1章 1話
1章はサンプルです
この方向性で加速していきます。お付き合いいただけると嬉しいです
この時点でも気づいている人がいるのか、周りからは「ログアウトができない」という声がちらほらと聞こえる。GMコールをしたり、事情を聞こうとNPCを問い詰めている人もいるようだけど、それらの努力は一切合切無駄になる。
いくらコールしてもGMには繋がらないし、大神殿でじーっとしていても事情を説明してくれる人はあらわれない。初めての人死が出てこの世界がデスゲームだということが分かっても、それは同じだ。
(……知ってる範囲で情報流すのが優しさなんだろうけどなぁ。下手に事情知ってるっぽいこと言っちゃうと、殺気立った群衆に吊るしあげられる未来しか見えない)
それに、デスゲームってわかった直後はみんなが慎重に動いてくれる。その分攻略が遅くなるのは利点だ。
一周目の敗因としては、攻略組の進行速度が速すぎて生産職の成熟が間に合ってなかった結果、満足な補給を得られないまま決戦におもむいたことが大きい。現実に帰りたくてたまらない攻略組は他と足並みをそろえるなんて考えもしなかったからなぁ。私もその一員だったんだけど。
(……あれ? そうなると私、攻略組よりも生産職に回ったほうがいいのかな?)
んー。攻略組の最前線張ってただけあって戦闘には自信あるけど、記憶引き継ぎのアドバンテージを活かすんだったら戦闘よりも生産の方がいいのかな。
まあいっか。やれること全部やればいいんだ。何か1つしかできないなんてことはないんだから。
(とりあえず当面の目標は、攻略組の攻略速度を上回る速度で生産基盤を固めること。お金を出せば最高品質の消耗品が手に入るところまで目指したいね)
欲を言えば原価スレスレで投げ売りされるところまでやりたいけど、そこまでやるのは蛇足だろう。たとえ高くても流通しているのとしていないのとではワケが違う。
それに至るまでのルートを頭のなかで概算し、手順を軽く考える。
(ま、何やるにしてもまずは軍資金かな。それじゃまあ、さーっと先行利益を掠め取りに行きますかぁ)
事前知識をフル活用して最短ルートでゲームを進め、先行利益をかっさらう。出しぬいた最初の1人が全てを持っていくルール無用のバトルロワイヤル。
そう、スタートダッシュはゲーマーの嗜みだ。
*****
(まず真っ先にやることっつったらアレでしょう)
行動を決めたら迅速に。サービスイン直後は一分一秒が貴重なリソースだ。無駄にする時間なんてない。
喧騒に包まれた大神殿を抜け出ると、入口前の庭に出る。綺麗に整備された緑あふれる庭で、その真ん中にはひときわ大きな樹がそびえ立っている。
この樹はいわゆるご神木ってやつだ。確か設定によると世界樹を株分けしたものだというけど、プレイヤーにとって大事なのはそういうことではない。
樹の下に積もっている枝を一本拾い上げ、フォーカスを当てる。視線を固定すると自動で鑑定ウィンドウが立ち上がり、しばらくぐるぐる読み込んだ後に鑑定結果をはじき出した。
『世界樹の若枝』
(若造先輩、今回もお世話になります)
偉大なる若造に感謝の念を送り、『世界樹の若枝』をアイテムボックスに放り込む。樹自体が若いせいか、この樹からは若枝しか採れない。それでも十分に有用なことからついたあだ名が『若造先輩』。若造でも世界樹といったところか。
一日に数本しか採れないから集められるうちに集めておこう。『世界樹の若枝』と、ついでに『世界樹の若葉』も拾えるだけ拾っておく。若葉のほうにはちょっとした効果増強作用があり、錬金の素材になる。あって損は無い素材だ。
状態の良い若葉を拾い集めていると、その姿が見られていたのか他の人達が群がってきた。あまり独占するのも良くはないだろう。ちょうど頭上に落ちてきた若造先輩をもう一本キャッチして、その場を後にした。
*****
城塞都市ラインフォートレス。それがこの街の名前だ。
Myrlaにおいてラインフォートレス以外の街は一切出てこない。おそらくプレイヤーが集まる場所を一箇所に絞ることでコミュニティの活性化を狙ったデザインだと思うけど、そのせいで設定的には人間の住める唯一の場所になってしまってる。この世界の人間って実は絶滅寸前なんじゃないかってのは、このゲームでは言わないお約束。
