5章 3話
『挑戦者のアミュレット』を入手したことで、攻略ルートを大きく短縮できそうだ。
おかげでやることが一気に増えた。倉庫の中に山と積まれていた錬金素材を片っ端からポーションに変え、良いところまで上がっていた錬金術のスキルレベルをカンストさせる。
次に露店を巡って最前線の素材を買い漁り、錬金術で調合。販売用じゃなくて自分用だから、自分が使いやすいよう微調整したポーションを作っていく。
続いてリースの元を訪れる。
「やほー、リース。元気してた?」
「あら、アトリエから出てくるなんて珍しいですね。ここに来たってことは、そういう事ですか?」
「うん。そういう事」
その通り。お外に出かけるから装備を作りに来たんです。
「歓迎しますよ。ラストワンさんはいつかうちのパーティに来てくれると信じていました」
「待って待って。どうしてそうなるのさ」
「? 生産コミュニティに入りに来たのでは無いのですか?」
「違う違う。だから私が生産コミュニティに入っても……、あー」
待てよ。外に出て探索するようになるんだったら、コミュニティに入る旨味はあるのか。でも私はレベルを上げるつもりは無いから、戦闘面において足を引っ張ることになるし……。いやそもそも、戦闘に巻き込まれたら経験値が入っちゃう。
『挑戦者のアミュレット』は強力なんだけど、性能が尖りすぎてて運用が難しい。パーティの理解と協力が得られないなら旨味があるかどうかは微妙なところだ。
「まあその、保留にしといて」
「おや、意外と脈ありでした。フィールドで採集する用事でもできたんですか?」
「ちょっと面白いアイテムを手に入れてね。これ、『挑戦者のアミュレット』って言うんだけど」
リースにアミュレットを見せて、効果を軽く説明する。話を聞いたリースは、ビシリと音を立てて固まった。
「……なんでそう、どこからともなくとんでもないアイテムを掘り出してくるんですか、あなたは」
「いやぁ。こればっかりは私としても想定外で。本当にたまたま手に入ったアイテムでさぁ」
「なるほど……。それで、どうするつもりですか?」
「ちょっと30レベルくらい格上のマップに挑んでくる」
「馬鹿ですかっ!?」
声を荒げて立ち上がるリース。その剣幕に、思わず一歩下がる。
「分かってるんですか? 死んだら死ぬんですよ、この世界では! なんでそこまでリスクを負う必要があるんですか!?」
「それだけリターンが大きいんだよ。上手く行けば前線の人死にを大きく減らせて、失敗しても私一人が死ぬだけで済む。分の良い賭けだ」
「だからって……! そんな割り切り方あんまりですよ! あなたは自分の命をなんだと思ってるんですか!?」
「リソース」
「ばっかやろーっ!」
マジギレされた。リースがブチ切れたのを見るのは初めてだ。
「まあまあ、そう言わないでよ。何も無策で突っ込むってわけじゃないんだから。私だってそりゃ簡単に死ぬつもりはないし、できるだけ安全は確保するつもりだよ」
「……本気でやるんですか? マジで?」
「マジマジ。マジモンのマジ」
「…………。分かりました、少々お待ちください」
リースはしばらく躊躇した後、ものすごい勢いで金床を叩き始めた。けたたましく火花がはじけ飛び、火花に埋もれてリースの姿は見えなくなった。
しばらく生産ドームの一角が花火と化したと思えば、ふと荒れ狂う火花が消えて中からリースが出てきた。
リースは真顔で装備を一式投げ渡す。
「ええと……、これは?」
「レベル1で装備できる中では、最も防御力の高い装備です。限界まで強化したのでレベル25装備相当の性能はあります」
「あ、ありがとう……。何もそこまでしなくたって――」
「やれることは全部やります。これは私が決めたことです。いいですね?」
「え、あ、うん。わかりました」
