外伝 24話
あれこれと考えた結果、ウルマティアを倒す方法は思いついた。決して簡単ではなく、極めて限定的な方法だが、もし成功すれば誰も犠牲にすることなくこの世界を解放できる。
ウルマティアには死を食らうという性質がある。私たちが殺し回るほど強くなり、やつの手で私たちを殺すことで更に大量の経験値を得て強くなる。
だったら、それ以上に強くなればいい。たとえどんな手を使ってでも。
この方法について説明した時、の子は言った。止めるでもなく、賛成するでもなく、ただ事実だけを述べるように。
これは命を殺しすぎる、と。
「ラストワン。剣、できてたけど。練習しとく?」
世界樹の森を一人で歩きながら、の子はインベントリから二本の剣を取り出す。
この前殺した赤龍の素材から作った、『サン・フォール・ソード』が二振り。強力な火属性を宿した龍の双剣。私のための武装だ。
大海賊戦で少し戦って以来、しばらく剣を振っていない。きっと腕も錆びついてしまっていることだろう。練習しておきたいという気持ちもあったが、私は首を振った。
入れ替わったらまた眠っちゃうかもしれないから。まあ、なんとかするよ。
「失敗、できないんだよね」
そうだね。
「本当に今なの? 今始めちゃっていいの? ラストワンは後悔しない?」
後悔なんてないよ。私はやるって決めたから。
「……私はもうちょっと、みんなと遊んでいたかったかも」
それに対して返す言葉はなかった。
これが最後だ。この戦いが始まってしまえば、たとえどんな決着になろうとも、何かが永久に変わるだろうという予感がある。ひょっとすると、の子が望むような安寧は二度と訪れないのかもしれない。
それでも。私の気持ちは凪いでいた。
の子。
「うん」
やろう。
「わかった」
道中のモンスターを焼き殺しながら、の子は森の最奥を目指す。不自然に開けた広場にたどり着くと、そこでは一際巨大な世界樹が待ち受けていた。
神聖さすら帯びた清涼な空間で、世界樹の根本に埋め込まれた巨大な門だけが異質な存在として浮かび上がる。禍々しい気配をにじませる、黒く閉ざされた門。
それに一歩近づいた時、頭上から澄んだ音がした。水晶を砕いたような透き通った音。一つ、また一つと増えていく音は、気づけば億万の合奏を響かせた。
その音に導かれるように、頭上から巨大な結晶が現れた。クリスタルで形作られた無機質な生命。大自然のエネルギーを内包する、自然界の守護者。
大自然のクリスタル。
「えっと……」
事前に大量のバフを詠唱していたの子は、それに向けて杖を掲げた。
「ごめんね」
解き放ったのは【メルト・ダウン】。大自然のクリスタルを包み込むように出現した魔力の力場は、内部にある何もかもを圧壊しながら収縮し、ある一点で爆裂した。
アークメイジが使える魔法の中でも最大の攻撃力を誇る、無属性魔法。魔法防御すらも貫通する特性を持つ大魔術は、バフによる攻撃力の後押しもあり、ただの一撃で大自然のクリスタルを墜落させた。
「『核撃のスクロール』」
【メルト・ダウン】が込められたスクロールを五枚纏めて起動する。
連続して放たれた大魔法は一撃ごとにクリスタルの体を打ち砕く。スクロールを使い終わると筆記台を設置し、『核撃のスクロール』を補充。淡々とスクロールを放ち続け、三十数回の爆撃でクリスタルの体力はレッドゾーンまで追い込まれた。
「ばいばい。【特異点召喚】」
物理法則の外側に存在する、魔術的な特異点が開かれる。大きさが存在しない穴に吸い込まれ、クリスタルは消え去った。
大自然のクリスタルは物理防御と魔法防御が共に高く、弱点属性を突かなければ中々ダメージが通らないが、体力自体はレイドボスの中でも低いほうだ。
なので、魔法防御を貫通する特性を持つ【メルト・ダウン】や【特異点召喚】なら比較的容易にダメージが通る。大量のバフを重ねがけして常人の数倍の火力を持つの子ならば、数十発も大魔法を放てば十分に体力を削りきれる。
「……おわっちゃった」
うん。
「じゃあ……。代わるね」
うん。後は任せて。
私はの子と交代した。『サン・フォール・ソード』を装備して、軽く振って感触を確かめる。私が以前使っていたものよりも重めの剣だ。ソードダンサーの【空刃】を発動して、武器の重さを軽減する。
「それじゃあ」
世界樹の根本に埋め込まれた、背面界へと繋がる門。
「始めようか」
私は、それを蹴破った。