっと後だったかな。
ヨミサカのクラスはベルセルク。真っすぐいって頭の悪い火力を叩き出すクラスだ。ExSkillも真正面から火力を出す分かりやすい性能をしている。
有り体に言って馬火力職。
「攻略組は今続々とカンストしている。全員のカンストを済ませたらフィールドボスに挑むつもりだ」
「フィールドボスって、どのフィールドボス?」
「50レベルMAP、世界樹の大門。それを守護するフィールドボスだ。この世界はもう探索しつくした。脱出の手がかりがあるとしたらもうそこしかない」
……脱出の手がかり、ね。
私たちプレイヤーは、いまだに私たちがこの世界に閉じ込められた理由も分かっていない。なぜデスゲームになったのか、なぜログアウトできないのか。それは一周目を経験してきた私も知らない。
ただがむしゃらにイベントを起こし、脱出の手がかりを探して駆けずり回る。攻略組がやってることってのは、つまるところそういうことだ。
「だがな……。これは勘だ。攻略組の中には世界樹の大門を開けば現実に帰れると考えている奴もいるが、それは違うように思える」
ヨミサカさん鋭いですね。実際その通りなんだけど、知ってるとも言えないのがもどかしくて曖昧に笑う。
このゲームは、カンスト後の世界が本番だ。
「気をつけてね。ヨミサカたちなら負けることは無いと思うけど、万が一ってことはあるから」
「何を言ってるんだ。お前も来るんだぞ」
「えっ」
えっ。
「今なんて?」
「だから、お前も来い。戦え」
「ちょっと待って待って待って! 私攻略組じゃないって! それにレベル1!」
「レベルなんて飾りだ。戦える奴は連れて行く」
「死んじゃう! 私死んじゃう!」
「馬鹿言え。リースから聞いた、お前がレベル1のまま烈火山洞窟に行って困っていると。烈火山洞窟で通用するなら50レベルMAPでも生き残れるだろう」
この人相変わらず無茶苦茶言うなぁ……。
「……仮に連れて行ったとして、私に何ができるって言うのさ」
「それを決めるのは自分だ。人に聞くな」
「無茶苦茶な上に無責任だよこの人……。他の攻略組がいい顔しないんじゃない?」
「他人の顔色を見てもDPSは上がらん」
「もう細かいこと全部投げ捨ててなんでも良いから付いて行きたくなる」
覇王様まじぱねぇっす。常識を3枚くらいぶち抜いた先に住んでいらっしゃる。
「そもそも席はあるの? フィールドボスって上限でも50人までしか挑戦できないよね?」
「今生き残ってる攻略組は30人とちょっとだ。数は割っている」
そっか、30人以上生き残ってるのか。
一周目の時は確か攻略組26人で挑んだから、少しは良くなっているみたいだ。
「空いた枠を埋めようと中堅層で見込みの有りそうな奴にも声をかけている。そのついででお前にも声をかけた」
「じゃあ私じゃなくて中堅層いれようよ」
「お前は下手な中堅層より弱いのか?」
「世間一般はそう判断すると思うよ」
「そんなもの犬に食わせろ」
ひゅーっ! 覇王様ーっ! マジかっけーっす! もうついてく! 一生ついてくこの馬鹿野郎!
「はぁ、もう……。どうなっても知らないからね」
「それでいい。決戦は明後日だ。期日になったらパーティに誘う」
「え、ヨミサカパーティってまだ空きあるの?」
「うちのパーティは今4人しかいない。ちょうど1枠開いている」
「なんでまたそんな戦力縛りプレイみたいなことを」
「さあな。何度か5人目を入れたが、どいつもこいつも途中でついてこれずに離脱した」
ああ、うん。ヨミサカパーティってそういうところだったね……。
変態じみたPSとネジがぶっ飛んだ頭で、とち狂った無茶苦茶を押し通すバトルジャンキーの集まり。攻略組でも一際異彩を放つ変態集団、それがヨミサカパーティ。
たった5人でフライハイト率いる攻略組最大手ギルド【帰宅部】とタメを張るアホ共だとか、攻略組のキチガイ隔離病棟とか呼ばれたこともあったような無かったような。斬新な褒め言葉だと思う。
「じゃあな。準備しておけ、ラストワン」
「はいはい。生き残れるよう最善を尽くしますよ」
「ああ、それとだ」
去り際にヨミサカは私に向けて指をさす。より詳しく言うなら、私の目を。
「殺気、漏れてるぞ」
おっと。
アトリエにおいてある鏡を見る。瞳はわずかに輝いて、ほのかに殺気が漏れ出していた。
目をこすってにっこり笑う。よしよし、これでオーケー。
「……つくづく惜しいな。ラストワン、今からでもうちに来い。お前の居場所はこっちだ」
「あー……。その、私はロザリオ作らなきゃいけないから」
「そうか」
ばいばいと手を振るとヨミサカは去っていった。油断したなぁ。
ここ最近すっかり戦ってなかったから、やっぱり溜まるものは溜まるんですよ。いい機会だし、ちょっとだけ暴れてこようかな。
*****
準備期間はあっという間に過ぎ、ボス戦当日。
「ってことで、これからボス戦することになった」
「おう、そうか」
「意外と反応が薄い」
銀太を連れて秘密の花園、隠された霊園へ。花を編んで『魂呼の花飾』を作る。
「いやだってよ、店長って絶対生産職じゃないじゃん。根っからのバトルジャンキーじゃん。収まるべきところに収まったって感想だわ」
「私このゲームで生産しかしてないのに……」
「そっちのほうが異常に思える」
ひどいひどい。私はこんなに頑張ってるのに。
もういい家出する。家出して旅に出る。私より強いやつに会いに行く。
「……俺も強くならなきゃな」
「――力が欲しいか?」
「欲しいって言ったらどうなるんだ?」
「スキル禁止で50レベルMAPにキャンプかなぁ。慣れてきたらアイテム、防具、武器と縛っていく感じで」
「おのれ邪神め。貴様の甘言には乗らんぞ!」
「聞いてから言わないでよね」
ヨミサカじゃないけどレベルなんて飾りってのは同意見だ。カンストは当然であって、カンストすれば強いってわけじゃない。強さってのはもっと別のものだ。
その先に行くためならPSを磨くしかない。強さってのは経験値じゃない。戦術の組み立てにアドリブ力、それを実現させるだけの研ぎ澄まされた技術と冷静な判断力。後は闘争心と運だ。
編みあがった『魂呼の花飾』を頭にのせる。
「へへー、似合う? 似合う?」
「邪神様のお召し物にしてはファンシーすぎるな」
「失礼な」
『魂呼の花飾り』を装備したまま、【千剣万華】をちょっとだけ。
大きく動いても視界の邪魔になることはなさそうだ。これなら特に問題は無い。
おっけー。最後の準備は終わった。セーフティゾーンの前まで戻って、銀太とのパーティを解散する。
「じゃ、行ってくる」
「おう、行って来い」
パンッとハイタッチして転移石に触れる。行き先は世界樹の大門。
さあ、楽しんでこよう。