街の外観としては、海に面した街を巨大な防壁がぐるりと囲む形になっている。狭い防壁内により多くの人口を収容しようと努力したのか、家の上に家が建ち、家の下に家が建つ、家と家とがごちゃまぜになった立体構造都市が出来上がった。
街のど真ん中を通るメインストリートはまだ開けてるけど、ちょっと路地に入ると上も下も建物だらけ。見上げれば空を埋め尽くすロープの群れに洗濯物やら干物やらが山ほど吊るされ、見下ろせばいつの間にか民家の屋根の上を歩いていたことに気がつく。生活感を片っ端から鍋の中に突っ込んでごとごと煮込んだような町並みだ。
(最初の頃は雑貨屋に行くだけで半日かかったなぁ)
そんな迷路のような路地裏を縫い、最短コースで港の方に歩いて行く。初見殺しの町並みも、私にかかれば庭みたいなもんですよ。
細い路地を抜けて港地区に出ると、おだやかな波と大海原がそこにあった。NPC所有の帆船が数隻停泊しており、沖には魚釣りの漁船もちらほらと見える。
「いい天気」
空は青々と晴れて、雲がのんびり流れていく。柔らかい陽光がこれまた気持ちいい。カモメも飛んでるよ。
なんかもう色々平和すぎて眠くなってきた。さっきまでラスボス相手に命がけの戦いしてたとは思えない陽気だ。人生何がどうなるかわかんないもんだね。
アイテムボックスから『世界樹の若枝』と、ここに来る途中で寄った雑貨屋で買った糸を取り出す。クラフトウィンドウを開いてその2つを放り込み、クラフトボタンをぽちり。
待つこと数秒。ポゥンとSEが鳴って、手の中に釣り竿が現れた。
『世界樹の釣り竿』
(初手釣り竿は安定だよねー)
『世界樹の若枝』は一部のクラフトにおいて『世界樹の枝』の代用素材として使うことができる。大きな物を作るには強度が足りず代用できないけれど、釣り竿くらいの大きさなら若造先輩でも十分だ。
ちなみにこの『世界樹の釣り竿』はユニーク釣り竿を除けばトップクラスの性能を誇る。これ以上の釣り竿となるとちょっとやそっとの労力では手に入らないだろう。
(さて)
釣り竿担いでいざ釣りへ。何を隠そう、この私は悠長なことに釣りをしに来たのだ。
(元手なしで稼げるのって、釣りくらいしか無いしなぁ)
釣りは釣り竿さえあれば始められて、ちょっとしたミニゲームをこなせば魚が手に入るっていうお手軽生産要素だ。回数をこなせば熟練度が上がり、難しい釣り場でも魚を釣ることができるようになる。
ここで重要なポイントは2つ。1つ目は必須なのは釣り竿だけで消耗品は無くてもよく、時間さえかければいくらでも魚が釣れること。もう1つは、『回数をこなせば』熟練度が上がること。
つまり釣り熟練度を上げるためには、ミニゲームをクリアして魚を釣り上げる必要はない。釣りに失敗しても熟練度はあがるのだ。
水の流れが溜まる場所に行ってみると、そこでは外洋から流されてきた流木がこれでもかとひしめき合い、芋洗いのような様相を呈していた。
ここにルアーを投げ込もうものなら流木に引っかかり、一瞬で失敗判定をくだされるだろう。
(普通にやるんじゃ、魚がかかるまで3分とかかかっちゃうからね。ここで流木釣ってりゃ一瞬でガリゴリ熟練度が稼げるって寸法ですよ)
手頃な石に座って、流木のど真ん中にルアーを放り込む。すぐさま失敗判定が下され、自動でルアーが手元に帰ってきた。
アイテム化した流木がインベントリの中に放り込まれる。いわゆるゴミだ。こればかりはどうしようもない。
もう一度ルアーを放り込み、失敗判定と共に帰ってくるルアーをぽんぽん送り返す。キャッチボールみたい。
(んー……。思ったより眠いぞこれは……)
休みなく手を動かしながらもあくびを1つ。わかっちゃいたことだけど、生産スキルの熟練上げなんて大体は作業だ。意識が落ちそうで心配。
思考操作でスキルウィンドウを呼び出し、熟練度がじわじわと伸びていることを確認する。相当効率化しているとはいえ、ゆっくり上がっていく熟練度がこれまた眠気を誘ってくれる。
(でもまぁ。こういうのも悪く無いかな)
こんなにいい天気なんだ。デスゲームだからって戦うのが全てじゃないさ。
私は私でのんびりまったり最高効率でやっていこう。