5章 2話
昼過ぎの収穫をしようと畑に出るやいなや、ヘラクレスオオカブトがものすごい勢いで突っ込んできた。
突っ込んでくるもんだから反射的に『草薙剣』で斬り飛ばしかけたけど、なんとか寸前で二指真空把に切り替える。角を指で挟んで止め、そのまま投げるとヘラクレスはぴゅーんと飛んでいった。
「あ、ごめん」
投げ飛ばしたヘラクレスは世界樹に突き刺さっていた。角が痛まないよう慎重に外して世界樹にはっつける。樹液飲んでてください。
世界樹の真下からふと見上げると、それはあった。
「あ」
世界樹の枝から下がる、大きなハートの形をした橙の果物。『世界樹の果実』だ。
「ついに生ったか」
ここまで長かった。来る日も来る日も朝昼晩と『ハイポンEX』を与え続けること数週間。この日が来るのをずっと待っていた。
ようやくリグリからの依頼を達成できる。依頼を片付けさえすれば、リグリが気まぐれで農場地区全域に呪いをかける口実を無くせる。あの神様、何してくるか本当にわからないからなぁ。「明日人間滅ぼします」とか言ってもおかしくないし、実際にそれをできる力があるから怖い。
感慨ひとしおに眺めていると、私のリグリセンサーが反応した。まずい、リグリが顕現するタイミングを図っている気配がする。あいつが出てくると私の胃痛がやばい。
ナイフを投げて枝ごと斬り飛ばし、落ちてきた果実を回収する。すぐさま踵を返してこの場を立ち去った。
『待ちなさい』
まおうからはにげられない▼
選択肢1。大女神リグリ様の忠実な信者ラストワンは、すぐさま臣下の礼を取る。胃痛になる。
選択肢2。突如体を貫いた衝動が叫ぶままに、何もかも投げ捨てて明日へと走り去る。リグリの機嫌を損なう。
選択肢3。リグリに斬りかかる。私は死ぬ。人間も滅びる。
(選びたい選択肢が無いよぅ……)
『どうしたの人間。この私が声をかけてやってるのに返事の1つも無いわけ?』
「どうも、リグリ様。2日ぶりですね」
『そうだったかしら? そんなに私と会えるなんて、あなたは運がいいわね』
いいえリグリ様。それはあなたが隙あらば顕現する暇神だからですよ。
そっと思考操作で農場の設定画面を開き、私以外の全てのプレイヤーの立ち入りを禁止する。他のプレイヤーが出てきて下手なこと言おうものなら人間が滅びかねない。それに私個人でどうにかできる範囲にとどめておかないと、最悪の場合私の首1つで収まらない可能性がある。
『ついに出来たようね。大地の恵みの窮極、世界樹の果実が』
「ええ。これをラグア様に届ければいいんですよね」
『あら。私はそんなこと言った覚えは無いのだけれど。人間風情が神の意を汲んだつもりなのかしら?』
「失礼しました。やはり『世界樹の果実』ほどの逸品ともなると、この城塞都市ラインフォートレスの守護神ラグア様にお届けするのが良いかと判断した次第です」
『あなたはつくづく舌が回るわね……』
回さないと死にますもん。
『まあ良いわ。察しの良い人間は嫌いじゃないの』
「この前小賢しい人間は嫌いとか言ってませんでした?」
『うるさいわね。殺すわよ』
「直球すぎる」
今日もリグリ様はデレデレだ。人間が嫌いじゃないとか言っちゃったり、殺すと言いつつ私の首がまだ繋がってたり。リグリ様の好感度がうなぎのぼりで胃痛がやばい。
神様と恋するデスゲーム、Myrlaは好評発売中。今なら胃薬ついてくる。
「それでは私はラグア様に果実を献上して参りますね。一刻も早く」
『あなた、すぐにでも立ち去りたくてうずうずしているようだけど。私の気のせいかしら』
「滅相もない」
感がいいな。チョロ神のくせに。
『まあ良いわ。せっかくだし、私も久しぶりにあの子の顔を見に行こうかしら』
「え。ついてくるつもりですか」
『なんで嫌そうな顔してるのよ。私がついていってあげると言ってるのよ。もっと喜びなさい』
「リグリ様にご一緒していただくのは大変嬉しいのですが、ラインフォートレス内には人間が多数おりますので――」
ちょっと言葉を選ぶ。「リグリ様のご機嫌を損ねかねない」とか言ったら多分『人間風情が私の気持ちを計るとは生意気ね』って怒られちゃう。気遣いが透けると機嫌を損ねる、つくづく面倒くさい神様だ。
「リグリ様のお姿が人間の目に入れば、おそらく混乱を招くかと」
『ふん。人間風情が混乱しようがどうしようが知ったことじゃないわ。でもそうね、確かにわざわざ人間の顔なんて見に行くことも無いわね』
「それは失礼しました」
これで正解。リグリに見えない角度で、小さくガッツポーズを取る。
『いい? あなたは私の眷属として赴くことを深く胸に刻みなさい。あの子に粗相をしでかそうものなら、私直々に罰を与えてあげましょう』
「え、あの、え? 私いつの間にリグリ様の眷属になったんですか」
『たった今よ。喜びなさい』
「……そりゃどーも」
まじかー。まじかー。神の眷属にされちゃったかー……。
眷属ってのは言っちゃえば神様のお気に入りだ。ほぼ神様の身内と言ってもいいレベル。
リグリとはあわよくばこの依頼で縁を切ろうと思ってたのに……。今後ともヨロシクされてしまった。もうやだ。
「それじゃあ私は行ってきますね……」
『さっさと行きなさい。あまり人間に構ってはダメよ。あいつらはケダモノなのだから』