「よろしい。では武器も作るので、欲しい武器種を言ってください」
「あ、えーと。じゃあショートソードを二振りお願いします」
すぐさまリースは火花に変わり、しばらくすると木目状の模様がついた剣が出てきた。リースのやつ、わざわざ『ダマスカス鋼』使ったな。
鑑定してみる。当然のようにフル強化されていた。ここまで来ると職人の意地を感じる。
「柄の長さを調整するので、振ってみてください」
「え、いや別にそれくらいこっちで合わせるよ。そこまですると手間でしょ」
「いいから。さっさと」
リースが怖い。大人しく言うこと聞いとこう。
ちょっと離れて【千剣万華】を手動再現する。今まで使ってた『草薙剣』とかいう収穫鎌よりは数倍やりやすいけど、それでも完全再現には至らなかった。
剣速が鈍ってきたところで刃を止める。
「んーと、1.7センチ削るくらいかな? それくらいで馴染むと思う」
「いいえ、1.95センチですね。ラストワンさん、左手の握りがやや甘いですよ。もう少し内側に向けて力を込めるように握ってみてください」
リースちゃんマジ鍛冶屋。剣のことになると勝てる気がしない。
剣はその場で加工され、手渡された剣をもう一度振る。今度はほぼ完璧に手に馴染み、刃筋のブレも大分少ない。これ以上は私の技量の問題だろう。
「完璧。最高の調整だよ」
「まだ不安ですね……。補助装甲かバックラーでもつけますか?」
「色々付けて機動力が下がるのは逆に危険かな。当たらなければどうということはないスタイルで行くよ」
回避スタイルだからこそ万が一の保険になる防御力は大事なんだけど。昔から回避型でやってきたから今更戦法を変えるのはかえって危険だ。
作業用エプロンを脱いで鎧を装備する。ごっついグリーブとガントレット。頭にはバイザータイプのヘルム、そしてアーマードレス。ショートソードは腰に下げると動きづらいから、体に沿うように背負った。この状態だと【居合打ち】や【抜刀術】は使えなくなるから、戦う時だけ腰に付け替えよう。
「えっへへー。似合う?」
「コスプレみたいです」
「……褒め言葉として受け取っておくよ」
装備の代金をリースに払う。素材持ち込みも無しに飛び込みで装備作ってもらっちゃって、悪いことしてしまった。お詫びに『ミルク飴』を1スタックつけておく。
「ありがとね、リース。それじゃあまた来るよ」
「ええ。無事のお帰りをお待ちしております」
「あはは。大丈夫大丈夫、盆には帰るから」
「縁起でもないんでやめてください」
軽い冗談なのに真顔で怒られた。すいません。
*****
装備は整えた。道具も揃えた。準備は万端だ。
ラインフォートレスの城門から一歩、外に出る。そこはもう大結界に守られた安全な都市の中ではない。敵がいて、HPが0になれば死ぬ。そんな世界だ。
とくんと、心臓が鳴る音が聞こえた気がした。電子の体に心臓なんてないのに。
(……こんな序盤のマップで、何緊張してんだ私は)
軽く準備運動をして体をほぐす。緊張して体が動きませんでしたー、なんて、冗談でもやっちゃいけない。
草原マップを歩きながらインベントリからポーションを3本取り出す。まずは『マインドフレア』。これは第六感を増幅して見えないモンスターを見つけ出すポーションだ。具体的に言うとハイディング状態じゃないモンスターをミニマップ上に表示することができる。
2本目は『Saw&Raw』。これはなかなかの高級ポーションで、一定時間移動速度を上昇させることができるポーション。効果は単純だけど、移動速度を上げる手段は貴重だ。これの素材は随分と値が張った。
最後に飲むのは『 』。これはその名の通り、敵から発見されにくくなるポーションだ。『 』は特に強度を高めて作ったため、そう簡単には見つからない性能を自負している。
