4章 6話
家の設計図は買った。材料も揃った。
さあ建築だと意気込んで、自分の畑まで帰ってきた。
「…………」
見上げる。
天を衝く大樹がうちの畑にそびえ立っていた。
「なに……この……、なんだこれ……?」
拡張して広がった農地のど真ん中、鮮血に塗れていたはずの農地は正常な土色を取り戻していた。謎の種から芽吹いた熱帯情緒あふれる植物群に囲まれ、一際でかくて大きな巨大大樹がでかでかと生えている。
これだけでかい樹となると、心当たりは1つしかない。
木の側までいって調べてみる。落ちていた木の葉を一枚拾って鑑定し、乾いた笑いを漏らした。
「これ、世界樹じゃん」
なんだこれ。なんでうちの畑に世界樹が。もうわけわかんないマジありえない意味不明すぎぃー。
謎の種からは世界樹どころか樹木系は一切生えないはず。『世界樹の果実』を植えれば世界樹が生えることもあるけど、そもそも『世界樹の果実』なんて入手していないからあり得ない。
最近植えたのと言えば『救命草』や『謎の種』くらいだ。となると、うちの畑からこれが出てくる道理は……、あ。
「ひょっとして、『世界樹のカカシ』……?」
天高くそびえ立つ世界樹を見上げる。その頂点は雲の手前まで伸びているが、オレンジ色の――『ジャック・O・ランタン』のようなものが先端にくっついているのが見えた。
いやいやいや……。んなアホなことあるかい……。
(推論になるけど……。世界樹ってのは生命力の象徴だ。枝が落ちて釣り竿に加工され、さらに2つに折ってカカシになった後も樹が生きていたとしたら? カカシを植えたつもりで畑に挿し木して、鮮血の大地の過剰な養分を吸い上げて世界樹が復活した? いやでもそんな簡単に世界樹が育てられるなら、一周目の時に誰かが発見していたはずだ。きっと何か、もっと別の要素が……)
『あら。大きくなったじゃない』
頭のなかに鈴のように透き通った声が響き渡る。不思議な神気が周囲に満ち溢れ、大地の色をした光が湖の祠から飛んできた。
「あなたの仕業か、リグリ」
『様をつけなさい、人間』
それは豊穣と荒廃の神リグリ。分体とは言え、ご本人様がわざわざ出張ってらっしゃいましたか。
にしても、リグリが一枚噛んでるのかぁ。面倒事の予感しかしない。
「聞かせてください。なんでこんなことを?」
『私は何もしていないわ。全てあなたがやったことよ。樹を植えて、水と肥料を撒き、育て上げた。違うかしら』
「人の手では世界樹は育ちませんよ。人間にはそんな力はない」
『あら、分かってるじゃないの。人間には自然の力は扱えないわ。あなたはちゃんと分をわきまえているようね』
神様っていう生き物はとんでもないワガママで、人間のことをゴミとも思っていない。機嫌を少しでも損ねようものなら末代までしっかり祟られ、逆に気に入られれば国ごと祝福されたりもする。罰も祝福も神様の気分次第だ。
中でもこのリグリって神様は人間のことを毛嫌いしていて、曲者揃いの神々でも特に気をつけないといけない。ただ、好きなものと嫌いなものがはっきりしているから、気をつけさえすれば殺されずに済むかもしれない。
リグリの好きなものは自然と安寧。リグリの嫌うものは人間と闘争。さあ頑張ってコミュニケーションを取ってみよう。
「リグリ様の御心は知れませんが、世界樹は良い樹ですね。それで、何が望みなんですか?」
『望み? 私があなたに何か1つでも望めるとでも? 人間風情が思い上がらないで頂戴』
いきなり失敗した。これくらいでへそ曲げるんだから気難しい。
でも神様がわざわざ出てくるってことは、大抵頼みごとを人間に押し付けに来たってことなんですよ。お約束ってやつで。
