外伝 22話
赤龍の体から威圧感が消えていく。死んだことを確認すると、の子はゆっくりと息を吐いた。
「……勝った?」
みたいだね。おめでとう。
「ひょっとして私つよい!?」
うんうん。つよかったつよかった。
『全能石』なんていうインチキアイテムと、ごりっごりのハメ技を使った封殺戦法ではあったが、勝利は勝利だ。
攻略組の誰かならこいつ相手に真正面から切り結んだりもするのだろうけど、そんな無粋なことは言うまい。何度も言うが、私としては勝てればそれでいいのだ。
「にへへ……。ひょっとしての子さん、もうわんわんよりも強くなっちゃったのでは……?」
へえ。うんうん。なるほどね。
おうよく言ったな上等だ。私はその手の喧嘩は残さず買うことにしてるんだ。ちょっとの子、体貸せ。
「え、え、ラストワン? 何するの?」
パニッシュメントには【ネクロマンス・ジャガーノート】っていうスキルがあってだな。それを使えばレイドボスだろうと死体を蘇らせて服従させることができるんだ。それで赤龍を蘇らせた後、【死者の憤怒】で強化暴走させる。
で、もっかい殺す。
「あ、あの、それはちょっと赤龍さんかわいそうでは……?」
知ったことか。これは私の喧嘩だ。そこで死んでるやつが悪い。
「眠らせてあげようよー。モンスターにだって敬意を払うのは大事なことだよー」
たかが電子の塊に同情するなんて、変なことを言うやつだな。
まあ、気持ちはわからないでもない。いくらデータであろうとも、世界観に没入しながらプレイするスタイルもほどほどに知っている。私はそういうのやらないけれど。
そう言うならやめておいてやろう。この決着はまた今度だ。忘れないからな。
「あはは……。ラストワンって、そういうとこはムキになるんだね。ちょっと新鮮かも」
え、そんなに変かな?
「うん。今のラストワン、楽しそうだった。いつもだと、普通にしててもちょっとピリってしてるし」
あー……。
そう思わせてしまったのは申し訳ない。怒ってるわけじゃないんだけどね。攻略も進んできたところだし、そろそろ大勝負が待ってるから。ついついピリついちゃってるのかも。
「の子さんは、負けず嫌いなラストワンさんも好きだよ?」
はいはい、わかったよ。今後はもっと気を抜くように気をつける。
まあ、そうは言っても終わりのことを考えるとどうしても気が高ぶってしまう。一周目の私たちを壊滅に追い込んだ因縁の敵。何をどうしてもこの手で殺さなければならない怨敵。それを思い出すとどうしても意識に殺意がまじってしまうのだ。
考えない方がいいのだろう。少なくとも、の子と話している時は。
「ねえ、ラストワンはさ。どうしても倒したい敵がいるんだよね」
……の子の方から、それを聞くのか。
「うん。聞いたほうがいいって思った」
の子は赤龍の氷像に背中を預け、その場に座り込む。話すと決めたらしい。少し迷ったが、私は話に乗ることにした。
そうだよ。私には殺したいやつがいる。何を犠牲にしても、何を失ったとしても、絶対に殺すと決めたやつがいる。それは既定路線で決定事項だ。私はそのためにここまで攻略を進めてきた。
「もしさ。もし、私がそれは嫌だって言ったら、ラストワンはどうするの?」
の子を殺すよ。
「殺すの?」
うん。邪魔するなら、なんだって殺す。
「殺せるの?」
手段は考えないといけないけど、心情的には肯定だ。私にとって目的は、他の何よりも優先される。
「殺されるのは嫌かも」
私もの子を殺すのは嫌だ。だから、協力してくれると嬉しい。
「うーん……」
の子は考え込んでしまった。私が復讐のために行動することはお気に召さなかったらしい。
の子と敵対したくないのは私だってそうだ。なんだかんだここまで一緒にやってきた仲だ。自分の中から生まれてきた妙ちくりんな存在と言えど、私はこの顔がいい女にそれなりの友情を感じていた。
「私はさ。ラストワンや、【財団】のみんなや、そのほか色んなすべてのものたちと、楽しく遊べたらそれが一番いいと思うんだけどなあ」
の子はぼうっと空を見上げる。こんなデスゲームの中に閉じ込められたというのに、の子には緊張感というものがまるでなかった。
私は現実のことを覚えていないし、きっとの子も似たようなものなのだろう。私にもの子にもに現実に帰りたいという欲求はない。そして私のような目的も持ち合わせないの子は、この世界を楽しい場所として認識しているのかもしれなかった。
の子はさ。この世界のことって、どう思う?
「現実だよ」
当然のように、の子は答えた。
「ここは私たちが生きるもう一つの現実。嘘だとか、偽りだとか、そんなものなんてなにもないんだ。時には殺すことも必要だと思うよ。なんだかんだ言っても、私たちが生き延びるためには何かを殺さないといけないから。でも、やりすぎはよくない。私たちは今、この場所で生きている。私たち以外のものたちも」
の子が言っていることは、わかるようでわからなかった。
もう一つの現実だなんて言っても、ここはゲームの世界だ。私はともかくとして、他のプレイヤーたちは脱出のために血道を上げている。ここは自分たちの生きる場所ではないという感覚は、きっとプレイヤーたち共通のものだった。
「いつか、みんなもわかってくれる時が来るといいなって。の子さんはそう思うのですよ」
やはり彼女が言いたいことはわからない。何か、大きな前提が食い違っている。そんな違和感の正体をつかめず、私は曖昧に返事をした。
「ねえ、ラストワン。もういっこだけ聞きたいんだけど」
……あ、うん。なに?
「目的ってやつが終わったらさ。ラストワンはどうするの?」
それは……。正直、あまり考えていない。考える必要もないと思っている。たとえ成功しようと失敗しようと、私の行き着く結末は一つしかない。
どう答えたものか迷って、考えていないとだけ答えた。
「じゃあ。私が決めていい?」
えっと。それって、どういうこと?
「何か一緒に楽しいことをしましょうか。そう約束してくれるなら、の子さんはラストワンさんをお手伝いましょう」
……へえ。
中々に無茶を言う子だ。呪いの言葉と言っても相違ない。守る当てのない約束をする趣味は、私にはなかった。
変なこと言うね。質問を返すようで悪いけど、もし断ったらどうするの?
「おとなしく殺されるしかないかも」
いつもの口調で冗談のようなことを言う。だけどきっと、冗談なんかではないのだろう。のんびりとしながらも、の子はの子なりに真面目な目をしていた。
「私、ラストワンのこと好きだから。目指しているものは違うかもしれないけど、同じものを見ていたいって思うから。だから、ラストワンと同じものを懸けていたいなって、そう思いました」
――きっと。表紙の子という人間は。
私が思っていたよりも、ずっと色んなことを考えているのだろう。
……の子。そろそろ帰ろう。長いこと戦ってたし、きっと【財団】のみんなが心配してる。
「うん。かえろっか」
それと……。さっきの約束ってやつだけど。
「うん」
……………………。
…………あー。
出来る限り、がんばってみる。それじゃダメかな。
「契約成立です」
の子は機嫌よくにこにこと笑う。私は内心、自分で言った言葉を後悔しつつあった。
ただでさえやたらめったら難易度が高いのに、余計な条件までついてきてしまった。本当にそんなことできるのだろうか。攻略を考えるのは好きだけど、いくらなんでもこれは無理ゲーすぎるんじゃないか。
そうは言っても仕方ない。約束してしまった以上は、頑張って考えるしかないのだろう。
私の命を犠牲にせずに、ウルマティアを倒す方法を。