外伝 23話
私たちは長期遠征の全行程を完遂し、ラインフォートレスの街に大量の素材を持ち帰った。
50レベル帯でも十分に通用する装備を入手した【財団】と【職連】の構成員たちは、各地のマップに散っては探索や戦闘や素材採集に勤しんでいる。おかげで素材供給が潤沢に行われ、ラインフォートレスの街は特需に湧いていた。
素材集めが効率化したことで、財団の各部門も順調だった。
大量の木材素材に物を言わせて、造船部は中型船のみならず大型ガレオンの建造にまで手を付け始めた。
幽霊船レベリング部隊は十数隻の船を一般開放し、レベリング希望の一般プレイヤーたちに大量の経験値を供給している。
錬金部は各種素材を用いて、アムリタ以外のポーション製造にも乗り出した。MP回復ポーションや属性耐性ポーションの他にも、猛毒や爆薬や透明化ポーションなんていうニッチなものまで。彼らが流通させるポーションの数々は、今では財団が挙げる利益の大半を占めている。
一方、これまで財団の生命線となっていた畑部や釣り部は大幅に縮小を強いられた。簡単に高品質な素材を集められる手段が手に入ってしまったのだから仕方ない。この頃は暇つぶしの娯楽というポジションに収まってしまった。
石油プラントは相変わらず順調に動いている。錬金部の売上に比べれば見劣りするようになったとは言え、固定収入はありがたいものだ。
そして最近新設したのが工芸部。洞窟マップから極稀に回収できる『宝石の原石』から回収した各種宝石を使って、各種マジックアイテムを作成する部署だ。
使用すれば雷を放つ『雷の小槍』や、炸裂すると閃光を撒き散らす『ポータブル太陽』などが作られる。宝石素材のアイテムはマジックスクロールよりも強力だが、素材となる宝石が希少なため量産が効かない。そのため、どうしても高価になってしまっていた。
中でも郡を抜いて優秀なアイテムが、サファイアを素材として要求する『帰還のロザリオ』だ。戦闘中でもラインフォートレスに帰還することができる、一種の安全装置的なアイテムである。一度死んだら終わりなこの世界では、一つは持っておきたい代物だ。
人海戦術に物を言わせて生産した宝石アイテムは、まあそれなりの売上になっている。かけた人数に見合うほどの利益かと言えば微妙なところだが。
そうして各部門から上げた売上を使って、【財団】は新たな活動を始めた。
「おいの子。これ本気でやるのか?」
次の活動について説明を聞いたジョン・ドゥは、渋面を隠そうともしなかった。
「こんなことやっても金にならんぞ。なあ、せっかく稼いだ金なんだ。何もこんな慈善事業に使うことないだろ」
「ジョン。私たちの活動目的は?」
「そりゃみんなで生き残る、だけどよ。もう十分じゃないか? レベルカンストして装備も整ってたら、そうそう死なないだろ」
「みんなはそうかもね」
今私たちが計画していることは、世界各地の無人ベースキャンプ設営だ。
前回作戦で使用したようなベースキャンプを各地に置くことで、プレイヤーの利便性向上を図る。ベースキャンプ内には休憩用の小屋や、簡易的な生産設備、それに緊急用の薬箱なんかを設置する予定になっている。
運営は【財団】で行うが、基本的に利用者たちの善意に任せるつもりだ。利用に対価も求めない。ジョン・ドゥが言う通り、慈善事業のようなものだった。
「便利っちゃ便利だけどよ、いくらなんでも過剰じゃないかぁ? 疲れたならラインフォートレスまで戻ればいいじゃないか。わざわざ資材を費やしてまで効果があるとは思えないが」
「探索だけ考えるとそうなんだけどね。でも、今後の開拓とかも考えるときっと役に立つはずだよ」
「はあ? 開拓? なんだそれ?」
「ラインフォートレスって、結局狭苦しい城塞に押し込められた街だから。畑も土地も限られてるし、いつかは新しい街を作らないといけないでしょ? その時のために、拠点を用意しておきたいの」
はあ……。街か。まあ、変なところで異常なほどの自由度を持つこのゲームなら、作ろうと思えば作れるのだろう。だけど、プレイヤーがそれをしたがるとは思えない。
の子がやりたいと言うので好きにさせているが、これについては私もジョン・ドゥと同じ考えだった。
「よくわからんが、他にやることもないしなぁ」
ジョン・ドゥが言う通り、【財団】の目的はほとんど達成されていた。強いて言うならば、猛スピードで攻略を推し進める攻略組がラインフォートレス防衛戦イベントを引き起こすより先に、プレイヤーたちの戦力を整えておくことくらいだろうか。
の子。ジョンに幽霊船レベリングの進捗を聞いてもらっていい?
「って言ってるよ?」
「何がだ」
「あー、そっか。えっとね、幽霊船レベリングどれくらい進んでるのって聞いてた」
なんというか、こう、ね。あーもういいや。この子はこういう子だ。
「もう大分落ち着いてきたぞ。人数待ちもほとんどなくなって、最近じゃ船が余りだしたくらいだ」
なるほど。それなら私の計画も進めてよさそうだ。
の子。出かけよっか。そろそろ始めよう。
「やっちゃうの? 本当に?」
うん。あんまりぐずぐずしてると、攻略組に先越されちゃうから。
「……これしかないんだよね。うん、わかった。協力します」
「あ、何の話だ?」
「ジョンじゃないよ」
これからの子は一人で世界樹の森を攻略し、攻略組に先んじてラインフォートレス防衛戦を引き起こす。
それが、誰も犠牲にすることなくウルマティアを殺す計画の最初の一歩だ。