「私もそのケダモノの一員なんですが」
『あなたは別よ。あなたが人の世に汚されるくらいなら、いっそ私の手で――』
「それじゃ」
なんかメンヘラっぽいこと言い出したからさっさと逃げ出した。あの神様、やるとなったらマジでやるから怖い。
*****
大神殿のど真ん中にある大ラグア神像。その裏に隠されている小さなスイッチを押す。
ごごごごと音を立てて仕掛けが作動し、ラグア神像の内部に通じる階段が姿を見せた。中に入る。
内部はラグアの神気に満たされた聖域になっていて、その中心には曰く有りげな十字架が安置されている。
この十字架こそ、ラグア本体の宿るご神体だ。
『我が娘よ、よくぞこの場所を見つけました。ここは我が聖域、冒険者の休息所。しばしの間傷を癒やすが良いでしょう』
「やあラグア様。ご機嫌麗しゅう」
今更だけど、この依頼って真っ向からやると滅茶苦茶難易度高くないか。
まずリグリの依頼の意味を理解し、生育が極端に遅い世界樹を育て上げ、ラグアの居場所を見つけ出す。元から知ってる私にはサクサクだけど、初見でやるには難しいクエストだ。
「今日は用事があって来たの。これ、リグリ様からの贈り物」
ラグアに断ってから十字架の前に『世界樹の果実』を供え、すぐに下がる。ラグアは温厚な神だけど、ご神体に近づきすぎるのはタブーだ。あんまり馴れ馴れしくすると怒られる。
『これは――、なるほど。我が友人があなたにこれを届けさせたと』
「そういうことです。リグリ様、世界樹の生育が遅いからって気にしてたよ」
『礼を言いましょう。大神殿は良き場所なのですが、樹の生育にはあまり適していないようで困っていたのです。これがあれば、樹は今よりも更に大きくなるでしょう』
うんうん。よかったよかった。
ラグアと話すときは気を使わないでいいから楽でいい。どこぞの面倒神とはワケが違う。
「それじゃ、確かにお納めしたよ。では私はこれで」
『待ちなさい、我が娘よ。そう急いで行くことは無いでしょう。せっかくここに来たのです、あなたの冒険譚を聞かせなさい』
「あー、ごめん。私いまだにラインフォートレスから外に出てなくて、冒険譚なんて無いんだ」
『出ていない……? 我が加護を受けておきながら、冒険の1つも行っていないと?』
あ、やば。怒らせたかな。
ラグアを怒らせても、年上のお姉さんに「めっ」てされるくらいで済むけど、ラグアを怒らせたことをリグリに知られるとまずい。人間が滅びかねない。
『ふむ。聞かせてもらいましょう。何故あなたは冒険に出ないのです』
「えーっと……。その。今のところラインフォートレス内で十分なんとかなっちゃってて。命賭けてまで出る理由が無かったというか」
『出る理由が無い、と。……なるほど。なかなか面白いことを言いますね。しかし、それではまだ測りかねます』
「……と言うと?」
『ともあれ、ラインフォートレスから外に出ることなく世界樹の果実を用意したあなたの技量を評価しましょう。褒美を与えます。こちらに来なさい』
ラグアに呼ばれるまま、十字架に近づく。ある程度まで近づいた時、首から下がる重みを感じた。
確認してみると、いつの間にかアミュレットが装備されている。
「これは……?」
アミュレットをフォーカスして鑑定する。『挑戦者のアミュレット』。その文字を見た時、手が震えるのを確かに感じた。
『挑戦者のアミュレット』は、『プレイヤーレベルより上のMAPレベルに挑む時、レベル差に応じてレアドロップ率を補正する』という効果を持つ。レアドロップ率上昇系のアイテムはどのゲームでも強いが、Myrlaでは特にぶっ壊れている。
一周目の時にこのアイテムを入手したのは攻略組の1人。彼は既にレベルが高く、『挑戦者のアミュレット』の効果をほとんど実感することは無かったという。後にこのアイテムは検証勢の手に渡り、数々の検証を受けた結果ゲームバランスを崩壊させかねない神器だということが判明した。
結論から言うと『挑戦者のアミュレット』の効果は、『「MAPレベル>プレイヤーレベル」の時に「(MAPレベル - プレイヤーレベル) ^ 2 / 2」だけレアドロップ率を上昇させる』というものだ。2レベル上のMAPに行っても2%しか上昇しないが、5レベル上なら12.5%。10レベル上なら50%上昇する。
この上昇率は二次関数で跳ね上がっていき、理論上1200%レアドロップ率を上昇させることも可能だ。もっともそれをするには、レベル1の状態でゲーム内最高の50レベルMAPに行く必要があるが。
なお、『挑戦者のアミュレット』の検証に関わった人は遠からずして皆死んだ。死因を語る者は居なかったが、おそらく格上のMAPに挑みすぎたんだろう。
『危険と報酬は表裏一体です。それがあれば、あなたも挑むべき物を見つけられるでしょう。人の生涯はあまりに短い。最期の時まで挑み続けなさい、我が娘よ』
「……面白い。礼を言うよラグア。おかげで私はまだ、このゲームをぶっ壊せる」
『それでこそ我が娘です。生きていればまた会いましょう。その時は、面白い話の1つもできるでしょうね』
『挑戦者のアミュレット』を強く握りしめる。幸いにも今の私のレベルは1。アミュレットの力を最大限に活かせることに、神に感謝した。




