プロローグ 2話
「いい目をしている」
意識がぶち切れる直前に、そいつは、そう言った。
いや、既に意識なんて無いのかもしれない。とっくに私は死んでいて、だとしたらこうして考えている私はなんなんだろう。
ともかく、私はあいつに――ウルマティアに負けて、首を切り飛ばされて死んだ。そして今にいたる。
よくわからない。理解を超えていることはわかった。
「死なせるには惜しい目だ」
そいつは、そう言った。
「よく言われるよ。くりくりお目目がチャームポイントってね」
「愛らしくは無い。視線だけで射殺さんばかりの強く輝く瞳だ」
歓喜と殺意に満ちた狂人のような瞳って言われます。
それに比べればまだマシな評価なのかな。どうでもいいか。
「んで、君は誰」
「実にいい目をしている」
会話が通じない。本当になんなんだこいつ。
目を凝らして見ようとするも、そいつの姿はうまく捉えられない。なんというか、白くぼやけたモヤのような、とらえどころのない姿をしている。
よくわからない。わからないことばかりだ。
「本題に入ろう。お前は求め、我は応えた。相違無いか」
「相違無いって言われても、私としちゃ何が何やらさっぱりだよ。もちっと分かりやすく」
「死ぬ間際に叫んだだろう」
ああ、やっぱり私は死んだのか。でも死ぬ前に叫んだ、って言うと。
「『死んでたまるか』って、叫んだ覚えならあるよ」
「そう、それだ。お前は求め、我は応えよう」
「よくわからないけど、生き返らせてくれるってこと?」
「それは無理だ」
無理なんかい。
なんなんだこいつ。ちっとも掴みどころが無いぞ。会話する気はあるのか。
「お前の求めは『死んでたまるか』だ。生き返らせてくれではない」
「まどろっこしい。結論を言え結論を」
「お前は死ななかったことにしよう」
「あーうん、分かった分かった」
そうかそうか、死ななかったことになるのか。よくわからん。
考えるのが面倒になって適当に相槌を打った瞬間、視界が輪転した。
ぐるりぐるりと、大きく、力強く回っていく。回るのは視界か、私か、それとも世界か。
「巻き戻された世界で、お前は再び道を歩むだろう。お前の人生がそうであったように、どんな道を行くかはお前が決めることだ」
感覚的に理解した。いや、理解させられた。回っているのは――巻き戻っているのは、時間そのものだ。
『死んだ』という結果も、何もかもを無かったことにして、全てが巻き戻った世界を歩みなおせる。
タイムリープからの地獄の2周目か、悪くない。
「ねえ、この場合記憶ってどうなるの? 全部忘れてもう一周とか言わないよね?」
「記憶の保持はお前の求めにはない。まっさらな気持ちで楽しんでくると良い」
「それじゃ困る。無かったことにできないことがあるんだ。みんなの遺言とか背負ってるから、忘れちゃいましたーなんて言ったら枕元に立たれちゃう」
「お前の安眠など知ったことではない。サイコロを振り直せば結果は変わる。我にはそれで十分だ」
「何を言ってるか分かんないけど、あの悪意に溢れた世界じゃ何回やりなおしても結果は同じだよ。違う結末が見たいならサービスしてよ」
「ふむ、一考の余地はあるな。ならば問おう。何を求め、何を差し出す?」
そう問うたそいつの口元は、わずかにつり上がったように見えた。
なんとなくだけど地雷の匂いを感じ取る。迂闊なことを言えば途方も無い代償を背負わされると、そう感じた。
この世界で培った直感は当てにすることにしている。結構当たるんだ、私の直感。
「今生の記憶の保持。後は何とかする」
「そんなものでいいのか。強さに直結する力を与えることもできるのだぞ」
「代金が高いんでしょ?」
「くくく、まあな」
そいつは、初めて感情らしいものを動かしたように見えた。だから何だって話だけれども。
「んで、私の記憶はいくらで買えんの?」
「そうだな。瞳の少女よ、名は何と言う」
「最近よく名前を聞かれるなあ。私の名前は」
自分の名を答えようとして、口を閉ざした。多くの後悔と共に私は死んだ。死者の名を騙るのは冒涜だろう。
目をつむり、少し考える。誰も彼もが死んでいく世界で、最後まで戦い、そして散った――否、生き残ってしまった者の名だ。
「敗残兵。次はそう名乗るよ」
「そうか。なら、前の名前を貰うことにしよう」
「死人の名前だ。手厚く弔ってほしい」
「瞳の少女よ、さらばだ。遠い未来のどこかで、膨大な可能性の果てに、巡り逢えたらまた会おう」
ありがとう、と呟いた言葉は、そいつに届いたのだろうか。輪転する世界が収束し、そうして私は巻き戻った。
*****
目を開くと、白い塔の頂上に立っていた。
見上げれば銀天の空。眼下には無限に広がる白い雲海。星と雲に挟まれた白い塔の頂上に、私は立っていた。
確か、この場所は……。
「Myrlaの世界へようこそ! 既存のセーブデータが存在しません。新しい冒険者を作成しますか?」
懐かしい声がして、そうして再び私の世界が始まった。
*****
Myrla。ファンタジー系のアクションVRMMOであり、私を含める多くの人々の命を奪ったデスゲームだ。
この世界に囚われた私は仲間たちと共に最前線を駆け抜けていったが、結果として攻略組は壊滅。唯一生き残った私もラスボスのところまで単身特攻をしかけたが、返り討ちにされて殺された。
そしたらよくわかんない奴に時間を巻き戻してもらい、気がつけばキャラクター作成画面に突っ立っていた。
ざっくり言うとそんな感じだ。私も何がなんだかあんまりよく分かってない。
「私の人生、マジ超展開」
「『マジ超展開』というキャラクターは存在しません。既存のセーブデータが存在しません。新しい冒険者を作成しますか?」
「うるさいなポンコツAI。ちょっとは頭を整理させろっての」
「『ポンコツAI』というキャラクターは存在しません。既存のセーブデータが存在しません。新しい冒険者を作成しますか?」
「あーもう、わかったわかった。新規キャラクター作成」
ゲーム内のAIは中身入りと見間違うほどリアルな反応を返すのに、ログインサーバーのAIはなんでこうポンコツなんだろう。ゲームの玄関なんだからもうちょっと頑張れよ。
まぁ、このAIに付き合わされるのも今回だけだ。なんせ一度ログインしたらログアウトはできない。これが最初で最後のログインになるわけだ。
……あれ、そもそもゲーム始めなければいいんじゃない? それでデスゲーム攻略完了じゃない?
