外伝 5話
そうは言っても、ジョン・ドゥが指摘した通り、現段階でロクなリターンを得られていないことには違いなかった。
どっちにしろそろそろ始めようと思っていたんだ。の子に合図して、用意していた張り紙をぺたりと露店に貼り付ける。
「……なんだそれは」
「買い取り金額、なんだって」
伝聞形で話すんじゃないの子。自分で決めたように振る舞ってよ。
の子が提示したのは各種素材の買取金額だ。それも、プレイヤー間でにわかに回りだした弱小経済では、到底支えられないような法外な値段の。
財力ってのはどこまでも物を言う。プレイヤー共がの子に生産物を売りに来ないってなら、それでいい。
お前たちを動かした魔力が何なのか、世に知らしめてやるまでだ。
「……『救命草』一本300ゴールドォ!? おまっ、馬鹿か!? あんなの店売りで40ゴールド、プレイヤー間流通価格で150ゴールドが関の山だぞ!? 相場の二倍って、何考えてんだ!?」
「適正価格? って言ってたよ?」
だから伝聞形は……。ああ、もう、いいや。この子に嘘や腹芸は無理だろう。
正確にはこれでも買い叩いている。相場が落ち着いた後の適正価格はもう少し高い。
ま、相場が落ち着くのなんてもっと先だし、その頃には流通貨幣やそもそもの物価っていう前提条件も異なってくるから、こんな計算に意味はないんだけども。
大事なのはプレイヤーが儲けようとした時、「『救命草』を作っての子に売る」のが一番稼げる選択肢になった、ということだ。
その他にも『幻惑虹キノコ』や『癒やしイワシ』、『世界樹の若葉』に『フラッシュストレートフルーツ』なんかも、採算度外視の高価買取をしている。
「こんなもの買い集めて、どうするつもりだよ! まじで意味わっかんねえ……! こんな価格で買い漁ったら、もっと大損こくぞ!?」
「でも、皆幸せになれるよ?」
「金で買った歪な幸福だ! 誰も幸せになんかなってない!」
「これで正解なんだって。私もそう思う」
ジョン・ドゥが騒ぎ立ててくれたおかげで、注目度は高まった。
元々知名度は高かったの子の露店だ。数十分もしないうちに、次々と売却依頼が飛んでくる。それのひとつひとつに提示価格通りの額を払うと、インベントリから溢れんばかりの素材だけが残った。
自分の畑でしこしこ素材を作るよりも、よほど効率が良い。財力に物を言わせた極めて強引なパワープレイであった。
――の子、油田の隣に錬金鍋設置して。ポーションを作ろう。
「はーい」
ずどんと設置された錬金鍋に、用意しておいた素材をガンガン放り込む。
農協で買った『蒸留水』で、ポーションを染み込ませた土と釣り上げた流木を煮込んで『天然水』を精製。その中に各種素材をぶち込んで煮込むだけだ。
私にやらせれば容赦なく自動クラフトで短縮するところだけど、の子はひとつひとつの素材を丁寧に下処理していった。ああ、わざわざそんなことしてたら時間効率悪いのに。
「~~♪」
……まあ、うるさく言うことでもないだろう。人が楽しんでるのに水を注す趣味は無い。
の子にとっては楽しいゲームなんだから、その時が来るまではせめて楽しんで欲しい。
工程はようやく煮込む段階に入った所だ。その時、の子が手を滑らせて、ぽとりとヘラクレスを鍋の中に落としてしまった。
「あ、ごめん……。大丈夫?」
の子はすぐに取り落としたヘラクレスをおたまで引き上げる。
ヘラクレスは(これくらい平気っすよ)って顔をしていたけれど、の子には伝わってないようだった。
その時、奇妙な直感が私の頭に閃く。なんでかは分からない。理屈じゃないんだけど、なんとなく、そうした方がいいような、いや、そうしなければならない気がした。
……ねえ、の子。そのヘラクレス、煮込む気無い?
