5章 4話
嫌な予感ってのは大体当たる。デスゲームでは特に。
樹海の中、大暴れしているのはパラゾンスパイダー。音消しの樹海のフィールドボスで、音も無き暗殺者だ。状態異常のプロフェッショナルで、対策無しでは苦戦を強いられる。
奴から逃げているプレイヤーは3人。1人は麻痺の状態異常にかかったのか動きが鈍く、もう1人のプレイヤーに支えられて逃げている。最後の1人はパラゾンスパイダーに向けて剣を向け、足止めを試みているが長くは持ちそうにない。
(よりによってパラゾンスパイダーか……。マズイな。下手すりゃ死にかねない)
木の上から『アムリタ』を3人に投げ、状態異常と体力を回復させる。麻痺していたプレイヤーが動けるようになって、状況は少し改善された。
「誰だ!?」
双のショートソードを抜き放ち、縦に高速回転しながら飛び降りる。ギャリリリとけたたましい音をたてて、邪魔する枝を切り飛ばしながらまっすぐ降下する。
片手剣スキル【斬空裂波斬】をそれぞれの手で同時に手動再現。パラゾンスパイダーの頭上をずたずたに切り裂いて着地する。
(まあでも、『下手すりゃ死にかねない』方が、『放っておけば3人死ぬ』よりもマシでしょ)
着地と同時に【震脚】を手動再現し、大地を揺らしてパラゾンスパイダーの足を取る。よろめいた隙にすぐさまバックステップで敵のレンジから離れると、目の前をパラゾンスパイダーの爪が真横に薙いでいった。
「お、お前は……?」
「1回言ってみたかったんだよね、このセリフ」
インベントリからナイフを取り出し、パラゾンスパイダーに向けて投射する。投げたナイフはパラゾンスパイダーが振るった爪に当たり、簡単に撃ち落とされた。
「私に任せて先に行け、ってね」
思考操作で鞘を背中から腰へと付け替えて、ショートソードをくるくると回して納刀する。これで【抜刀術】が使えるようになった。
「……! 任せた知らない人! 俺たちが逃げる時間を稼いでくれ!」
「時間を稼ぐのはいいが、別に――、やめとこ。死亡フラグの安売りはやらない主義なの」
「そこまで言ったなら最後までいけよ」
あのセリフ、カッコ良すぎて私にゃ似合わんよ。
っていうかこの人、さっきまでピンチだった割には冷静だな。ジョークを飛ばせる余裕があるってのはいいことだ。
後の2人はこの人ほどの余裕は無いのか、アイコンタクトを飛ばすとまっすぐ逃げていく。そうそう、早く逃げるといいよ。散々カッコつけて登場したけど、私も長くは持たないからね。
――と。
ブォンと音を立てて振るわれる爪を、体を逸らして回避する。続く牙の噛みつきも回避し、敵の引き際に合わせて【抜刀術・朔】を放った。
音速の斬撃は確かに命中したものの、表皮を浅く傷つけるだけに終わった。舌打ちをしてもう片方のショートソードも抜き、パラゾンスパイダーの突進を剣の腹で受け止める。
そのまま後ろにジャンプして衝撃を逃がす。空中をくるくると回転しながら体力を確認。『癒筒ライフ』で最大HPを増やしていたと言え、たった一撃でイエローゾーンにまで達していた。
この分じゃ正面から撃ちあうのは得策じゃないどころか不可能だ。『アムリタ』を飲んで体力を満タンにする。
(困ったぞ。これじゃあ攻撃力が低すぎて足止めにもならない)
一度私をふっ飛ばしてヘイトが減ったのか、パラゾンスパイダーは私から視線を外そうとする。そうはいかんよ。
