外伝 19話
私たちの採掘活動は、つつがなく進行した。
採集班はあっちこっちの素材を採集し、ベースキャンプに持ち帰っては装備を生産する。人海戦術のゴリ押しにより、ものの数時間で必要量の素材は集め終わった。
なお、その間戦闘班はマップ中の敵を追い散らしていた。向かってくる敵は仕留めるが、逃げる敵までは追いかけない。採集に支障がなければそれでいいのだ。私だったら嬉々として虐殺するところだけど、の子はほどほどに戦っていた。
その後、私たちは生産した装備を使ってさらなる深層へ足を進めた。大水晶の聖廟、黒鉄鉱山、そして目的地になる烈火山洞窟。このあたりまで来れば終盤マップと呼んで差し支えないが、多少なりとも場馴れした財団メンバーはそれなりに対応できていた。
「ねー。ジョン。飽きたんだけど」
「飽きたって、お前な」
「だってこの辺の敵、みんな弱っちいんだもん」
敵を見つけ次第蹴っ飛ばして回るの子さんは、すっかり退屈していらっしゃった。戦いを挑んでくる敵も少なくなり、の子の腹を満たすには物足りなくなってしまったらしい。
「ジョンー。散歩してきていいー? もっと深いとこ行きたいよ」
「ダメだ。お前が抜けたらモンスター駆除は誰がやるんだよ」
「もうみんな大丈夫でしょ。装備も強いし、ちゃんと集団行動できてるし。ちょっと外すだけだから、ね?」
自由だなこいつ……。ジョン・ドゥは諦めたように、好きにしろと言い捨てた。手間を掛けますね、ジョンさん。
そんなわけで、職員の皆様が採掘業務に勤しむ中、の子は一人で散歩に出かけた。こんなので集団の長が務まるのだろうか。務まるんだろうな、の子なら。私には無理だ。
の子が足を向けた先は烈火山洞窟・火口部。適正レベルは堂々の50。洞窟ダンジョンの最深部であり、ゲーム内で最も危険なマップの一つだ。
危険地帯と呼んで差し支えない場所を一人で歩くの子には何の気負いもない。ボルケーノ・ローブを始めとした火山素材の装備に身を包み、手には虹光石のワンドを携えている。適正レベルに適正装備。ソロではあるが、ここまで装備が整っていればなんとでもなるだろう。
で、の子。散歩って言ってたけどどこいくの?
「あの火口。なんかいる気がするんだよね」
あー、あそこね。あの場所は火竜の寝床って言って、中々強い敵がいるよ。レイドボスくらいの強さはあるけど、どうする?
「んー……。あぶない子なの?」
たまに火口から飛び出してはフィールドをうろついて、偶然遭遇したプレイヤーを焼き殺したりする。
「じゃ、やりますか」
うん。やろっか。
ここで眠っているだけの敵なら、の子は見逃したのかもしれない。やっぱり、こういうところは私とは違う。ゲーマーの私としては、強い敵がいればとりあえず挑んでみたくなってしまう。
じゃあの子、今から言うスキルを順番に発動して。
「あーい」
まずはフォートレスの【モルテンシールド】と【ファランクス】。火属性防御と物理防御を大幅に上昇するバフだ。
それからフェアリーサモナーの【火竜衣】。同じく火属性ダメージの割合吸収。ストームシューターの【風纏】は、遠隔攻撃全般のダメージを緩和できる。ベルセルクの【ウォークライ】はダメージの割合軽減、シニガミの【刃の護陣】は代わりに攻撃を受けてくれる刃を召喚するスキル、シャドウエッジの【幻影のヴェール】は相手の目をくらまして回避率を上げることができる。
「なんか、守りばっかりかちかちじゃない?」
さすがに強敵だからね。これくらいやっといて損はないよ。
攻撃面はアークメイジの【超集中】と【連続魔法】で、魔法攻撃力の底上げと魔法スキルのクールダウン短縮。フェアリーサモナーの【水精の浮心】で属性攻撃力向上。後はパニッシュメントの【神罰執行】でも張っておけば、なんとかなるだろう。
いいか、の子。今張ったスキル、効果時間が切れたらちゃんと張り直すんだぞ。
「えっと……。全部はちょっと、おぼえきれないかも」
それもそうか。いいよ、わかった。バフ管理は私がやりましょう。
「で、どこ行けばボスに会えるの?」
そこの溶岩の中。
「……あつくない?」
そのための火属性防御ですよ。大丈夫大丈夫。私を信じるんだ。
「らーさんが言うことならなんでも信じちゃうよん」
の子は極めて気軽に命を預け、ぴょいんと溶岩に飛び込んだ。重いなあ。
絡みつく溶岩の底で、凄まじい気配が目を覚ます。
火口そのものが巨大な心臓であるかのように、力強く脈動し始める。一拍ごとに解き放たれるのは威風。生命の頂点に座す者のみに許された、暴力的なまでの威圧。
溶岩が大きく揺れ動く。目覚めたそれは動き出した。一度見定められた以上、彼は闖入者を決して許さないだろう。
引き返すのはもう遅い。私たちは、怪物のねぐらに飛び込んだのだ。