外伝 3話
いいかいの子。このゲームの攻略を目指して動いている攻略組は最強だ。
信じていい。あれは、ちゃんとしたバックアップを得られれば並大抵のものには決して負けない。
だからこそ、二度目の敗北を喫しないために必要なのは、攻略組が最強でいられるバックアップ体制を築くことなんだよ。
「うんうん、そうだね!」
そのために私たちは、私たちにできる最善を持って生産界隈を成熟させる必要がある。
だから次は釣りで蓄えた資金を使って、ポーションの素材をガンガン生み出す農業に着手しよう。
「わかった、スローライフってやつだね! 私そういうの好きだよ!」
……この子、本当にわかってるのかなあ。
単純にスローライフを楽しもうとしているように見えてならない。そんなのんびりした話じゃないんだぞ。と言うか、私はスローさを強要してくるスローライフは嫌いだ。
まあいいさ。首尾よく湖沿いの農地を購入し、私たちはふかふかした土を前にした。
「よーし、やるよー!」
クワを掲げて気合十分、の子は元気に土を耕しだす。
はいちょっと待ったの子。VRMMO農業には作法ってものがある。
まずは熟練度を上げるために、クワを土に埋めて水の入ってないジョウロを傾けて、どうでもいい種を植えたり掘ったりを延々繰り返すことから――。
そういった最短ルートを提示しようとした矢先、大地が揺れた。
「わ、わわっ」
揺れる地面に足を取られて、の子はすてっと尻もちをつく。
その下から、ごぼごぼと地が盛り上がった。
――下がって。ここは危ない。
「う、うん!」
の子が軽い身のこなしでバックステップをすると、つい一瞬前までの子がいた場所から何かが吹き上がった。
茹だるような熱を持ち、黒々とした粘性の液体が泉のようにこんこんと湧き続ける。独特の異臭を放つそれは、実在のものを見たことこそ無かったが、その正体はたやすく推測できた。
これは――、ひょっとして――!
「油田!? これって油田じゃない!? 油田掘り当てちゃった!?」
落ち着いて、の子。まずは鑑定だ。やり方は覚えてる? 視線をロックして――。
の子が目にした情報は私にも共有される。鑑定ウィンドウに表示されたそれは、間違いなく『原油』だった。
「すっごーい! 油田だ! お金持ちになれる!」
まじかよ。だからなんなんだよこの豪運っぷりは。私の知ってるゲームじゃねえ。
まあいい、この豪運を使わない手は存在しない。攻略ルートを切り替えよう。良いもん掘り当ててくれたよ、ちくしょう。
すぐさま農協に引き返し、石油採掘設備を一式借りる(なんで借りれんだよ)。ひとまずそれを油田にセットすると、タンクには並々と原油が貯蓄されていった。
「やったよ! 産油国だよ! 天然資源の開発で外貨を大量獲得して、投資運用してるだけで国民を養えるよ!」
それは違う。いいから他の経済も育てとけって。悪いこと言わないから。
頭が春なの子ちゃんはさておき、天から降ってきたこの幸運をどう使うか算段を立てる。
の子、油田を手に入れたのはいいんだけど、残念ながら今のプレイヤーに石油なんて与えても意味が無いんだ。だってみんな剣と魔法で戦ってるんだから。石油パンチなんて技は現状存在しない。
「それは……。うん、そうだけど」
だから、これを使って一旗上げる前にやらなきゃいけないことがある。ポーション製造計画は中止だ中止。もっと派手にやってやろう。
「え、でも、良いポーションを作って人死にを減らすんでしょ? それをやんないと、ウルマティアは倒せないって」
ちゃんと聞いてたのか……。
いや、そっちはもういいよ。この計画がうまく行けば、多少強化された状態のウルマティアでも十分に打倒しうる力を手に入れられる。効率面で考えると、よそ事にかまけるよりこっちに集中した方がいい。
「やだ」
やだって。
「人が死ぬの、良くないよ。死んだらもう生き返れないんだから、それは駄目」
ちょっとむくれた顔をしたの子は、誰かを守りたいという純粋な意志だけを瞳に宿していた。
…………あー。くっそ、可愛い顔しやがって。私のくせに。
わかった、それならそれで良い。でもその代わり、最短でポーションの製造計画を完遂させるよ。協力して。
の子はこくりと頷いた。オーケー、計画を微修正しての子のわがままを取り入れる。大丈夫、これなら十分私の手のひらの上だ。
攻略ルートをノーマルモードからウルトララピッドモードに切り替える。忙しくなるぞ、の子。
の子の豪運が引き寄せた油田は、私たちの進む道を明確に切り替えた。これが正しいことなのか、今はまだわからない。
ただ、途方もない事が起こるぞと。そんな予感だけが私の胸にあった。