4章 3話
『アムリタ』を買ったヨミサカは、そのまま私の露店の中に潜り込んで眠りについた。
「なんでやねん」
投げやりなツッコミを入れても既にヨミサカは身動ぎ1つせず寝息を立てている。いやまあ、そりゃ眠かったんだろうけど。なんでウチで寝るかなぁ。
むかついたからその寝顔にフレンド登録を飛ばしておく。ヨミサカの脳裏ではSEが鳴ったはずだけど、まるで意に介さず眠り続けていた。
あーもー。私も寝たかったのに。
狭い露店に二人で寝るスペースは無い。だからって露店の外に出ると『アムリタ』の自動販売ができない。
しょうがないから今晩も徹夜しよう。あくびを噛み殺して、深夜の職人地区をぼーっと眺める。
そんな時だ。1人の人間がうちの露店にやってきた。
「こんばんは、お嬢さん。いい夜だね」
「……今日は攻略組によく絡まれるなぁ」
「何か言ったかい?」
「いいや、なんにも」
彼の名前はフライトハイト。ヨミサカと双璧を為す攻略組最強の1人で、攻略組最大手ギルド【帰宅部】を率いている。実質的に全プレイヤーの頂点に立つ人間と言っていいだろう。
なんかいけ好かないやつだ。以上。
「ねえ君、もうちょっと気合いれて紹介してくれてもいいんじゃないか?」
「うっさい知るか。ポーション買ってさっさと帰れ」
「やあやあ、随分なご挨拶じゃないか。そうだ、自己紹介をしようよ。そうしたらきっと仲良くなれるさ」
「で、何の用。用があるならさっさと言って。そんで帰って」
「つれないねぇ。もっと仲良くしようよ」
フライトハイトはそう言って肩をすくめ、私にフレンド登録を飛ばしてきた。
迷わずキャンセルする。もう一度送ってきた。キャンセルする。
「…………」
「さっさと帰れ」
「いいや、僕はめげないよ。何としても君と友だちになるんだ」
「何キャラだよ」
めげずに送られてきたフレンド登録を、舌打ち混じりに承諾する。こいつはいけ好かないけど、それでも攻略組最大手ギルドのトップだ。連絡手段は持っておいて損は無い。フレンドリストを確認するたびに不快な気持ちになることを除けば。
「よしよし、これで僕と君とは友達だ。友達同士仲良く語らおうじゃないか」
「うぜぇよ」
「まあそう言わないで。ほら、お土産も持ってきたんだ。『フラッシュストレートフルーツ』。好きなんだろう?」
渡された『フラッシュストレートフルーツ』をその顔面向けて投げつけようとして、やめた。果物に罪はない。
「今すぐ本題に入るか、ブラックリストに放り込まれるか、どっちがいい?」
「おお怖い怖い。それじゃあ本題に入らせてもらおう」
「あ、攻略組へのお誘いなら断るよ。錬金術士としても、戦力としても、攻略組に入るつもりはないよ」
「それなら僕の話は終わりだ。手間を取らせたね」
ずっこけた。
「というのはもちろん冗談で。いやまあ、あながち冗談でもないんだけど。そうかぁ、攻略組に来る気は無いかぁ。実に残念だ」
「いいから! さっさと! 本題!」
「わかったわかった。そう怒らないでよ」
つくづくふざけた野郎だ。やっぱりこいつはいけ好かない……!
「君のことを調べさせてもらったよ。なんでも今巷で話題の『アムリタ』の生みの親だそうじゃないか」
「そういうことになってるね」
「他にもいち早く農場を購入して魔界農法を編み出したり、最前線のフィールドで最近採れるようになったばかりの『天然水』の作り方を発見したり、誰ひとりとして知らなかった神々の祝福をアイテムに宿す方法を知ってたり。釣り熟練度をカンストさせないと入手できない『蒼海龍の釣り竿』を持っていたという話も聞くね。いやあ、大活躍じゃないか」
「――何が言いたいの?」
「君、色々知りすぎじゃあないか?」
そういうフライトハイトの目は、一切笑っていなかった。
だから私は、笑って答える。
「だったらどうする?」
そう言うと、フライトハイトは小さく口笛を吹いた。
「どうもしないさ。君の正体が何者であれ、プレイヤーに協力しているなら何の問題もない」
「随分と疑われてるみたいだけど」
「疑われるに足ることをしているからね。でも約束をしようじゃないか。君が僕たちの敵に回らない限り、僕たちも君には何もしないと」
「そりゃどーも。まるで猛獣みたいな扱いをされて私は感無量だよ」
「まあそう言わないでよ。こうやってわざわざ釘を刺しに来たわけだけど、君と仲良くしたいってのも嘘じゃなくてね」
「危ないやつは味方にしとけって意味でしょ」
「そういうこと。君の錬金術士としての腕前やPSには全く期待してないけど、君の持ってる情報には興味があるんだ。ねえ君、僕のギルドにおいでよ。歓迎するよ」
フライトハイトのその提案を鼻で笑い飛ばした。誰がお前の飼い犬になるかっつの。
「逆に聞かせてもらうけど、私が持ってる情報って何さ。魔界農法のやり方が知りたいなら教えてあげようか?」
「へぇ、とぼける気かい? これがお願いじゃなくて、脅迫だって分かって言ってるんだよね?」
「なるほど上等。それじゃああんたは私を敵に回すって言うわけだ」
私もフライトハイトもにっこり笑うけど、お互いに目はまったく笑っていない。すぅ、とあたりの気温が下がる感覚がした。
「……やれやれ。手懐けるつもりで来たけど、どうやら手を噛まれそうだ。今日のところは大人しく引かせてもらおう」
「二度と面見せんな。あんたは出禁だ」
「それは困る、ポーションは買わせてもらわないと。『アムリタ』はいいポーションだよね。特に味が」
わりと本気で舌打ちをする。フライトハイトは『アムリタ』を買うと、肩をすくめて去っていった。
2周目でもあいつとは仲良くやれる気が全くしない。あいつの言動はいちいち私の感情を逆撫でする。おまけに分かってやってるもんだから質が悪い。
あーもー、だんだんイライラしてきた。どこか私の知らないところでトラウマ背負って引退すればいいのに。
「話は終わったか」
「ヨミサカ……」
いつの間にかヨミサカが目を覚ましていた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「お前らの殺気に起こされた」
殺気に反応するってどこの戦闘民族だよ。
時々ヨミサカはマンガの住人なんじゃないかなって思う時がある。あながち間違いじゃないと思う。
「何があったかは知らんが。気にするな。負けなきゃ勝てる」
「何その理論。別に私は気にしちゃ――わっ」
ヨミサカは寝転がったまま腕をぬるりと伸ばし、私を引き倒した。
狭い露店の中、ヨミサカの腕の中で完全にホールドされる。肘で脇腹をつついてみたけどびくともしない。
「ちょっとヨミサカ、何やってんのさ」
「寝直す。抱きまくらが欲しい」
「えぇ……。うわ、もう寝てるし。自由かあんたは」
ヨミサカは目を閉じるとすぐに寝息を立て始める。
こうなったらもうダメだ。一度ヨミサカに巻き込まれたら、ヨミサカが満足するまで解放されることはない。経験として知っている。
まあうん、もうなんでもいいや。今日はもう疲れた。私も寝よう。
大人しく目を閉じる。人肌のぬくもりがどうにも気を散らしたけど、そのうち意識が落ちていった。