外伝 27話
背面界をひた走っていた。
目につくものを殺しながら、灰色の荒野を駆け抜けていた。
呪いの言葉を叫びながら空を舞う鳥がいた。刃を飛ばすと翼が吹き飛んで地に落ちた。灰色の海より這い出る蛇がいた。首を刎ねると水の底へ沈んでいった。大地を踏みしめる牙獣がいた。牙を砕いて腸を切り裂くと、倒れて二度と動かなくなった。砂を割って大地を泳ぐ鯨がいた。蹴り飛ばすと、風船のように弾けて死んだ。
生き物を殺した。
生きていないものも殺した。
殺して、殺して、殺して。屍山血河に赤と黒と青を引いて。
殺して殺して殺すほどに、思考がどんどん削げ落ちて。
私は、神殿にたどり着いた。
『 』
神殿の玉座にそれが座っていた。
それは何かを言っていた。私の世界からは音なんてものは消えていた。それが何を言っているのかはわからなかった。
『 』
それは黒い剣を真横に振るう。刃が空間を切り裂いて、中から青い炎が漏れ出した。
あのスキルは知っている。絶対の死を与える神の技。死と絶望の青い炎。
だけどもう。
そんなものは、関係なかった。
「死ね」
懐に飛び込む。剣を振るう。
敵の体力が大きく減った。
「死ね」
剣を振る。それが握る剣は、紙切れのようにちぎれた。
敵の体力が大きく減った。
「死ね」
剣を振る。空間の狭間から漏れ出す青い炎がかき消える。
敵の体力が大きく減った。
「死ね」
剣を振る。それは目を見開いていた。
敵の体力が大きく減った。
「死ね」
剣を振る。
敵の体力が大きく減った。
「死ね」
剣を振る。
敵の体力が大きく減った。
「死ね」
剣を振る。
敵の体力はこれ以上減らない。
「死ね」
剣を振る。
敵の体力はこれ以上減らない。
「死ね」
剣を振る。
敵の体力はこれ以上減らない。
「死ね」
剣を振る。
敵の体力はこれ以上減らない。
*****
神殿に立っていた。
私は神殿に立っていた。背面界の。神殿。立っていた。私は。わからない。
誰もいない。ここはどこだ。誰もいない。何も聞こえない。体が熱い。何をしていたんだろう。ここはどこだ。神殿だ。私は立っていた。
(ラストワン)
誰かの声。わからない。聞こえる。誰だ。どこから聞こえる。私の内からだ。私の中に誰かがいる。
(終わったよ)
優しい声で。悲しい声だ。どうしてだろう。これは一体誰なんだろう。私は誰で、何をしていて、何が。
(落ち着いて。深呼吸。ゆっくりでいいから)
……ああ。
殺したのか。そうか。
終わったんだ。
ひどく疲れていた。何も考えられない。今すぐ眠ってしまいたかった。
の子。
(落ち着いた?)
うん。
(寝てていいよ。後のことは私に任せて)
そうする。お願い。
私の役目はこれで終わりだ。私の目的も。これからどうなるかなんてわからないけれど、それはまた今度考えよう。今はただ、目を閉じて、それで。
そうしようと思っていたのだけど。
脳裏に響いた個人チャットに、気を取られた。
『おい、の子! 聞こえるか! お前何してんだ!?』
ジョン・ドゥの声だった。
『さっきから返事がないが聞いてるか? 聞こえてんだよな!? くそっ、頼むから聞こえててくれよ! いいか、リスポーンが開放された! 死んだ奴らが戻ってきたんだ!』
リスポーンが開放された。ああ。そうなんだ。でも。
「……ログアウトは?」
『生きてたか……。いや、ログアウトはまだ開放されていない。なあ、これは何なんだ? お前何か知ってるか?』
私は今、神を殺した。するとリスポーンが開放された。ログアウトはまだ解放されていない。
それが意味することを、私は曖昧な思考で理解した。
「ああ。なるほど」
『……の子?』
「殺し足りないってことか」
じゃあ、殺さないと。
目的は大切だ。目的がないと何をしていいかわからない。どうやって自分を保てばいいかもわからなくなってしまう。
新しい目的が見つかった。きっとそれは、いいことなのだろう。
(ラストワン! それは違う! そうじゃないよ!)
でも。殺さないと。殺さないと、みんながログアウトできない。
私は別にどうでもいいけど、ログアウトできないとみんなが困ってしまう。ほら、みんなのためになるじゃないか。ならきっといいことだ。
(違うんだよ……。殺さないでいいやり方だって、きっとあったはずなんだよ……)
そんなものはない。
ここはゲームの世界で。
私たちはプレイヤーだ。
攻略を続けよう。
このゲームが終わるまで。