「キャラクターネームを入力してください」
「キャラクター作成をキャンセル。ログアウトして」
「エラーコード:014-0001。ログアウトは現在システム管理者により制限されています」
「VR-ギアのコンソール起動。Myrlaを強制終了」
「エラーコード:026-1420。コンソールは現在システム管理者により制限されています」
「VR-ギアの強制シャットダウン」
「エラーコード:034-3461。シャットダウンは現在システム管理者により制限されています」
「……っ! 管理者権限でMyrlaをアンインストール!」
「エラーコード:049-2033。管理者権限は現在システム管理者により制限されています」
「コール・サポートセンター! もしくはコール・110番!」
「エラーコード:055-4019。外部へのコールは現在システム管理者により制限されています」
「住居管理AI、聞こえる!? 今すぐVR-ギアに供給する電力を遮断して!」
「該当の操作を行うと脳に重篤な障害を負う危険があります。実行しますか?」
「するわけねーだろ! ふっざけんなこのポンコツAI!」
「キャラクターネームを『ポンコツAI』にしますか?」
~~~~~っ!!!
「ゲーム起動しただけでVR-ギアのシステム権限ごと掌握されるってどうなってんだよ! 前世紀生まれの電子卓上計算機ならともかく、仮想現実端末のあずきバーより固いセキュリティがここまでメタメタにされてたまるかっつーの! 最新技術舐めんなばーかばーか!」
「システム管理者よりメッセージが届いております。『おめでとうございます! あなたはゲーム内でエラーコードを5つ発生させた初めてのプレイヤーです! なお、この偉業に関して称号や特典などは一切生じませんので悪しからず』」
「黒幕まで出てきて煽ってんじゃねーぞこんちくしょおおおおおおおお!!!」
ああもうっ! やればいいんでしょ、やれば! 分かってたよ逃げられないことなんて!
元々逃げる気なんてさらさらなかったし! 仲間見捨てて私一人逃げるなんてできないし! 今ならログアウトできるかなーって興味があっただけだし! 悔しくなんてないもんね!
……ちょっと泣きそう。つらい。このゲームまじつらいよ。さすがデスゲーム。
「……新規キャラクター作成。外見はスキャンデータに準拠して」
「スキャンデータをそのまま使用すると、個人情報が特定される恐れがあります。本当に使用しますか?」
「今の情報社会で特定されない個人情報なんて無いよ。それに下手に身体データいじると感覚がブレるじゃん。あれ、嫌なの」
「スキャンデータを使用しました。キャラクターネームを入力してください」
表示されたホログラムキーボードでラストワンと入力し、OKを叩く。キャラクター作成が終わると人形が形作られ、その中に私の意識が入り込んだ。
軽く体を動かしてみる。長い間慣れ親しんだ体だ、違和感はほとんど無い。
一周目の時はデータで作られた体に上手く馴染めず、何もないところで転んだりもしていた。昔のことを思い出して少し笑う。
「以上でキャラクター作成を終了します。それではMyrlaの世界をお楽しみください」
このゲームのキャラクター作成は外見と名前だけで終わりだ。クラスなんかもあるけど、そういうのは全部ゲーム内で覚えていく。
キャラクター作成を終え、始まったオープニングムービーを迷うこと無くスキップした。オープニングがストーリーの導入部分になってるけど、まあ言っちゃえばMMOのストーリーなんてカレーの福神漬みたいなもんだ。あれば食べるけど、無くても困らない。人によっては除けることもある。
そうしてオープニングをすっ飛ばし、スタート地点である大神殿に降り立つ。
降り立つと同時に始まるチュートリアルをとりあえず保留して、まずは時間を確認する。時刻はサービスイン直後、スタート地点の大神殿には既に多くのプレイヤーがひしめいていた。
すれ違う人たちの顔を見れば、大体は知らない顔ばかりだけどたまに見覚えのある顔も見かける。死んだはずの人の顔を見て、ちょっとだけ胸が高鳴った。
(……本当に時間が巻き戻ってる。夢じゃないんだね、これって)
試しにほっぺをつねってみたけど、頬を触っている感覚がするだけでまったく痛くない。そりゃそうだ。ここは仮想現実、剣でぶった切られても多少の衝撃を受けるだけで済む世界だ。
時間を確認するついでにログアウトコマンドも確認してみる。メニュー欄のログアウトコマンドは灰色になっていて、触れてみても何の反応も起こさない。
(わかっちゃいたことだけど。ここはもう鳥かごの中ってね)