5章 9話
道中カット。
「これくらいの死線じゃ物足りん」
「まあ、烈火山洞窟に行くよりはずっと楽だったな。それでも2回死にかけたけど」
「私は死にかけなかった。不完全燃焼ですよ」
「やかましいわ変態」
「失礼な」
刺激を……! もっと刺激を……!
血を吐き肉をかっ食らうような、憎悪と濁流にまみれた地獄のような刺激を……!
「なあ店長、その地獄趣味もほどほどにしとけよ」
「そんな趣味持ってませんわ」
「どうだか」
さてさて、辿り着いたは秘密の花園最奥部、隠された霊園。花畑が延々と続く秘密の花園の中でも、ここは一際異様な場所になっている。
まず何よりもここには音がない。風は確かに吹いているがざわめきはどこか遠くの世界のように聞こえ、昼夜を問わずそこにある茜空が音を吸い込んでいるような錯覚すら覚える。
そして霊園の中央に咲く一本の桜の木。年中咲き続ける満開の桜は、ただ直感的にこの場所が神聖なものであることを感じさせた。
ここは聖域。死と生の境目にある場所。
「っていう場所なんだけど、なんか感想ある?」
「フラグ立てたらイベント起きそうだな」
「よろしい。ゲーム脳検定2級をあげよう」
「やったぜ。そんで、どうやってイベント起こすんだ?」
「え、いや知らないけど」
「知らないんかい」
詳しくは知らない。でも、イベントを起こすための条件は推測している。
この場所は死と生を司るあの神の領域だ。きっとここのイベントは死がトリガーになっている。
「えーと……、じゃあそもそも何しに来たんだ?」
「ピクニックだよ」
「ピクニックぅ!?」
はい、ピクニックです。
花畑に座り込んで、その辺の花を適当に摘む。わーいお花畑だー。綺麗だなー。
「よーし、花かんむり作るぞ―。ほらほら銀太も一緒にやろうよ」
「……そうか。よっぽどストレス溜まってたんだな。分かった、ここで見ててやるから好きなだけ遊んでこい」
「ちょっと待ってそういう反応は予想してない」
ガチで可哀想な子を見る目で見られた。いやいや冗談だからね。
花をいくつか摘んで、手動で手早く編みあげる。出来上がった花かんむりを銀太に投げ渡した。
「よしよし、上手にできたな。偉いぞ店長」
「その目をやめい。いいからそれ、鑑定してみ」
「鑑定って……、『魂呼の花飾』? なんだこりゃ?」
「隠しアイテムの1つだよ。秘密の花園の隠された霊園で花を編むと、それが出来上がるの。致死ダメージを受けた時、1分間死亡判定を無効化することができる。その代わり効果発動から30分間、一切の回復効果を受けなくなるけどね」
「それって、つまり……」
「死ぬダメージを受けたらHP1で踏みとどまり、1分間無敵化。ただし発動から30分間は、どんな手段を使っても体力も状態異常も回復しなくなる」
付け加えるなら作ってから8時間後に、使用していなくても壊れるということか。
『魂呼の花飾』は死を確実に阻止することができる、見ようによっては『帰還のロザリオ』以上に有用なアイテムだ。
これの作り方はきっと、2週目の今でも知っている人は知っているんだろう。でも作れる数に制限があり、保存も効かないせいで情報は秘匿されている。
「なるほど……。そうかよ、ちくしょう。そんなアイテムがあったのかよ」
「銀太……?」
「ははっ。すげーアイテムだなぁおい。これがあればこんなデスゲームで死ぬ奴なんて居なくなるんじゃねえか? そうだろ、なあおい」
そういう銀太は、努めて明るい口調に反して、どこか悲痛な顔をしていた。
……その顔には、見覚えがあった。深い悲しみと、後悔を秘めた顔だ。
「……一度『魂呼の花飾』を作ったら、霊園は力を失う。次に花飾を作れるのはまた8時間後だ」
「そうかよ……。量産はできないってのかよ。よく出来てんなぁちくしょうがっ!」
銀太は苛立たしげに花を踏みつけると、背を向けて座り込む。その顔は、私からはもう見えなかった。
「銀太……」
「――ダチが居たんだ。昔っからずっとツルンでて、一緒にこの世界に来たダチが。誘ったのは俺だった。あいつはこういうゲーム、好きじゃないって言ってたのによ」
…………。
「いい奴だったんだよ。バカで真っ直ぐで、何してても楽しそうにけらけら笑ってた。あの日も俺とそいつでフィールドに出てたんだ。何時も通り格下のMAPを選んで、何時も通り安全に狩りを進めていった。そうしたらよ、何時も通りじゃないことが起きたんだ。
