4章 2話
「ああ、それとだ」
ミウラマンがごそごそとアイテムインベントリを開き、『フラッシュストレートフルーツ』を取り出す。そしておもむろに差し出してこうのたまった。
「今後ともよろしく頼む」
「…………。なんで私の好物が攻略組にまで知れ渡ってるんですか……」
「人伝に聞いた。錬金術士のラストワンに用があるときは、これを渡さなければ釜で煮られると」
「話に尾ひれがついて怪談になってる……」
遠い頭痛を感じながら、『フラッシュストレートフルーツ』を受け取る。いいんですよ。好きだから。
ミウラマンは綺麗な動作で一礼して去っていった。きっと今からレベリングに戻るんだろう。頑張ってください。
それはそうとして。ミウラマンと話している間ずっと感じていた視線の主に声をかける。
「何してんの」
「…………」
返事をする気は無いようだ。手に持った『フラッシュストレートフルーツ』を路地裏に放り込む。放物線を描いて飛んだ『フラッシュストレートフルーツ』は、地面に落ちる前に受け止められた。
影が漏れ出るように、ゆらりと路地裏から"黒"が滲み出る。今の時刻は真夜中。月光の下に姿を表した"黒"は、どうしてそれが隠れられようかと言わんばかりの存在感を強く放っていた。
その人の姿に、巨大な鉄を幻視する。際立って背が高いわけでも、筋肉質だというわけでもない。短く整った髪をそよ風に流すその人は、ただそこにいるだけで見るもの全てを威圧する。
背負うは巨剣。纏うは闘衣。ただ真っ直ぐに物を見据えるその眼は力強く、しかし何かの感情を捉えることは難しい。
「ヨミサカ」
その人はただそう名乗った。だから私もこう返す。
「ラストワン」
ヨミサカから視線を外すこと無く、思考操作で露店を閉じた。設営されていた露店が片付けられる。
露店が消える。それと同時にヨミサカは背負った巨剣を振りぬいた。
圧倒的な質量が轟音を立てて振りぬかれ、私のいた場所を叩き切る。ターンステップでヨミサカの背面に回りこんだ私は、ヨミサカの後ろ頭にハイキックを叩きこもうとして――、ヨミサカが後ろ手に抜いていた拳銃に気が付き、慌てて動きを止める。
静寂は一瞬。私の足はヨミサカの頭の真横で止まり、ヨミサカの持つ拳銃には人差し指がかけられていた。
私は足を下げ、ヨミサカは銃をしまう。
「なるほど。ジミコが言っていたことは本当のようだ」
「あの子、なんて言ってた?」
「ただ一言、『変な奴』と」
「あの子にだけは言われたくないなぁ……」
ヨミサカ。巨剣のヨミサカ。化け物揃いの攻略組でも最強格のプレイヤーで、一周目の時に私やジミコが所属していた固定パーティのリーダーだ。
ヨミサカについて語ることは少ない。ヨミサカはどこまでもシンプルだ。ゲームをクリアするために必要なことをやる。邪魔する者は叩き潰す。考えていることはそれだけだ。
「お前、良い目をしてるな」
「そりゃどうも」
「生産職にしておくには惜しい目だ」
良い目をしてるって言われてもなぁ。
「うちに来い。お前が必要だ」
「だから攻略組に囲われるつもりは無いって。ポーションの受注生産受け付けるからそれで勘弁してよ」
「そんなものどうでもいい。戦力としてお前が欲しいんだ」
……わーお、情熱的ぃ。
ヨミサカは口説き文句が強引な上に、謎の説得力やら安心感があるもんだから困る。誘われたらついつい頷きたくなってしまう。
おまけに冗談じゃなくて100%本気で言ってるから質が悪い。
「私、まだレベル1なんだけど」
「レベルなんてどうでもいいだろう、ただのデータだ。戦力として求められるはPS。お前はそれを持っている」
「いやだからって、今更入っても足引っ張るだけだって」
「それくらいどうにかしろ」
どうにかしろって言われましても。
私だって廃ゲーマー、もとい元攻略組。どうにかしろって言われたらどうにかしたくなっちゃう。
