外伝 14話
嵐の中、揺れる船上。
横殴りの風が身体を叩き、額にべったりと髪を貼り付ける。水気を吸った服がじんわりと重い。
そんな中でも、私の心は焼ける砂のように熱く乾いていた。
「…………」
くるくるとショートソードを回しながら、大海賊との間合いを測る。欲しいのは一瞬の隙だ。あいつが少しでも動けば、その瞬間に命をもらう。
一歩、二歩。まだ動かない。三歩、四歩。この間合なら既に射程圏内だ。五歩、五歩半――。
動いた。
「――っ」
大海賊がカトラスを振るう。上段からの切り下ろし。切り込むように回避しながら『全能石』を構える。続くクロスレンジでの蹴り上げには、進行方向にショートソードを置いた。あいつが蹴る力を利用した斬撃だ。それに気がついた大海賊は寸前で蹴る速度を緩めた。ああ、馬鹿だな。それは悪手だ。
『全能石』が光り輝く。クラスチェンジ。選択したクラスは――シニガミ。クリティカル攻撃に特化した、異色の近接戦闘職だ。
「その足、貰うよ。【ヒートクリーヴ】」
赤熱した闇の剣がゆっくりと迫る大海賊の足を刈り取る。【暗影の刃】はレベル依存の暗器を召喚するスキルだ。レベル帯相応の火力は出せる。
切断、とまではいかなかった。だが大きく負荷はかかっただろう。少なくとも、次の行動のための隙を作る程度には。
「【一刀集中】」
シニガミが持つ、固定クリティカル値を得られるバフだ。たとえクリティカル率を上昇させる各種レア装備を身にまとっていなくとも、このスキルを発動させれば最低30%はクリティカルが保証される。
続けてクラスチェンジ。選択クラスはベルセルク。お目当てはもちろん、【ブラッディベルセルク】だ。即座に発動。
「っと」
カトラスの連撃。巨剣を盾にして敵の攻撃を受け止めるスキル【ソードシールド】で受け止める。まあ、私が持ってるのはショートソードなんだけど。足りないものは小手先の技術でなんとかなる。
一度大きく後方宙返りし、空中でクラスチェンジ。選択クラスはパニッシュメント。神の力を借りる聖職者のクラスだ。
大海賊は着地の隙を逃さなかった。着地地点を狙って弾丸が放たれる。いいね、それくらいやってもらわないと。
「【神よ我が身を守り賜え】」
十字架を切ると、虚空から光り輝く盾が現れた。仰々しい大盾はバチンと弾丸を跳ね返し、少しの間残留する。その裏に隠れて私は次のスキルを発動した。
バフスキル【神罰執行】。ボスモンスターとの戦闘時に、各種ステータスを20%上昇させるぶっ壊れバフだ。使いづらいスキルばかりで弱職の筆頭候補に挙げられるパニッシュメントも、このスキルだけは誰もがも認める力を持つ。
次のクラスはフェアリーサモナー。既に【水精の浮心】を使用しているが、私が欲しいのは【炎精の龍爪】のほうだ。間髪入れずに発動すると、その瞬間に大海賊が突撃してきた。
「――君さ。私相手だとやる気出し過ぎじゃない?」
こいつ、さっきの子と戦ってたときと明らかに動きが違うじゃないか。ああもう、やっぱり私の人生ハードモードだわ。ちゃんと見とけよの子、これが天に愛されなかった女だ。
クラスチェンジ。選択クラスはフォートレス。ゆっくりと消えようとする光の大盾をひっつかみ、スキルを発動する。
「【リベンジ・シールド】!」
受け止めたダメージを自分の攻撃力へと変換するスキルだ。その分ダメージの減衰率は少し悪い。大海賊の突撃を正面から受け止めると、私の身体から赤い燐光が漏れ出した。
そろそろ十分だろう。シメと行こう。
クラスチェンジ、ソードダンサー。肉薄からの超連撃を得意とする、斬るか斬られるかの近接職。そしてこれは、私のメインクラスでもある。
二振りの【暗影の刃】を持ち、甲板を強く蹴る。肉薄しながら最後のバフを発動する。
「【祭囃子】――ッ」
コンボが繋がるほどダメージ係数が上昇する、ソードダンサーの中核バフ。これがあるからこそ、トップスピードに乗ったソードダンサーは他の追随を許さない火力を持つ。
ストームシューターの【風の音階】、シャドウエッジの【暗影の刃】、シニガミの【一刀集中】、ベルセルクの【ブラッディベルセルク】、パニッシュメントの【神罰執行】、フェアリーサモナーの【炎精の龍爪】、フォートレスの【リベンジ・シールド】、そしてソードダンサーの【祭囃子】。
これだけ盛れば、どんな敵だって斬り裂ける。一瞬の急加速で大海賊の裏を取り、天地の構えを取って一呼吸。このスキルは、私でも制御しきれる自信はない。
手動再現。
「千剣万華――ッ!」
千の刃が吹き荒れて、万の血華が咲き誇る。ゼルスト七王技が四の技、千剣万華。
二刀流剣術の頂にあるこの技は、複数のバフの後押しを受けてもう一つの嵐と化す。【炎精の龍爪】から漏れ出る炎が風に巻かれ、船上には真紅の暴風が生まれた。
狩る。削ぎ落とす。引きちぎってばら撒いてぶちまける。一刃一刃が獣の牙となって、眼前にあるもの全てを喰らい尽くす。百と二百と三百と。速度が上がるほどに炎が爆ぜ、嵐の渦中に焦土が広がる。
六百三十二。剣はそこで止まった。千には遥かに届かない。だがそれでも、私が放った技はこの戦いを終わらせるには十分過ぎた。
(ラストワン。もう、終わってるよ)
の子に言われて気がつく。大海賊は既に消滅し、船上はすっかり荒れ果てていた。甲板は切り刻まれ、マストはへし折れ、あちこちから火の手が上がる。外殻に大きな亀裂が入り、波が打ち寄せるたびに船体は大きく軋む。
この船はもう崩壊する。長居は不要だ。船のヘリから見渡すと、こちらに近寄ってくるカッター船が見えた。
「おーい! の子! こっちだ!」
ジョン・ドゥが叫ぶ。出迎えご苦労。幽霊船からカッターへと飛び移り、くるんと受け身を取る。
「の子、お前マジでやりやがったな……。怪我はないか?」
「生きてる。見りゃわかんでしょ。それよりもさっさと撤収するよ、ここにはもう用はない」
「あ、ああ?」
まごつくジョン・ドゥを押しのけて舵を取る。くるんと回して旋回し、風を掴んで走り出した。
「お前、なんか、雰囲気違わねえか?」
「気のせいじゃない?」
「やっぱ違えよ。どうした? 頭でも打ったのか?」
肩をすくめる。中々良い勘しているじゃないか。
完全に崩壊した幽霊船が海の底へと飲み込まれていくと、私の身体に大量の経験値が吸い込まれる。
レベルアップ。これで34レベル。やっぱり幽霊船レベリングは効率が良い。二度目以降は上昇率が鈍るが、一週間も繰り返せばカンストするだろう。
だけど次やる時はもう少し準備してから来よう。もうこんな綱渡りはゴメンだ。の子にとってはイージーモードかもしれないけど、私にとってはやっぱりこのゲームは生きるか死ぬかのデスゲームなんだから。