「ええ!? 煮込むの!? なんで!?」
いや、なんでかわかんないけど……。ううん、ごめん、やっぱいいや。忘れて。
さすがにおかしい。なんでヘラクレスオオカブトムシをわざわざ煮込む必要があるんだ。そんなことをして何になる。
ふわふわと宙に舞うヘラクレスは(最近なんか物足りない……)って顔をしていた。こいつもこいつでよくわからん。
私が頭を悩ませている間にも工程は進んでいく。の子は続々と素材を鍋に投入し、普通の棒でかき混ぜ始めた。
待っての子、それを使うよりも『蒼海龍の釣り竿』で混ぜたほうが――。
「ラストワン。釣り竿は、そうやって使うものじゃないと思う」
正論だった。いや、それはそうなんだけどね。
……ま、それでもいっか。ちょっとした小技を使えばポーションにカームコールとアーキリスの祝福を付与し、付加価値を高めることができたんだけど。別にそれは必須じゃない。
出来上がったポーションは、一周目で猛威を振るった妙薬だ。一周目はとんでもないキチガイ野郎がこれを作ったせいでアホな名前がつけられたんだけど、それは余談だ。
「できたよ! ほら、これだよね!」
うん、お疲れの子。好きに名前つけちゃって。
「うーん……、そうだなあ。だったら、『幻惑虹キノコ』、『癒やしイワシ』、『世界樹の若葉』、『フラッシュストレートフルーツ』を「錬金」して作ったポーションだから、それぞれの頭文字を取って『ゲイセ――」
ストップ。そのポーションの名は『アムリタ』にしろ。そちらがこの要求を飲まないのであれば、当方はどちらかが消滅するまで争うことも辞さない。
「『アムリタ』かあ……。うん、いい名前。それにしよっか!」
――あっぶねえええええええ!!
やべえよの子さん、忘れてたわ。なんだかんだ可愛い顔で許されてっけど、こいつも頭のネジぶっ飛んだサイコ野郎だった。もう少しで一周目の惨劇が繰り返されるところだったよ。
しかもこいつ、自分が何を言おうとしたかまるで気付いてないのが救いがねえ。ナチュラルボーンサイコパス・表紙の子。油断するなよラストワン、私が相対しているのは、邪神の欠片とでも形容すべき何かだ。
「そろそろ説明してくれよ。わざわざこんな値段で素材買い集めてまで、何作ったんだよ」
「うん、これ。『アムリタ』って言うの」
の子がジョン・ドゥに『アムリタ』を手渡す。安価な素材で作られる、隙のない性能のポーションだ。
安くて良く効く良いポーション。ついでにアルコールを9%くらいぶち込んでおけば、辛い現実を一瓶でごまかせる現代の麻薬として立ち位置を確立できるかもしれない。
ま、このゲーム、そもそもお酒なんて無いんだけど。
「……良いポーションだ。だが、肝心なのは値段だ。こいつをいくらで売るつもりだ?」
「一瓶300ゴールド? だよ?」
「300ゥ!?」
うん、300ゴールドでオーケー。現段階で流通しているポーションの性能を考慮すると、この5倍の値段くらいが適正価格なんだろうけど、これはこれでいい。
こっちには無限の素材供給力があるんだ。転売だろうとなんだろうと、圧倒的な商品供給速度でたやすく踏み潰せる。
相場がなんだ、経済がなんだ。私たちは強者だ。市場っていうのは、私たちの都合よく作り変えられるものだ。石油王を舐めるなよ。
「うん。これだけ安かったら、みんなも沢山買えるでしょ? 人死もすっごく減ると思うの!」
「それはそうだが……。くっそ、ふざけた値段だが、ギリギリ採算が取れてやがる……ッ! しかしそれでもこんな利益じゃ投資分は取り返せねえ! どうするつもりだ!」
ああ、それか。それなら答えは出てるよ。
「別にいいじゃん」
別にいいよ。これ以上金稼いでどうすんの。
私の目的は生産基盤の成熟。の子の目的は皆が幸せになること。採算なんて最初っから度外視だ。
持つものにのみ許された傲慢なパワープレイを目にして、ジョン・ドゥは愕然と手にしたポーション瓶を取り落とす。それを横目にの子がいそいそと『アムリタ』販売露店を用意して、しめやかに経済バランスがひっくり返されていった。