肉薄し、右手で剣術スキル【スラッシュ】を放つ。続けて左の【スラッシュ】に繋げ、更に【スラッシュ】を3連で重ねていく。そこまで切りつけたところでパラゾンスパイダーは煩わしげに足を振るった。タイミングを合わせてドッジロールの無敵時間で抜ける。
パラゾンスパイダーの背面を取るように抜け、起き上がりざまに【サークルスラッシュ】を置く。そこから【天翔剣】で切り裂きながら頭上を取り、モーションキャンセルを入れて【納刀術・つるべ落とし】を空中起動。真っ直ぐに切り落としつつ剣を納刀した。
そこまでしても、パラゾンスパイダーは私の方を向こうともしない。
(ヘイトはまだ足りないか。もう一度上空から【斬空裂波斬】で奇襲ヘイトを稼ぐ? いや、わざわざ木登りする時間は無いかな)
だったらバーストコンボだ。
【震脚】、【破砕掌】、【天崩乱舞】と格闘スキルを繋ぎ、【煉獄剛蹴脚】を背中にめり込ませる。さすがにうざかったのかパラゾンスパイダーが私の方を向き直そうとし、そのタイミングにあわせて【抜刀術・瞬】で切りつけながら距離を取った。
なんだ、ヘイト足りてるじゃないか。これでもこっちを向かないんだったら奥義ラッシュしようと思ってたのに。
「す、すげぇ……! どういうコンボだよ今の! すげぇよ、あんた!」
「落ち着いて聞いて欲しい。今のコンボ、実はほとんどダメージ入ってない」
「マジで!?」
マジです。
こっちを向いたパラゾンスパイダーは、気味の悪い不協和音で金切り声を上げる。その予備動作には見覚えがあった。
すぐさまその場を飛び退ると、私のいた場所に向けて粘着性の糸を発射する。あれ自体にはダメージは無いけれど、拘束されたところに大技を受ければ即死だ。気をつけないと。
ヘイトがこっちに向いているなら、無理はせずパラゾンスパイダーと間合いをとる。倒す必要は無いんだ。時間を稼げればそれでいい。
横目でミニマップを確認すると、先に逃げていた2人はなんとかセーフティゾーンにたどり着いたようだ。オーケー。なら私たちも逃げよう。
逃げずに残っていた銀髪のプレイヤーに声をかける。
「ねえ、君は逃げないの?」
「俺も戦えるさ。ちょっとはな」
「そりゃ心強い。でもさ、2人で倒せる相手でもないんだよね」
「不可能を可能にするのってカッコイイじゃん?」
「それはまた別の日にやろう」
刃を向けて牽制しつつ、銀髪のプレイヤーに『Saw&Raw』を投げ渡す。彼はパラゾンスパイダーから視線を外さないまま『Saw&Raw』をキャッチし、即座に使用した。
タイミングをはかり、アイコンタクトをかわす。
パラゾンスパイダーは小さく溜めを作ると、私に向けて糸を射出する。体をそらして糸を避けると、糸は私の後ろにある木に貼りついた。間髪入れず糸を手繰り寄せながら高速で突っ込んでくるパラゾンスパイダーを、ドッジロールでやり過ごす。
「今だ、逃げるよ!」
「応っ!」
銀髪のプレイヤーのとタイミングを合わせ、セーフティゾーン向けて走りだす。後ろではパラゾンスパイダーがめきめきと木をなぎ倒しながら走ってくる音が轟くが、かまってられない。
足場の悪い樹海の中を、MAPを確認しながら駆け抜ける。セーフティゾーンまであと少し。脳裏に浮かぶパラゾンスパイダーの位置は、じわじわとだが確かに距離を詰めてきた。
でも、大丈夫だ。この分なら逃げきれる。そう思った時、後ろから気味の悪い金切り声が聞こえた。
(これは――、糸か!)
