4章 1話
畑にて。
「そろそろ『幻惑虹キノコ』と『フラッシュストレートフルーツ』が足りん」
『救命草』が無くなるまで錬金して『アムリタ』作って露店売りするつもりだったけど、それより先に他の素材が尽きそうだ。
というわけで久々の神剣魔界農法をやろう。
まずは畑一面に生い茂る『救命草』を草薙剣で収穫し、クワで畑をたがやし直す。植えるたびに毎回たがやす必要は無く、たまにやれば十分だ。
謎の種を等間隔に撒き、水をやる。後は肥料をガンガン放り込むだけ。
なんとなくだけど今までの感覚で、ポーションの瞬間回復力が肥料としての性能だと思う。詳しくは検証してないから確証はないけど。
「というわけで、今回の肥料はこちらになります」
『救命草』に『世界樹の若葉』と『人魚の生き血』(海釣りで手に入れた。本体は陸に上がるやいなや半狂乱で手首を切り、絶叫しながら海に帰っていった)をブレンドした『ハイポンEX』。安価な素材で手に入る中じゃ抜群の瞬間回復力を誇り、飲んだ瞬間にカンストしたタンクのHPを3割回復できるという優れものだ。HPの低いガラス・キャノンなら7割近く回復できる。
ただし『人魚の生き血』の副作用で、使用後5分間一切の回復を受け付けなくなるというデメリットがある。『ゲイセフレ』――もとい『アムリタ』という優等生の存在もあって、実際にはほとんど使われなかった。
ある程度数を作った『ハイポンEX』を農地に撒いていく。HP回復ポーションは大体赤っぽい色だけど、中でも『ハイポンEX』は血糊を煮詰めたようなドロドロした赤だ。具体的には撒くときの効果音が「ばしゃー」じゃなくて「ぼた……ぼた……」になるくらいドロドロしている。
撒き終わった頃には、私の農地は大量殺人が行われたかのような鮮血に染まっていた。
「うまくいったら鮮血神剣魔界農法と名付けよう」
今度はマンドラゴラが湧きませんようにと、『世界樹のカカシ(カボチャ頭)』にお祈りする。『世界樹の葉の服』の裾を赤く染めたカカシは、その巨体をざわざわと揺らした。
……やっぱりこいつ、なんかおかしい気がする。
カボチャヘッドを見上げてみるけど、覗き込んだ眼窩はただの空洞だ。周りを見ても気になる点は無い。
まあいいや。どっか変なところあるならそのうち分かるでしょ。たぶん。
*****
生産ドームで『アムリタ』を調合し、露店に陳列して販売放置。ここ最近のメイン業務だ。
『アムリタ』が一線級の性能を持っていることは自負しているが、なかなか普及率は上がらない。理由はわかっている。『アムリタ』の最大の利点は、量産の容易さから来る優れたコストパフォーマンスだ。今の強気の値段設定では、『アムリタ』の魅力も半減だろう。
もうお金は十分に稼がせてもらったから、そろそろ本腰を入れて『アムリタ』の普及率を上げたいんだけど、なかなかうまくいってない。
(今の値段設定でも時間をかければ普通に完売しちゃうんだよなぁ……)
私個人の扱える全リソースを『アムリタ』生産に費やし、かつ強気の値段設定で需要を絞ってるんだけど、それでも供給が需要に追いついていない。できれば前線に出てるプレイヤーの金銭負担を減らすために値段を下げたいところだけど、供給不足の現状で値段を下げても転売されるだけだ。
「――というわけなんで、農地の地質を過剰に上げて『謎の種』を栽培するんです。そうしたらランダムで『幻惑虹キノコ』や『救命草』が手に入りますよ」
「なるほど……。作った後は農地で栽培して増やせばいいわけだ」
「そういうことです。あ、『アムリタ』のレシピは要りますか?」
「いや、そっちは暗記している。それに多少のアレンジは加えたいからな」
そんなわけで、供給を増やすために素材入手方法の情報規制も完全に解いた。今じゃラストワンちゃんは聞かれるがままに情報を提供する地獄の攻略wikiと化している。
「私から出せる情報は以上になります。では、頑張ってくださいね」
「世話になったな。これは礼だ」
流れの錬金術士さんから『フラッシュストレートフルーツ』を手渡される。錬金術士さんは礼を言って去っていき、後ろで待っていた料理人っぽい服装のお姉さんが前に出る。
「店主さん店主さん。ちょっといいですか?」
「いいですよー。何でしょうか」
「『白熱ベリー』ってお持ちですか? 種をいくつか買いたいのですが」
「んーと、ありますね。おひとつ300ゴールドでどうでしょ」
「……それって原価割ってません?」
おっと失敗。あんまり安すぎるのはお互いにとって良くないんだけど、言っちゃったものはしょうがない。