その頼みごとを引き受けないってのは問答無用で神様の機嫌を損ねることになる。そのくせリグリは人間嫌いだから、こちらから下手に出て頼みごとを聞き出さなきゃいけない。もう本当面倒くさい。
「……こほん。自然の勢力をより広げるために私の微力を尽くしたいのです。何か道を示してもらえませんかね」
『あら、人間にしては殊勝じゃないの。いいでしょう、喜びなさい。あなたみたいな下劣な種族でも私に尽くせることがあるわ』
「そりゃどーも」
この言い草である。勝手に出てきて、好き勝手言って、面倒事を置いていく。これが神様ってやつですよ。
『我が友人に土産を持って行きなさい。冒険者のあなたには適任でしょう』
「おっけー。何を持っていけばいいです?」
『それくらい察しなさい。私からの贈り物と言えば自ずと分かるでしょう』
いや知らねーよ。
失敗したらリグリちゃんブチ切れるからもうちょっと情報集めたいけど、あんまり質問しすぎるのも機嫌を損ねるからなぁ。
「リグリ様からの贈り物と言えば『草薙剣』ですかね。大地の力を宿した素晴らしい神具ですし」
『馬鹿じゃないの? 私がそんな物騒な贈り物するわけ無いじゃない。日夜戦いに明け暮れるあなた達とは違うの』
いやその『草薙剣』とかいう物騒な収穫鎌を授けてくれたのはあなたなんですけどね。
「それは失礼。戦うのは私も嫌いなんですよ。こうして畑で作物を育てる方が性に合ってて」
『あなたは人間にしてはマトモな方ね。そうね。あの子にもかつて樹を送ったんだけど、どうにも育ちが悪いのよ。あなたがどうにかすればあの子も喜ぶでしょう』
「なるほど。そのための世界樹ということですか」
『……ふん、喋りすぎたみたいね。小賢しい人間は嫌いよ』
「考えすぎですよリグリ様。私は何も知らない人間です」
『ならいいわ』
リグリちゃんマジちょろい。
それじゃあ答え合わせをしよう。お題は『我が友人に土産を持って行きなさい』だ。
まずは我が友人ってところだ。神格たるリグリの友人もまた、神格かあるいはそれに準ずる存在だ。リグリと親しい神格は、自由と束縛の神ラグアと深海と蒼穹の神カームコールの二柱になる。
ラグアは若い女神で、カームコールは筋骨隆々の年老いた男神だ。『あの子』呼ばわりや『冒険者のあなたには適任』という言葉から、我が友人ってのはラグアのことを指すんだろう。
『あの子にもかつて樹を送った』という言葉が指すのは、ラグアの大神殿前に植えられている世界樹の若木のことだ。リグリは『育ちが悪いからどうにかしろ』と言っているから、この世界樹の若木の生育に良い物を贈ればいい。
ただし『ハイポンEX』を贈るんじゃリグリからの贈り物にはならない。リグリに関わりつつ生育に良い物となると、生命力の象徴たる世界樹素材のどれかだ。おそらくは一番薬効の高い『世界樹の果実』が正解になるんじゃないかな。
というわけで正解は『実をつけるまで世界樹を育て、それをラグアに届けろ』。正解者にはミルラ神話技能を5ポイント進呈します。
『人間、私の期待には必ず応えなさい。違えようものなら、自然の恵みは二度と人に与えられることはないでしょう』
「大丈夫ですよ。しっかりやりますから」
今日のリグリ様はデレッデレだなぁ。普段のリグリなら人間に期待しているなんて絶対言わないのに。知らないところで好感度を稼ぎまくってたみたいだ。
リグリは言いたいことを言うと、輝く光とともに湖に帰っていった。漂っていた神気は薄れ、しばらくすると農地には世界樹だけが残される。
「……だ、そうなんで。これからよろしく」
世界樹の木肌を軽く撫でる。頑張って実をつけてください。そうしないとリグリに殺されかねないんで。
ついでだし、ヘラクレスオオカブトムシ(矢傷)をインベントリから出して世界樹に貼り付けた。世界樹の樹液なら薬効満点だ。これでも飲んで怪我を治すと良い。