フィールドの奥から、馬鹿でかい竜が現れたんだよ。ワイバーンじゃない、本物のドラゴンだ。既にプレイヤーが何人か襲われてて、放っておけば死にそうだって一目で分かった」
「竜、か……」
「あいつは『助けよう』って言って一歩踏み出したんだ。俺は『逃げるぞ』って言って一歩引いたんだ。それが境目だった。次の瞬間とんでもねぇブレスが目の前を通りすぎて、あいつは――」
そこまで言って、銀太は口を閉ざして空を仰ぐ。私はそんな銀太の背中を、ただ見ていた。
「今でもあいつが夢に出るんだ。ただ黙って突っ立ってるだけなんだが、言いたいことは嫌でもわかる。『どうしてあそこで引いたのか』って。無茶苦茶言うよな? 突っ込んだら死ぬんだぜ?」
「銀太は、悔いているんだね」
「――そうだよ。俺はあそこで、1人生き残っちまった俺を絶対許せない。だから俺は――」
……まったく。
結局私たちは、似た者同士だってことか。
「私もね……。ここじゃないどこかで、かけがえのない仲間を失ったんだ」
「……そうか」
「うん。もう二度と私は繰り返さない。今度こそは失敗しない。そのために、私はここにいる」
「店長も店長で、色々事情があるんだな」
「そうだね……。今度話すよ。信じてもらえないかもだけど」
「なんだよお預けかよ。ひっでぇ」
おどけたように銀太は言う。暗い話は終わりだと言わんばかりに。
だからそんな銀太に、私は背を預けた。
「無理すんな。ばか」
「……うっせぇよ。ちくしょう、ほっとけ」
「泣きたきゃ泣けっての。後ろ向いてるから」
「1人生き残っちまった俺に泣く権利なんてねぇんだよ……」
「死を悼み、涙で悲しみを流すの。そうしないといつか、背負った十字架に押し潰される」
「俺は……。そんなことができるほど器用でも強くもねぇよ……」
花を摘んで花飾を作る。茜色の空の下、音のない世界で静かな泣き声が澄んで聞こえた。
ただ黙って花を編む。しばらくそうしていると、後ろから叫び声が上がった。
「……だーっ!!」
「わ、びっくりした。急にどうしたの」
「辛気臭いの終わりだ終わり! 俺のキャラじゃねーんだよ!」
「なんかヤケになってない?」
「知るかっつーの! ばーかばーか!」
「小学生か。もうそっち見るけどいい?」
「あっ、ちょ待って。顔拭くから」
インベントリからタオルを出して、背中越しに放り投げる。しまらないなぁ銀太は。
「その……。すまん、当たっちまった」
「気にしてないよ」
たくさん編んだ花飾を、桜の木の前に並べて祈る。
この桜は墓なき彼らの標だから。1人でも多く彼らがここへとたどり着けるようにと、祈りを捧げる。
「そんで、どうすんだ? 『魂呼の花飾』作りに来て終わりか?」
「その花飾、8時間したら壊れるんだよね。だからその間に危ないことしに行こう」
そう言ってツルハシをチャキっと構える。銀太は悪い顔をしてニヤリと笑った。
「おいおい、ギルマスに怒られるんじゃないか?」
「リスク無くしてリターンは無し。挑戦あるのみよ」
「オーケー、面白くなってきた。あ、花飾返しとくわ」
「……いや、それは銀太が持っといて。こう、今死亡フラグがビンビンに立ってるから」
「? そうか?」
回想は死亡フラグといいますか。お約束だけど気をつけようね。
セーフティゾーンまで戻って転移石に触れる。さて、リースに怒られる前にじゃんじゃか掘っちゃおう。
*****
また2時間くらい烈火山洞窟・下層で『宝石の原石』を掘り集めた。意気揚々と街に引き返すと、リースに見つかって死ぬほど怒られた。反省はちょっとだけしてるけどまたやる。
ついでにその時、共犯として銀太もリースに説教されてたんだけど、「君たちはセットで監視対象」ということで銀太が職連に加入することになった。立ち位置としては前線で採集したり、採集組を護衛したりするらしい。本人も乗り気だそうな。
「結局使わなかったな、花飾」
「使わないほうがいいでしょ。あくまで保険なんだから」
「それもそうだな」
8時間の時間制限が切れ、花飾は銀太の手の中で光になって消えていった。さよなら自信作。
その後は銀太に湖鮮丼(海鮮丼の湖ver)なるものを作って食べさせたり、今日は疲れたからここで寝るという銀太を宿屋に叩き返したり、寝る前に『帰還のロザリオ』を作って店に陳列したら何故か花火大会に発展したり。
だいたいそんな感じの一日だった。おやすみなさい。