「あちゃ、ほんとですね。まあ言っちゃったんで、今回はこの値段で。次回はぼったくりますね」
「じゃあまた次回、ぼったくられることにします。あ、これはお礼です」
料理人のお姉さんから代金と一緒に『フラッシュストレートフルーツ』を受け取る。お姉さんは礼を言って去っていった。
……なんか知らないけど、私に用がある人は『フラッシュストレートフルーツ』を持参するという謎のカルチャーが生まれていた。あんまりたくさん渡されるもんだからいい加減食べきれない量になっている。好きだからいいんだけどね。
「お食べ」
ヘラクレスオオカブトに『フラッシュストレートフルーツ』を与え、私も一口かじる。
『フラッシュストレートフルーツ』は水気が強く、癖の無いスッキリした甘さがする。そのままでも清涼感抜群だけど、凍らせてシャーベット状にするともっと美味しい。惜しむらくは凍らせる術を持っていないこと。
(『万年氷』でも掘りに行くか……? いや、『氷晶花』のほうがいいかな。でもどっちもフィールドまで行かないと採れないからなぁ)
そんなこんなを考えていたら、槍使いっぽい人がふらっと寄ってきた。『アムリタ』自動販売のほうじゃなくて私にようがあるようだ。
「失礼する。あなたが錬金術士のラストワンか」
「いかにも」
「率直に要件を言わせてもらおう。パーティに所属していないと見受けるが、我々と行動を共にするつもりは無いか?」
「……うん?」
パーティ勧誘と来ましたか。そうですか。
「んーと、まずはどちら様でしょう」
「済まない、自己紹介が遅れたな。ミウラマンだ」
ミウラマン……。どっかで聞いたことあるような……?
えーと、確か……。
「攻略組の方でしたっけ」
「俺を知っているのか?」
「まあ、聞いたことがあるとだけ」
そうだ。攻略組の人だ。何度か一緒に戦った覚えがある。
「あの、私生産職ですよ。レベルとか全く上げてないし、攻略組に誘われるような悪いことした覚えないんですけど」
「あなたは攻略組をなんだと思っておられるのか」
「人間性を捧げて経験値を稼ぎ続ける、地獄のレベリングマシーン」
「否定はできないな……」
そうでしょうね。良く知ってますもの。
「あなたを攻略組に誘ったのは、何も戦力として期待してのことではない。攻略組内部にもポーションを製造できる職人を抱え込んだほうが良いのではないかという話があってな。こうして打診に来た次第だ」
そういえばそんな話もあったなぁ。錬金職人を1人囲って、攻略組内部に安価でポーションを供給できないかって話。
ただ、この案はわりとすぐに却下された。魔界農法が普及して供給量が増えると、ポーションの入手には困らなくなったからだ。
「別にそんなことしなくてもポーションくらい売りますよ」
「まぁ、その。言いづらい話なんだが、多少便宜を図って欲しくてな。もちろん見返りとして、前線で手に入れた素材を優先的に供給する用意はある」
「んーとですね。もうすこししたら『アムリタ』の流通量は増えるはずです。今は私が独占販売してるけど、徐々に値段は崩れていくんですよ。そうなると便宜も何も無いと思いますけど」
「それは本当か? ……ふむ。だがしかし、ポーションは『アムリタ』以外にもあるだろう」
「色々あるけど、これからポーション界隈は軒並み値段が下がっていきます」
魔界農法のやり方は既に世に放った。既に農業地区には魔界が点々と生まれ、『謎の種』から出現する植物素材は誰でもいくらでも量産できるようになった。錬金の敷居は大きく下がり、様々なポーションが続々と現れるようになる。
じきに錬金黄金期が始まり、いずれは供給過多になって原価スレスレで叩き売られるようになるだろう。
「そんなわけなんで、パーティへのお誘いはまたの機会に。途中でいらない子になってポイ捨てされるのは御免被りますよ」
「ふむ……。そうか、そう言われてしまっては仕方がない」
「あ、でも攻略組の皆さんは個人的に応援してるんで。便宜を図るのは構いませんよ」
「ほう。詳しく聞かせてもらおう」
「えっと。代金の割引は――、これから相場が不安定になるから意味ないか。当分は受注生産を受け付けるってのでどうですかね」
「受注生産か、ありがたい。それとできればなのだが、開店する時は連絡をくれないか?」
「構いませんよ」
苦笑いして答える。私の露店、不定期でしか開いてないからなぁ。
ちゃんと時間を決めて販売すればいいんだろうけど、現状一日を30~50時間くらいのサイクルで過ごしてるから、この時間は絶対露店開くって約束はしたくない。
ミウラマンとフレンド登録を交換する。今後はここから連絡を入れればいいだろう。