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Myrla ~VRMMOでやりたいほうだい~  作者: 佐藤悪糖
5章 ボイチャと姫プは火事の元
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5章 1話

 朝日とともに目が覚めて、まず真っ先にカーテンを開けた。

 この世界でも太陽は東から登る。鋭角で飛来する陽光が眼に突き刺さり、眼を細めて太陽エネルギーを全身で充電。しばらくぼーっとした後に再起動、ふらふらと洗面台へ向かう。

 顔を洗うとすっきりするのは現実でもゲームでも同じ。家を建ててから取り戻したこの習慣は、ここ最近のお気に入りだ。


 アトリエのオーブンの中に、小麦、チーズ、卵を放り込んで自動クラフト。最近始めた酪農のおかげで乳製品や卵類も手に入るようになった。豚が育ったら自家製ベーコンも食卓に乗せられるだろう。

 がたがたごとんとオーブンが震えること数秒、完成したチーズエッグトーストを皿に載せる。アトリエと店内の境目にあるカウンターでチーズエッグトーストをかじりながら、店内の様子を眺めた。まだ早朝だというのにお客さんが何人か買い物をしている。


「店長、おはよー」

「どーも。おはよう」


 顔なじみの常連客に手を振り返す。鎧を着て帯剣しているのを見るに、早朝から狩りに出かける前にポーションを買いに来たって様子だ。

 プレイヤー店第一号の開店に成功し、物珍しさもあって初日はプレイヤーたちで賑わった。その時についたあだ名が「店長」。ラストワンは呼びづらいみたいだよ。私もそう思う。

 たまに邪神様だとか呼ばれるけれど、そういう不埒な輩は叩き出している。神なんかと一緒にするな、私はプレイヤーだ。


 食卓を片付けて、店内に陳列してあるポーション在庫をざっと確認する。在庫切れしてしまった商品はなさそうだ。

 『アムリタ』はウチの看板商品だけど、売れ行きは日に日に鈍っている。錬金術士の数が爆発的に増えたせいで激しい値下げ競争が起こり、現在は原価をギリギリ割らないところで落ち着いた。

 『ハイポンEX』の方は全く売れないから先日販売中止した。そりゃそうだ。『ハイポンEX』を欲しがる農家なんて大体錬金術士を兼ねている。肥料が欲しけりゃ自分で作るだろう。


 他にも状態異常を高確率で無効化する『プラシーボ予防薬』や、1時間攻撃力を上昇させる『タミフル』、同じく1時間防御力を上昇させる『銀吟醸』なんかも置いてある。こっちは前線に出る人たちを中心に安定して売れているけど、稼ぎにはあまり貢献できていない。HPが減るたびに飲むHPポーションと違って、一本飲めば1時間持つドーピングアイテムはそんなに数が出ない。

 たまーに私が食べたくなった時に『フラッシュストレートゼリー』『フラッシュストレートクレープ』『フラッシュストレートケーキ』なんかを多めに作って陳列することがあるけど、そっちはもうものすごい速度で売り切れる。販売と同時に殺気じみた女性プレイヤーが店に殺到するせいで、出すのがちょっと怖い。


(今日は何しようかな)


 寝間着からいつもの作業着に着替える。インベントリでちょちょっと操作すれば着替えは一瞬だ。

 この作業着は人からの貰い物。最初の頃は特に気にせず初期装備のまま活動してたんだけど、「店長はエプロンじゃなきゃ許さない」と熱弁する縫製職人の人が半ば強引に押し付けてきた。特に不都合無いからそのまま使わせてもらっている。

 ちなみにその縫製職人は後日、「エプロンのまま寝るのは許さない」と熱弁して寝間着も押し付けてきた。おかげでゲーム内だというのに、いちいち装備を着替えなおす毎日を送らせてもらっている。正直めんどい。


 畑の様子を見に行く前に、アトリエの中にある神棚を拝んでおく。

 自宅には神棚を設置して主神6柱のどれかを祀り、祝福を受け取ることができる。気まぐれな神々の祝福を確実に享受できる、重要度の高い施設だ。

 Myrlaの神々は全部で6柱いる。ざっと紹介すると、

 自由と束縛の神ラグア。冒険者の守護神で、大神殿に住んでるおっぱいぼんぼんの姉ちゃん。

 豊穣と荒廃の神リグリ。自然を愛し人間を嫌う、絡まれると面倒くさい女神様。

 深海と蒼穹の神カームコール。この世界の気候を司る、筋骨隆々のジジイ神。

 武勇と叡智の神ゼルスト。武道と魔術の求道者にして、戦いの道を行く者たちを祝福する暑苦しい野郎神。

 金槌と算盤の神アーキリス。生産と商売の神様で、職人気質の髭面おっさん。

 6柱目の神は、まあいいだろう。アイツはいわゆる魔神ってやつで、NPCにもプレイヤーにも蛇蝎の如く嫌われている。信心深いNPCの前では名前を呼ぶだけで怒られるほどだ。自宅に祀ろうものなら魔神崇拝とみなされてもおかしくない。

 うちに祀られているのはアーキリス。アトリエは私の生産拠点だから生産関連の祝福が欲しかったってのもあるけど、定期的に世界樹の様子を見に顕現するリグリを追っ払うためでもある。自然を愛するリグリと人工物を生み出すアーキリスは仲が悪いんですよ。


(今日も破壊神リグリから私をお守りください)


 アーキリスを祀る神棚を毎日のように拝んでるおかげか、今のところリグリがアトリエ内に顕現したことはない。対リグリ用の番犬はしっかり仕事をしているようだ。


 畑に出て、『草薙剣』で作物を収穫して種を撒く。最近はポーションの売れ行きが微妙なこともあって、畑の何割かは趣味の料理のほうに割いていた。野菜の他にも米や小麦も育てていて、最近設置した牧場では牛豚鶏をまとめて飼っている。ゲームならまとめて飼ってもなんの問題ないねやったね。

