外伝 7話
「っつーわけで、話を詰めるぞ。第一回生存会議、進行はNo.2のmvTkQxJwが執り行わさせてもらおう」
アトリエ内に設置されたテーブルを囲み、集団となった私たちは会議を開いていた。
メンバーはの子、ジョン・ドゥ、知らない人その1、その2、その3、その4、その5。
知らない人が多すぎる。何故かアウェーに立たされていた。というかジョン、しれっとNo.2の座に収まってんじゃねえよ。お前最初っからこれが目的だったろ。
「ねえジョン・ドゥ。この人達、誰?」
「ああ、こいつらか? 数合わせだよ、数合わせ。四天王みたいなもんだ」
四天王て。ご丁寧に五人揃えてるあたり、ポイントはしっかり抑えている。
「実際はお前さんの独断専行だろうと、こうしてそれっぽい奴らを集めて会議にしたら民主制っぽくなるだろ? 民主制ってのは結構な奴らが絶対的に正しいものと盲信してるからな。こういう小技は効かしといて損は無い」
最高にいい性格してやがった。吹かしてくれるねえ、ジョンさん。
民主制ってのはトップが間違った判断をしてもブレーキがかけられるという利点と引き換えに、判断速度がとにかく遅いという明確な欠点を持つ。
トップが入れ替わる事を想定した場合、仮に無能がトップになったとしてもなんとかなる民主制は強いけど、今回のケースだとトップがの子から入れ替わることはまず無い。なんでも民主化すればいいってわけではないのだ。
それに何より、民主制ってのは構成員の一人一人が現状を正確に認識し、それぞれが正しい判断を下さなければ機能しない。それは本当に難しいことだ。
究極的に民主制ってのは「私と同レベルで話せるやつしか構成員として認めないよ」という意味になる。基本的に民主制とは構成員に最も負担をかける形態だ。責任を果たせないものには、居場所すら与えられないのだから。
「ま、スタートから僅かな時間でここまでやってみせたお前だ。凡愚のなまっちょろい考えをいちいち検討するより、お前の好きにやらせたほうが手っ取り早いだろ。存分にやれよ」
そんなわけで君主制になるらしい。このジョン・ドゥという男は、本当に都合がいい状況を用意してくれる。
ここまでお膳立てされると逆に気になる。こいつは、何を求めてこんなことをしたんだ。
……の子。切り込んでおこう。こういうのは、後々に持ち越しておくと面倒になる。
「えーっと、ジョン・ドゥ。何が目的なのって聞いてるよ?」
「俺の目的か? そうだな、大きく分けて三つある。聞いてくれ」
特に気負うことも、言い渋ることも、迷うこともせず。ジョン・ドゥは当たり前のように言い切った。
「金。力。それから女だ」
「俗物だね」
「よく言われる」
よく言われるんじゃない。そういうのはもうちょっと隠せ。
……残念ながらこいつは本気で言っていると、不意にそう直感した。私の直感はよく当たるんだ。的中率で言うと100%を誇る。
「で、どうしたい? なんでも言えよ、聞いてやる」
「んーっとね」
の子、ストップ。よく考えようか。
聞いてやる、とジョン・ドゥは言った。文字通りまずは聞くだけなんだろう。色んな意味で、こいつは信用できるNo.2だよ。
集団のヘッドに立つのは私たちであれど、実際の指揮権を持つのはこの男だ。私たちはこの集団に直接指示を出せるほど、集まった人々のことをよく知らない。
もちろん彼に意志を伝えれば都合よく動かしてくれるだろう。彼が私たちと協同する限りは。
嫌な構図だった。ジョン・ドゥは集団の長である私たちを無視できず、私たちもまたジョン・ドゥの存在を無視して集団を動かせない。
この構図が、互いが互いに足を引っ張る結果となるか、協力しあって相乗効果を引き起こすか。まずはそこをはっきりさせておきたい。