ああ、もう、どうしよう。今からでもヨミサカについていこうかな。レベリングだって効率化しながら死ぬほど頑張れば追いつけなくもないし……。
いやいやダメダメ。私にはやらなきゃいけないことがあるんだ。攻略組に入るわけにはいかない。
「断るよ。私は攻略組に入らない」
「何故だ。お前ほどのPSなら最前線でも通用すると自分でも分かっているだろう」
「このゲームを食い殺すには真正面からぶっ潰すだけじゃ足りないの。私は私の立場からこのゲームを攻略する」
「ほう……。ならば答えろ。お前の言う攻略とは何だ」
「1人でも多く犠牲者を減らすこと。そのために私は作らなきゃいけないものがある」
「だったら尚更攻略組に来い。犠牲者が増える前に、1秒でも早くこの世界を終わらせるぞ」
「それじゃあダメなんだ」
目を閉じてあの日のことを思い出す。
私たちが――。攻略組が、私一人を残して全滅した日のことを。
「剣じゃ救えない命がある。私はそれを救いたい」
今度こそ。今度こそは、攻略組を死なせない。必ずみんな生きて終わらせる。
かつては自分もその中にいたから良く分かる。攻略組は最強だ。万全のバックアップ体制を敷けば、攻略組は必ず勝つ。
ヨミサカと目線をかわすこと数秒。お互い一切目をそらそうともしなかったが、ヨミサカがふっと口元を緩めた気がした。
「覚悟はいつだって美しい物だ。認めるさ。お前は本物だよ、ラストワン」
「……ごめん。本当はヨミサカと一緒に戦いたい気持ちもあるんだ。でも、これは私がやらなきゃいけないことだから」
「謝ることはない。お前は誇り高い戦士だ。胸を張ればいい」
ヨミサカは泰然と近寄ると、あやすように私の頭を撫でた。その手つきがどうにも懐かしくて、ちょっとだけ俯いた。
昔、ヨミサカは死んだんだ。私だけを残して、ヨミサカは壮絶に果てたんだ。
私は――、ヨミサカにまた会えて、本当に良かった。
「――おい? お前、泣いてるのか?」
「……ヨミサカってつくづく空気読めないよね」
「そうか。すまない」
そう言うと、ヨミサカは後ろを向いて背中を見せた。今更遅いわ。
無性に腹が立って、その背中を蹴っ飛ばす。ヨミサカはびくともしなかった。
今はまだ涙は我慢する。これはあれだ、夜風が目に染みたんだ。泣いてるわけじゃない。
「――それで。用事はそれだけなの、ヨミサカ」
「まるでさっさと帰れとでも言わんばかりだな」
「誰かさんのせいで機嫌が悪いの。今日はもう寝るから、用事が済んだらさっさと帰って」
「機嫌が悪いようには見えないがな」
「うっさい」
ヨミサカはいたずらっぽく笑うと、私がさっき投げ渡した『フラッシュストレートフルーツ』を取り出してしゃりとかじった。
「……なんだこれは」
「『フラッシュストレートフルーツ』。美味しいでしょ」
「水っぽい上に薄味すぎる。不味いな」
「あ? ヤんのかコラ」
「だが、お前の好きそうな味だ」
「どういう意味さ」
「お前のようなアクの濃い奴は、これくらい薄いの食って薄めた方がちょうどいい」
ヨミサカにだけは言われたくない。
っていうか何なのささっきから。私はヨミサカのこと知ってるけど、向こうからしたら初対面のはずでしょうに。人畜無害美少女のラストワンちゃん捕まえて好き放題言っちゃって。
「もういいからさっさと帰りなよ。こんなとこで油売ってる暇があるなら経験値稼いでこればいいじゃん戦闘マシーン」
「今日のレベリングは終わった。今晩は3日ぶりの睡眠時間だ」
「貴重な睡眠時間潰して油売るってバカじゃないの!?」
「それがそうも行かなくてな。用を済ませないと寝るに寝れない」
ヨミサカは『フラッシュストレートフルーツ』を飲み込む。『天然水』を投げ渡すと、豪快に飲み干した。
「ポーションを買いに来た。露店を開けてくれ」
「あー」
そりゃ失礼しました。