外伝 6話
今のの子はとにかく忙しい。休む時間なんてありゃしない。
プラントを稼働させ、精製した『石油』を店売りして資金をかき集め、新規の農場契約を交わし、売りに来た素材を買い漁り、それを使って『アムリタ』を錬金して、販売露店に陳列する。
その上詐欺師の相手なんかしてた日には、手がいくつあっても足りなかった。
「ああ!? 生まれたばかりのガキに飲ますミルクが無いから20000ゴールドよこせだぁ!? ふっざけんじゃねえぞ馬鹿野郎! テメエのガキも世話できねえなら、なんで産んだんだクソ野郎! 命舐めんじゃねえぞ!」
いつもの手管で金をせびりにきた詐欺師を、ジョン・ドゥが追い払う。そもそもね、ゲーム内で子どもなんて生まれないからね。あんたも大概面白い人だよ。
気がつけばジョン・ドゥは、の子の隣で助手のように振る舞っていた。別に頼んだわけじゃないのに。まあ、そうしたいってならそうすればいい。
ガンガン作って、バンバン売って。怒涛の商品展開力で油田周辺は常に人がうろつくようになり、浮いた客を狙ってちょっとした露店街なんかも発生する始末だ。
そうなると自然と自警団なんかも組織されてたりする。いや、これは自然じゃない。市場を守る自警団が生まれるのは自然だが、いくらなんでも早すぎる。
「おら、これでちょっとは静かになるだろ。感謝しろよ」
そう言って満足気に笑うのはジョン・ドゥその人だった。なんだこいつ。お前は何がしたいんだ。
まあ、こういう状況を用意してくれたなら乗っからない手は無い。露店街が生えてきたと言うなら、私たちも一枚噛ませてもらおうか。
の子、農場を拡張して自分の店を持とう。大丈夫、お金なら無限にある。
「お店かー。可愛いお店がいいなー。和菓子屋さんとか!」
うるせえ黙れ、私のくせに小学生女児みたいなこと言ってんじゃねえぞ。これから買うのは実用性一点張りの、機能性以外何一つとして感じ取れない寒々としたアトリエだよ。
まざまざと現実を突きつけてやったつもりだったけど、アトリエという言葉の響きに気分を良くしたのか、相変わらず目をキラキラ輝かせながらの子は手続きを進める。異次元に農地が拡張されて、いくばくかの素材をぶち込んでアトリエが建てられた。
「ラストワン! 一緒にこのお店を、大きくしていこうね!」
んなもんどうでもいいわ。
店を持つのは手段であって目的じゃない。『アムリタ』を効率的に普及するためにしばらくは利用するけど、それが終わった後はただの拠点として扱う予定だ。
というか、大きくしたいって意味なら、既にの子は比肩するものなき大商家に成り上がっている。いや、の子は現状に慢心せず更なる上を目指しているのか……?
そんなわけで出来上がったの子御殿。その完成は、多くの人々の祝福によって迎え入れられた。
「おめでとうございます! の子さん!」「ついにここまで来ましたね! これからも頑張っていきましょう!」「いやあ、まだまだこれからですよ! 我らの子一門、誠心誠意盛り立てていきましょうよ皆さん!」「ああ、俺達の戦いはこれからだ!」
誰だお前ら。
おい待ての子、何一緒になって「いえーい! これからもよろしくねー!」なんてファンサービスしてんだよ。だからもっと人を疑えっつってんだろ。適応力が高すぎんだよニュータイプかお前は。
どういうこと、と私が1人愕然としていると、ジョン・ドゥがニヤニヤと笑う。
「こいつらはお前のシンパだよ。金があんなら次は人だろ? 定石通り行こうや、大将」
お前の仕業か。
自警団が急速に組織されたあたりから、ジョン・ドゥが何かやってそうなことには気がついていた。どうも全力で私たちに乗っかる気らしい。
長いものには巻かれろの精神ってのは分かるけど、個人的にはちょっと苦手だ。というか私は集団ってものは不得手な方だ。単独行動の方が好きっちゃ好き。
ま、私の好みなんてそれこそどうでもいい。集団ってものには相応の力があるし、私たちがそのトップに君臨できるような状況を用意してくれたのなら、使わない手は無い。
記憶にある友の手腕を思い出す。生産職の総本山となる機関を設立し、そのトップで比肩するもの無き采配を振るっていた彼女。二周目では顔を合わせていないけど、元気でやってるだろうか。
……会いたいな。
「? ラストワン?」
っと、ごめんごめん、ぼうっとしてた。どうしたの?
「ううん、ラストワンが寂しがってたような気がしたから」
…………。
いいから、次の手を詰めるよ、の子。
集団ってのは目的意識を持った人の群れだ。今のこいつらはただ、何かを期待して集まった人の群れに過ぎない。
の子、まずは彼らに私たちが共通して持つことになる目的を打ち出して。シンプルで共有しやすいものがいい。間違っても嘘は言わないようにね。
大丈夫、実力は既に見せつけたから。彼らが私たちの目的を受け入れられれば、私たちは集団になれる。
「集団? 仲間じゃなくて?」
良い着眼点だよ、の子。私たちは仲間にはなるんじゃない、集団になるんだ。
仲間は個を捨てられないけど、集団は群れのために個を切り捨てられる。
線引はしっかりしておこう。集団はあくまでも目的を目指すための組織であって、結束を旨とする仲間とは違うんだから。
「むー……。そういうの、好きくない」
の子。人は全てを救えないよ。
何もかもを救おうとするなら、自分が犠牲になるしかない。この世界にはね、必ず1人は死ななきゃいけない状況ってのがあるんだ。
それは良いことでも悪いことでもない。目的を達成するために支払う、ただのコストに過ぎない。それがどんなに残酷なものだとしても。
「……? ラストワン?」
っと、余談だったね。ごめんごめん。
先に言っておこう。私の目的はあくまでもウルマティアの討伐だけど、それは集団の目的にはできない。そうするには個人的な感情が大きすぎる。
もちろん私の目的のために集団は使わせてもらう。でも、集団の主目的は別に置いたほうがいい。
の子が決めていいよ。ねえの子、私たちはどんな群れになりたい?
「……うん、わかった。――みんな! 聞いて!」
集まった人たちに向けて、の子は声を張り上げる。彼らはの子に、何かを期待する目を向けていた。
どんな目的でも構わない。攻略組が掲げる『ゲームクリア』や、【生産職職人連合】が掲げる『生産職相互援助』と被ったとしても、彼らと協同して動くだけだ。
シンプルかつ利益が分かりやすい方が良いだけに、目的について深く考えることはかえってよくない。ここはの子のインスピレーションに任せようと思った。
「生き残ろう! いつかこのゲームがクリアされるその日まで、一人でも多く生きるんだ! そのためにみんな、力を貸して!」
の子の打ち出したそれは、シンプルかつ極めて力強いものだった。
ただ生きることを目的とした、相互補助機関の発足。それは大きな拍手と共に迎え入れられた。