「私たち、仲良くなれるかな」
そんな私の思惑を、の子さんは極めてシンプルにまとめてくださった。間違っちゃいない。間違っちゃいないけど、そうじゃないんだ。
「良いぜ、良く分かってるじゃないか。そうだよ、俺とお前は現時点で仲良しじゃない。俺の思惑を一瞬で読み解くとは、の子、お前をパートナーに選んだ俺の目は間違っちゃいなかった」
の子のとぼけた発言をめっちゃ都合よく解釈して、本筋に引き戻してくれた。お手間かけますねえ、ジョンさん。
「ひょっとしたらお前はとんでもなく運がいいだけの、見た目通りの浮ついたやつかもしれないと思って試させてもらったが、どうやらそれは違ったようだ。徹底的に計算する内心を、その浮ついた上っ面で取り繕ってるんだ。恐れ入るよ」
何言ってんだお前。の子はとんでもなく運がいいだけの、見た目通りの浮ついたやつだよ。もうちょっと自分の目を信じろジョン・ドゥ。
まあ、あながち間違っちゃいないんだけど。こうも自信満々にちょっとズレたことを言われると、こいつ馬鹿かって思っちゃう。
「良くわかんないけど、仲良くしよっか」
「とぼけんなよ。頼むぜ、相棒」
ガッチリと握手が交わされる。大丈夫かなあ。ラストワンさんはなんだか不安になってきたよ。
……ま、うん、いいや。都合よく話が進んでいるのには変わらない。次の一手を詰めよう。
「さて、ようやく本題だ。生き残ることを目的にすると言っていたが、具体的には何をするつもりだ? 言っちゃ悪いが、ただ生きるだけなら引きこもってたってできるぞ」
そう、このゲーム、引きこもっていればまず死なない。ラインフォートレス防衛戦という例外はあるけどね。
せっかく集団の力を手に入れたと言うのに、外に打って出ないのはもったいない。それでは宝の持ち腐れだ。私が危惧していた点を、ジョン・ドゥは指摘してくれた。
「それが一番良いんだけど……。でも、それだけじゃ死んじゃうから、ダメ」
「何言ってんだ? 引きこもってたら死なないだろ?」
「そうしてたら私たちは死なないけど、外に出てる人は死んじゃうでしょ」
の子が何気なく放った言葉に、ジョン・ドゥが戦慄する。私もまた、戦慄していた。
おいおい、まじかよの子さん。本気で言ってんのか。それがあんたの望みか。
「おい、待て、の子。目的をもう一度確認しよう。俺達は、死なないために行動するんだよな?」
「そうだよ。プレイヤー全員が誰一人として死ななくていいようにするの」
「全員!? 無関係なやつも、何もかも、全部か!? 本気で言ってんのか!?」
「うん。それってすっごく素敵なことじゃない?」
やっべえ……! イカれた野郎だとは思ってたが、こいつ、本気でやべえ……!
プレイヤー全員を救うなんて、大言壮語にもほどがある。一周目を経験したこの私をして、ノータイムで「無理だ」と言い切れるだけの所業だ。
あまりにも荒唐無稽。死が身近にあふれているこの世界で、死そのものを遠ざけるだなんて、並大抵のことではない。
だからこそ……、だからこそッ!
そのあまりにふざけた理想論が! 私とッ! ジョン・ドゥの心に火を付けたッ!
「おもしれえ、上等じゃねえか……。それくらい馬鹿げた大義名分を掲げりゃ、並大抵の所業は看過される。いいぜ、慈善事業と洒落込もうかァ!」
ああ、二周目のゲームが簡単すぎて退屈していたところだ。良いねえ、死そのものを全否定するその根性。
プレイヤーの死を吸って育つウルマティアは、最高に嫌がるだろう。あいつを殺すという私の目的にも沿っている。やってやろうじゃないか。
私の暗い情念と、ジョン・ドゥの欲望。それらが猛烈に燃え上がっていることを知ってか知らずか、の子はにこにこと笑っていた。