外伝 15話
ふと、目が覚めた。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。今は何時だろう。私は体を起こして、少なくとも体を起こそうとして、体が動かないことに気がついた。
「あ、ラストワン。起きたの?」
ああ、そうか。私、の子に体乗っ取られてたんだっけ。
……いや、それはちょっと違う。思い出してきた。あの時私は体の主導権を奪い返し、大海賊を倒したはずだ。それからカッターを操舵して、ラインフォートレスまで戻って、それから……。
「ラストワン、突然気絶するものだからびっくりしちゃったよ。大丈夫? どうしたの?」
そうだ。街に戻ったところで、突然意識が遠のいたんだった。
なんでやねん。特に気絶する要素なかったでしょうに。あれか、今の私は自分の体使ったら気絶するのか。どういうことだよこんちくしょう。これ、本当は私の体なんだぞ。
まあいいや。それよりもの子、今の状況は?
「海賊王になりました」
の子はキャラベルの船首で気持ちよさそうに風を浴びていた。なぜか船首は羊の首だったし、船の造形はどこか見覚えがある。私はそれらの一切合財を務めて無視した。……私だって命が惜しい。いくら死ぬのが怖くないからって、いくらなんでもそんな死に方はゴメンだ。
の子曰く、曲がりなりにも幽霊船狩りに成功した【生存財団】は、全力で船の大型化と量産に取り掛かった。『アムリタ』販売以外の全部門を停止するほどの注力っぷりだ。私が見せたレベリングドリームは、彼らの心に一撃で火をつけたらしい。
それから一週間。中型船のキャラヴェル・シップの建造に成功した【財団】は、今まさに第二次幽霊船狩りへと船出したところ、らしい。
……私、一週間も寝てたのか。
「へへー。私、ラストワンがいなくても頑張ったよ。ねえ褒めて? 褒めて?」
よーしよしよし。えらいぞー、の子。
他部門を停止してまで造船に取り掛かったのはファインプレーだ。とりあえずレベルは上げておいて損は無い。いかに戦闘未経験の生産専門職と言えど、レベルさえ高ければある程度の素材は自力で採集ができる。MMOとはそういうものだ。
さて、それはそれとして。の子、私が居ない間に他の組織から何か接触はなかった?
「何件かあったよ。えっとね、【生産職職人連合】ってところと、攻略組って人たち」
ああ、うん。案の定かな。
攻略組はレベリングに貪欲だ。私達が高効率のレベリングを始めたとあっては、彼らが食いつかない道理はない。更には低レベルでもそのレベリングが実施できるとあれば、【職連】もまた食いつくだろう。
「どうする? 今はまだ、私のところで止めてるけども」
ふむ。それは考えるまでもないかな。
の子、帰ったら会議を開こうか。このことを議題に上げましょうか。
*****
第二次幽霊船狩りは成功を収め、三隻のキャラヴェルに乗船した三十六人のプレイヤーは大量の経験値を持ち帰った。
世はまさに大海賊時代。遥かなる航海へと旅立ち、大いなる栄光を持ち帰る男たちは、さながら英雄が如き歓待を受けるのだ。
「ラストワン。私、男の子じゃないよ?」
知ってる。私も男じゃない。
戦勝に湧く【財団】職員たちの一方で、私とジョン・ドゥ、それから元老院(と呼ばれている、名前も知らない数合わせたち)は会議を開いた。元老院たちの顔色は明るいが、ジョン・ドゥのニヤつきはまた別の意味を持っていた。
「で、の子。これ、どうすんだ?」
「どうするって?」
「【財団】は対外的にどういう路線で行くのかって聞いてんだよ。見てみろ、プレイヤーどもは大騒ぎだぞ」
ジョン・ドゥは大仰に手を広げる。この男、とても楽しそうだ。自分たちが世界を驚かせたことが愉快で仕方ないといった様子だった。
ジョン・ドゥの認識は間違っていない。この一手は重要だ。私たちがこのレベリング手段を独占するか、公開するかで、世間の目は大きく変わる。
「独占か、公開か、だよね。ジョン・ドゥはどう思う?」
「独占に決まってんだろ。あいつら全員を出し抜ける絶好の機会だ。いつかは追いつかれるかもしれねえが、それまでに美味い汁吸いまくって既得権益を確立するぞ」
ジョン・ドゥが言うことにも一理ある。それは確かに有効な手段だ。
ここで私たちが独走すれば、【財団】の地位は確固たるものになる。油田から生じる巨大な資金源、他組織とは比にならない構成人数、そこに高効率のレベリング手段が加われば、もはや他の追随を許さないだろう。
ただ、それはあくまでもプレイヤーの中での話だ。それに、そんなことをしても私の目的は果たせない。
「やだ」
「やだって、お前な」
「ジョン・ドゥはなんでそんなことするの? みんなで仲良くしたほうがいいよ?」
「あのなあ、そんな甘っちょろい話じゃねえだろ」
いいや、そんな甘っちょろい話なんだよね、実は。
ジョン・ドゥも言ったとおりレベルの優位なんてすぐに追いつかれてしまう。いかに私たちが頑張ろうと、レベルは50で頭打ちなのだ。それ以上は逃げられない。だったらここは恩を売っておいた方が、この先立ち回りやすくなる。
というかそもそも、このゲームにおいてレベルって実はそんなに大したものじゃない。プレイヤースキルの方がよっぽど大事だ。ちょっと頑張れば、レベル1でもあのクソ野郎を倒せるんじゃないかなと思っている。
「違うの。私たちの目的は、みんなで生き残ることでしょ?」
「いやまあ、それはそうだが……」
「だったらみんなで強くなろうよ。そうしたら、誰も死なずに済ませられる」
「おまっ、それ、本気で言ってんのか!?」
えっ、ちょっと、待ってそれマジ……!?
確かに私は公開した方がいいとは思う。だけど、の子が描いている絵は、私の想像とは少しズレていた。
私が恩を売りたいのは、この先手を結びたい相手だけだ。何も全プレイヤーに対してコストを支払う気はさらさら無い。
「船をもっといっぱい作って、誰でも幽霊船狩りツアーに参加できるようにしましょう。低レベルの人たちは専用のガイドも付けてね。みんながカンストするまで、無償で何度でもこれを繰り返します」
「待て待て待て! 落ち着けの子! そんなことをして俺らに一体何の利益がある!?」
「えっと……。人間が幸せになるよ?」
「あり得ねえ!? 人間の幸せだァ!? 何寝ぼけたこと言ってんだ、社会なんて奪いあいだろうが!」
深呼吸。再計算する。の子の提案は、私の想像の外にあったものだ。
そんなことをすれば私たちの手はそれにかかりきりになる。予定していた、終盤マップでの『宝石の原石』乱掘による資金調達もすっかり後回しになってしまうだろう。
それに、いくらなんでも恩を売りすぎだ。恩とは特別なものだ。そんな風に誰にでもいい顔をしてしまえば、施された相手は恩義を感じるはずもない。【財団】創設時の農地騒動がそれを表している。
だとしても……。これは……。
「ジョン・ドゥ。世界が変わるよ」
そう。
世界が、変わるのだ。
「……っ!」
「今のプレイヤーは、みんな弱い。とても弱い。そんな私たちが自分たちの身の丈で競いあったところで、きっと不毛なだけなの。だから、みんなで強くなろう。楽しいことは、それからだよ。ね?」
「お前……。なに、考えてんだよ……」
「何って、そんなの決まってるじゃないの」
の子は立ち上がり、不敵に笑って、手を広げた。
「せかいせーふく」