 牧場には無制限の立ち入り許可を設定していて、たまーに疲れたプレイヤーが動物と戯れに来たりしている。ふれあい牧場はゲーム内でも需要があるらしい。この前ウサギやモルモットも飼ってくれと頼まれたけど、さすがにそこまでやる気は無い。


 で、うちのアトリエ名物、世界樹。リグリが生やしたこの大木は、大量の鮮血もとい『ハイポンEX』を飲み込んで、うちの農場の七分の一を占めるほどに成長した。おかげで生産効率を随分と下げさせてもらっている。

 とは言え悪いことばかりではなく、終盤のマップでしか採れない『世界樹の葉』や『世界樹の枝』が少量収穫できる。そのおかげもあって、『世界樹の葉』がキー素材になっている『癒筒ライフ』の開発に成功した。

 『癒筒ライフ』は1時間最大HPを増加させられる極めて有用なポーションなんだけど、『世界樹の葉』が少量しか採れないせいで攻略組の人にだけ個数制限をかけてこっそり売っている。量産の目処は立っておらず、陳列販売することはしばらくないだろう。


「さっさと大きくなって実をつけろよー」


 世界樹の根本に『ハイポンEX』をボタボタと投与する。最近ではリグリが顔合わせる度に『約束はまだなの?』とか『さっさとしないと加護を取り上げるわよ』とか『たまにはあなたから経過報告しに来なさいよ』とか煽ってくるんですよ。もう鬱陶しくてしょうがない。

 ついでにインベントリからヘラクレスオオカブトムシを取り出し、世界樹に貼り付けておく。この前間違えて180度のオーブンに放り込んで、30分間じっくり焼き上げたせいで羽がこげ茶色になってしまった。世界樹の樹液飲んどけば元に戻るだろう。


 さて、畑の世話が終わったら釣りの時間だ。ポーション販売が儲からなくなった分、釣りは大事な収入源になっている。

 テラスの縁に腰掛けて釣り糸を垂らす。この湖は豊穣と荒廃の神リグリを祀っているだけあって自然が豊かだ。色々釣れるから釣ってて飽きない。

 このテラスも釣り人の皆様に一般開放している。たまーに夜中にふと目が覚めると、夜釣りをしている人がいたりして心臓に悪い。

 というか、うちのアトリエ、人うろつきすぎである。


 のんびり釣ること数十分。湖の真ん中にじわじわと大地色の光が集まっていったけど、アーキリスの神棚に祈ると光は消えた。リグリちゃんざまぁ。


「お嬢ちゃん、隣失礼するよ」

「ああ、じいさん。おはよ」


 急に湧いたじいさんが私の隣で釣り糸を垂らす。

 このじいさんは最近出現法則がつかめてきた。何らかの生産行為に携わっている時、30分ごとに出現判定が下されるようだ。判定の確率は生産行為によって変わり、一番確率の高い釣りではおおよそ50%の確率でじいさんが現れる。ふたり以上のじいさんは同時には現れない。

 長時間釣りしてるとまず間違いなく現れるため、今ではすっかり釣り仲間だ。常連客のつけたあだ名は「ロリコンじじい」、略して「ロリじい」。ロリにしてジジイという老若男女の4属性を兼ね備えた究極生命体と化した。

 さすがに酷すぎるから、私は今までどおりじいさんと呼んでいる。


 くいくいと竿が引き、カンストした釣り熟練度の赴くままにタイミングをあわせる。ヒットした感触とともに『蒼海龍の釣り竿』が黄金色に輝いて、巨大な魚影が姿を表した。


「なんだ、またネッシーか」

「お嬢ちゃんはよくネッシーを釣り上げるのう」


 ネッシーはこの湖の主だ。リグリのペットの一匹で、なんだかんだでリグリとは今のところ仲いいから釣っても逃がすことにしている。これもご近所づきあいってやつだ。

 ネッシーの口をこじ開けて針を外し、インベントリから取り出した『アユサンマ』を与える。んぐんぐと『アユサンマ』を飲み込んだネッシーは、独特な深い音色で鳴いて私の足をくわえた。

 そのまま湖に引きずり込もうとする。


「やめい」


 ネッシーの顎を蹴っ飛ばすと残念そうに湖の中に帰っていった。まったくもう。人を襲うんじゃないよ。


「お嬢ちゃんはネッシーに好かれておるのう」

「じいさんや。あれは捕食のために湖に引きずり込もうとしているんだよ」

「何を言うか。あの鳴き声はネッシーの求愛行動じゃよ」

「なにそれこわい」


 ネッシーは湖の中心から頭だけを出して、無機質な瞳で私をじっと見つめていた。猛毒ポーション『言いたいことも言えないこんな世の中』のフタをきゅぽんと開けると、ネッシーは静かに水の中に消えていった。

 『言いたいことも言えないこんな世の中』をインベントリにしまう。覚えておけネッシー。貴様ら水生生物の棲家など、毒の一本で簡単に滅ぼせるということを。


 その後は昼まで釣りしたり、お昼ごはんに釣れた魚焼いたり、匂いを嗅ぎつけてきたプレイヤーたちに『アユサンマ定食』作ったり。最近はこんな感じのスローライフな日々を送らせてもらっている。

 のんびり流れる時間に、ふとこのゲームがデスゲームだってことを忘れる事もある。

 だからそろそろ、何かを始めるにはいい頃合いなんじゃないかなって。何の脈絡もなく、ただそう思った。

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