外伝 20話
「らーさん」
うん、の子。
「溶岩、赤くて前が見えない」
そうだね。一個スキル使い忘れてたね。シャドウエッジの【生命探知】使って。
「せっかくのボスなんだし、直接ご対面したかったかも……」
【生命探知】の効果でなんとなくボスの居場所がわかる。見上げるほどの巨大な気配が、溶岩の中を高速で動き回っていた。
それの特徴を上げるなら、ただただ強いと表するべきだろう。膨大な体力、凄まじい攻撃力、信じられないほどの機動力。人間とモンスターとの性能差をこれでもかと言わんばかりに押し付けてくる。
この戦力差を覆すには、それなりの作戦は必要だ。
の子、まずはこの面倒くさい溶岩からどうにかしよう。この中じゃいくらなんでも分が悪すぎる。
「動きにくいし、前見えないし、あんまり良い気はしないよね」
の子は辺り一帯に水魔法の【水飛沫】を連射する。生成された魔法の水は、溶岩に激突して瞬間的に水蒸気爆発を引き起こした。熱量を奪われた溶岩はぶくぶくと黒い泡を吹き上げながら固まる。の子はその中に閉じ込められて身動きが取れなくなった。
「……いしのなかにいます」
そうだね。の子はバカだなあ。
「ラストワンがやれって言ったんじゃないかー!」
その時、溶岩の中を高速で泳いでいた巨大な気配が、の子めがけて突っ込んだ。の子を覆い尽くす冷えた溶岩を巨大な爪で簡単に引き裂き、中にいるの子にまでもダメージが通る。この一撃での子の体力が半分飛んだ。
「いーたーいー……」
体の自由を取り戻したの子は、『アムリタ』を使用して体力を回復した。溶岩の中でポーションの小瓶を取り出して、蓋を開いて中の液体を摂取したのだ。想像を絶するほど器用なやつだった。
の子、考えはあってるんだけど使う魔法が違う。【水飛沫】は自分を中心に放つ魔法でしょ。そんなもん使ったら自分の周りだけ冷え固まるのは当然だよ。
「じゃあ、どうすればいいの?」
この溶岩全体を冷やせる魔法。具体的に言うなら、氷魔法の【吹雪】だね。
「また自分も一緒に固まっちゃわない? 溶岩から出て使うのはダメなの?」
それだと溶岩の表面しか固まらないから、ど真ん中で使わないと効果は薄いよ。
もちろん自分も固まることになるけど、そっちは大丈夫。なんとかなるから。
「まあ、ラストワンがそういうなら……」
虹光石のワンドが青く輝き、氷属性大魔法の【吹雪】が放たれる。アークメイジが呼び出した氷の嵐は、火口の溶岩を切り裂いて急速に冷やし固めた。
の子、まだ緩めちゃダメ。溶岩が完全に冷え固まるまで冷やそう。
「そろそろ動けなくなるけど……。まだ冷やすんだね?」
大丈夫大丈夫。私を信じるんだ。
連続して召喚された【吹雪】により、溶岩は完全に冷え固まった。氷のように冷たい岩が私たちを取り囲む。の子も、溶岩の中の巨大な気配も、共に身動きを取れなくなっていた。
の子。もっとだ。もっと冷やすぞ。MPがなくなるまでは【吹雪】連打で。
「MP使い切っちゃっていいの!? こんなに身動きがとれないとポーションも使えないよ!?」
いーからいーから。へーきへーき。
溶岩が熱を失ってもなお吹きすさぶ吹雪は、火口を完全に凍てつかせる。気温は氷点下。の子の体に触れる岩も、刺すような冷たさを放っていた。
これだけやると、さすがに寒くなってきたね。氷属性耐性も積んでおけばよかったかも。
「寒くなってきたどころか、冷たすぎてダメージが入ってるんだけど……」
そうだね。ここまで冷たいと、氷に触るだけでダメージが入るんだよね。
立て続けに詠唱した【吹雪】と、触れるとダメージが入るまでに冷やされた溶岩。その中に閉じ込められたの子もダメージを受けているが、それは溶岩の中を泳ぎ回っていた敵も同様である。
むしろ、相手の方が状況はずっと悪い。氷属性は敵の弱点だ。ろくに行動もできない中でこれだけの攻撃を受け続ければ、相当量のダメージを受けているはずだ。
「だいたい、どれくらいのダメージ?」
一割ちょっとかな。
「それだけ!?」
レイドボスの体力を単騎で一割削ったんだぞ。上出来でしょう。
の子、MPの自然回復分を使って【フラム・ボム】。周りの邪魔な岩を砕いて体の自由を取り戻そう。それが終わったらMP回復ポーション飲んで。
「その後は?」
もっかい【吹雪】連打。ひたすら【吹雪】。
「これってさ。相手の動きをガッチガチに固めて、安全圏から一方的に攻撃魔法を連打するってこと……?」
そういうこと。とにかく相手の体力が多い上に、攻撃力がアホみたいに高いからね。これくらいのハメ技でも使ってないとやってらんないよ。
あ、でも防御バフは切らさないようにね。なにかの弾みに防御が切れたら危ないから。油断だけはしないように。
「なんかずるいよー。真剣勝負がしたかったー」
いやまあ、気持ちはわかるけど……。
知り合いの巨剣使いの顔が、ふと頭をよぎった。あいつもそういうことをしたがる輩だ。あいつの無茶につきあわされて、私たちはいつも無茶ばかりやっていた。
私もヒリつく勝負は好きだけど、勝つための手段を選ぶのはなんか違う思う派閥だ。ハメ技なんかに引っかかる方が悪いのだ。
「の子さんはちょっと消化不良気味かもです」
大丈夫大丈夫。真剣勝負ってやつならすぐできるから。
【吹雪】の詠唱を続けて、敵の体力をほとんど削った時にそれは起きた。
冷え固まった溶岩が、凄まじい爆炎に吹き飛ばされた。凍てついた洞窟はまばゆい紅の業火に弾き飛ばされ、焼かれた氷はもうもうと水蒸気を吹き上げる。
追い詰められたレイドボスは、往々にして奥の手を切ることがある。今回ヤツが放ったのは【紅炎爆熱波】。巨大な炎の爆発で何もかもを吹き飛ばす大技だ。
消し飛んだ火口の中央で、私たちはようやくそれと相対した。
龍翼を雄々しく広げ、その身に宿す紅炎は猛り狂う。瞳は激怒に燃え盛り、爪牙は紅蓮に燃えていた。
火口に舞うそれは、まるで地上に現出した太陽のようだ。生物としての最上位。全ての生命の畏怖の象徴。翼と爪牙と鱗を持つそれは、龍の威を容赦なく解き放つ。
紅炎の赤龍。
それが、私たちが戦っていた敵の名だ。