この3本、素材代だけで10万ゴールドはする。販売価格となれば20万か30万はするだろう。安全は金で買うものだ。
試しに始めの草原にいるイモムシに近づいてみる。近づいても反応を示さず、のんきに葉をかじっている。
剣の間合いに入っても、まだ気づかない。座り込んで間近で観察してもまだ気づかない。背を撫でると気づいて体当たりしてきた。よける。
そのまま歩いてイモムシから立ち去る。ただの歩行も移動速度が上昇しているため、イモムシののたのたした歩みでは到底追いつけない。大分距離を離したところで、諦めたのかイモムシはその場の葉を食べ始めた。
(ふむ)
性能は上々。これなら大丈夫だろう。
加速した歩みで先へ進む。目的地は大分遠いし、ポーションには限りがある。活動時間は有限だ。さっさと行こう。
*****
鬱蒼とした森の中、木々の枝から枝へと飛び移る。
ここは26レベルMAP、音消しの樹海。樹海の中を普通に歩いていると、頭上の木々からモンスターが落下してくる危険地帯だ。モンスターの居るところよりも高い場所を移動すれば完封できる。
26MAPともなると『挑戦者のアミュレット』によるレアドロップ率補正は300%を超えている。だけど私の目的地はもっと先だ。こんなところじゃまだまだ足りない。
次のMAP目指して飛び移りながら、ポーションの効果時間を確認する。ドーピングは生命線だ。イージーミスからの即死を防ぐためにも、効果が切れる前に早め早めに飲むようにしている。
(そろそろ休憩しとくか)
ステータス的な意味でも精神的な意味でも、疲労はじわじわと募っていく。木から木へと飛び移るのはスタミナを消費するのは分かっていたけど、精神的な疲労は完全に計算外だ。命がけのスニーキングミッションがここまで精神的にクるとは思わなかった。
リスク要因は少しでも減らしておきたい。疲れたと感じる前に休憩する。時間は貴重だけど安全はもっと高級品。時間で安全が買えるなら安いもんだ。
(確かこの辺に……。あったあった)
記憶の中のMAPと照合して、セーフティゾーンを見つける。枝葉の上から滑り込むように、セーフティゾーン内に着地した。
「おま着」
セーフティゾーンには誰もいなかった。今の最前線はもっと先にある。ここは稼ぎには向かないMAPだし、人がいるとしても私みたいな通りすがりだろう。
セーフティゾーンにある転移石に手を触れ、ワープゲートを開通する。転移石は2~3MAPごとにセーフティゾーン内に設置されており、ワープゲートを開通しておけばラインフォートレスと簡単に行き来できるようになる。活動領域を広げるためにも大事なことだ。
インベントリから『安楽椅子』を設置して小休止。持ってきた『フラッシュストレートジュース』と『フルーツジャムサンド』でスタミナを回復しておく。甘いの好き。
数分座ってスタミナが回復するのを待ち、『安楽椅子』をしまう。出発しよう。日が暮れるまでに行けるとこまで行っときたい。
モンスターを知覚する『マインドフレア』、移動速度を上昇させる『Saw&Raw』、発見率を下げる『 』を飲みなおす。
「……ん?」
『マインドフレア』で知覚したモンスターが、ちょっと先に行ったところでアクティブ化していた。アクティブ化してるってことは誰かと戦ってるってことだ。
ミニマップを見れば近くにプレイヤーが3人いる。そのプレイヤーたちはここのセーフティゾーンの方に向かって移動していて、それをアクティブ化したモンスターが追っていて……、これってひょっとして逃げてる?
「行くか」
状態異常を確率で無効化する『プラシーボ予防薬』、攻撃力上昇の『タミフル』に防御力上昇の『銀吟醸』、更に最大HPを増やす『癒筒ライフ』を服用する。合計1mのフルドーピングだ。
念のためすぐに『アムリタ』を取り出せるよう用意しつつ、木の上に登った。