回避行動を取るために後ろを向いて確認する。パラゾンスパイダーは予測通り糸を射出する構えをとっていた。
銀髪のプレイヤーの方に向けて。
「避けてっ!」
「え、ああ!?」
だめだ、間に合わない。
糸の射線上に強引に割り込み、飛んできた糸に刃を立てる。しかし粘着性の糸は切り裂けず、刃もろとも絡め取られた。
勢いもそのままにふっ飛ばされ、木に叩きつけられる。とっさに銀髪のプレイヤーを巻き込まない角度に受け流すことには成功したが、悪いことにねばつく糸で木に縛り付けられた。
「っ――」
手は動かない。足は少し動くが、スキルを使えるほどは動かせない。他は全部ダメだ。
この状況をひっくり返せるアイテムは――、ポーション? 毒薬? 意味がない。
これは、詰んだかも。
身動きできない私に向けて、パラゾンスパイダーが襲いかかる。牙からは神経毒が滴り、キチキチと音を立てて覆いかぶさってくる。
あはは。蜘蛛だ蜘蛛。ちょーでっかい。複眼と目が合っちゃった。トラウマになりそー。
「~~~っ!!」
肩口に牙が突き刺さり、ぶじゅるぶじゅると神経毒が体内に入ってくる。鈍い痛みが走り、体がびくりと大きく跳ねた。直接体内に毒を入れられようものなら、事前に『プラシーボ予防薬』を飲んでいようと関係ない。問答無用で『麻痺』の判定がくだされる。
毒が体内に入るにつれ、体力が加速的に減っていく。糸の拘束はまだ解けそうにない。
くっそ……。
「人間舐めんなよ、節足動物が……」
密着したパラゾンスパイダーの腹を、わずかに動く足で蹴りあげる。しかしこれくらいではダメージにもならないようで、パラゾンスパイダーは気にする様子も無く牙を突き立てていた。
何度か蹴りあげるが、徐々に重度を増していく麻痺にだんだん足が動かなくなっていく。体力がレッドゾーンに突入した頃には、もう体のどこも動かなくなっていた。
……………………。
終わりか。
「そこを――っ」
ザン、と音がしてパラゾンスパイダーの頭から剣が生える。
生えた剣はまっすぐに頭を割っていき、パラゾンスパイダーは苦しそうにうめいた。わずかにノックバックし、私から牙が外れる。
「どけっつってんだよ八本足ッ!!」
銀髪のプレイヤーが【円月斬】を放ち、私とパラゾンスパイダーの間に強引に割り込む。続く【風衝撃】で敵を大きくノックバックさせた。
「おい、生きてるか!?」
「余裕のよっちゃん」
「ふざけてる場合かっ!」
怒られた。失礼しました。
ちょうどいいタイミングで糸の拘束時間が切れ、麻痺で体が動かず地面に倒れこむ。思考操作で『アムリタ』を取り出し、鈍く動く手でなんとかフタを開けて一気に煽る。レッドゾーンだった体力が一気に回復し、体を蝕んでいた麻痺が解除された。
体は動く。立ち上がって、ショートソードに絡みついたねばつく糸を振り落とした。
「動けるか? 俺が抑える、先に逃げてろ!」
「冗談」
ショートソードをひゅんと振って構え直し、威嚇するパラゾンスパイダーの懐に潜り込む。パラゾンスパイダーの振るう爪をショートソードで絡めとって弾き返し、天地の構えを取る。
受けた借りは、きっちり返す主義だ。
「【千剣万華】ッ!」
密着した状態から千の剣閃を叩き込む。敵がでかいおかげでどこもかしこも斬り放題だ。斬り裂いた表皮から緑色の体液がこぼれだし、その体液もろとも敵を裂く。
おおよそ400回ほど刻んだところか、パラゾンスパイダーの足の一本を切り飛ばすことに成功した。剣速はまだまだ行けそうだったが、【千剣万華】を途中で止めてステップで距離を取る。
「よっし、借りは返した」
「今の技はなんだ……? 人間技なのか、あれは……?」
「理論上は誰でもできるよ」
「まじかよ、すげえな人類」
パラゾンスパイダーが起き上がる前にその場から逃げ出す。幸いにも、セーフティゾーンはすぐそこだった。
ついでに置き土産にナイフを投げて、パラゾンスパイダーの複眼を潰しておく。銀髪のプレイヤーはツバを吐いていた。
 




